第64話 高天原
なんか、明るいな。
意識が覚醒していく感覚がある。ゆっくりと瞼を開ける。
どこだ、ここ。
見覚えのない天井だった。木でできた角材を格子状に組んだ天井。
うちのオンボロアパートのものではない。
障子から太陽の光が入っている。
和室?
横を見ると、着物姿の影静が目を閉じ座っていた。
だが、俺が動いたことに気づいたのか目を開ける。
「恋詩」
「影静、おはよう?」
「……そうですね、おはようございます」
影静はより俺の傍に近づく。
そして、俺の頭を抱きしめた。
「うわっ」
「……」
「どうしたの」影静の突然の行動にビビりながらも、受け入れる。
「こうしたくなったので、そうしました」
「答えになってないって……まあ良いけど」というか最高だけど。
影静も俺も何も言わない時間が流れる。
影静は強く俺の頭を抱いていた。
そしてしばらくして影静は口を開いた。
「……あのとき、私がもっと早く気付ければ恋詩は右腕を失わなかったかもしれません」
腕?
そして俺は思い出した。叛鬼衆のアジトで戦ったことを。
そして朱里の祖父に右腕を切断されたことを。そして、急に腕が再生し、異形の腕になったことを。
視線を右腕に向ける。間違いなく人間の腕だ。
「また生えたから大丈夫だって……それに最初に影静が気づいたから、死んでなかったんだよ」
「……私はまだまだ未熟です、そのことを痛感しました」
「それでそんな感じなの?」
というか影静が未熟だったら俺は? もはやミジンコみたいなもんである。
「……もし鬼の力がなければあなたが死んでいたかもしれないと思うと、とても怖いんです」
「やっぱ、あれって影静の力だよな」
「はい、なぜあのタイミングだったのかは分かりませんが、恋詩の中にある私の力が強く出てきました」
朱里の祖父に腕を切られてから、俺の中の”何か”が出てきた感覚があった。
あれが影静の鬼の力。右腕だけであったが鬼になったのは、あの腕のない武者との戦い以来だろう。
「……」
俺はあの後、朱里の祖父の両腕を切り落とし、それどころか腹部も刺して痛めつけた。鬼の力を言い訳にしたいが、違う。
あれは俺が望んだことだ。影静を奪い壊そうとする、朱里の人生を縛り付ける、それが許せなくて全部壊そうとした。
「あなたに何かあったら私は、おかしくなってしまう」影静は声を震わせながら言う。
珍しいな、影静のこんな姿を見るのは。
割と大切に思われているらしい。
「うん。無事で良かった……俺も、影静も」
「はい」
そうして影静の抱きしめタイムは終わった。
「そいや、ここどこ」俺は影静に聞く。
「ここは、叛鬼衆龍堂本家です、偉月という女性が言っていました」
偉月。偉月さん。前に一緒に怪我した猫を助けた人。
銀に輝く長髪に、綺麗な顔つき、女性にしては高い身長のお姉さん。どこか雰囲気が影静に似ている人。
俺を止めてくれた人。
「偉月さん、叛鬼師だったんだなあ」
「知り合いだったのですか」
「前に少しだけ話したことがある」
そういえば前に会ったときに連絡先を交換したのを思いだす。
「ってあれ?」
「どうしました?」
俺のスマホはどこにいった? ランニングに持っていったことは覚えている。
しかし、それから記憶にない。異形との戦闘や、叛鬼衆のアジトでの戦いのとき、落としたのか? ポッケに入れていたのは覚えている。
「影静、俺のスマホ知らないよね」
「あの叛鬼衆の本部であったと思いますが、私もそこからは見ていません」
「うわ、買ったばかりだったのに」
終わった、また十数万が飛んでいく。金が消える。
「マジかぁ、ショック」
あれだけの戦闘だったのだ仕方がない。運が良くて床に落ちている。だが、戦いの影響でぶっ壊れている可能性が高い。というか壊れてなかったとしても取りに行くことはできるのか、あんだけ暴れたのに。無理そう。
「悲しい」
「……そういうときもあります」
「もう嫌。忘れよう」
というか、今の俺の立場ってどうなってるんだ?
あんだけ、怪我をさせて、朱里の祖父に関しては死んでいてもおかしくない。
「……その疑問に答えてくれそうな人が、来ましたね」
廊下の奥から足音のようなものが微かに聞こえる。
待っていると、カジュアルな格好の偉月さんが部屋に来た。
「佐藤さん、目覚めたんですね」
「偉月さん、ついさっき」
「良かったです。何事もなくて」
「あの……あのときはありがとうございます。その、俺を止めてくれて」
偉月さんが止めてくれなかったら、俺はきっと暴れ続けていた。
暴れ続けてたぶん、他の人たちも殺していた可能性がある。
「むしろ誰も殺さないでいてくれてありがとうございます」
「! 朱里の祖父も大丈夫だったんですか」
「はい、問題ありません。とても綺麗に切断されていたので両腕もくっつくと思います」
「そっすか、まじか。良かった」
「……」
なんて言おうか。聞きたいことが多すぎる。
「偉月さん、叛鬼師……だったんですね、朱里と同じ」
「はい、私は叛鬼衆龍堂直系の生まれです。そして……」
「そして?」
「叛鬼衆の中で降臨者と呼ばれています。そして佐藤さんと同じ御子という存在です」
「俺と同じ? ミコ? ミコってなんすか」
「御子というのは、儀式を行い神と通じた者の中で、より……少し表現が難しいですが、神との距離が近い存在のことです」
「神? 神様? それって本当の話ですか、というか俺と同じって」
それに儀式ってなんだ。全てが分からない。
「恋詩の目に浮かぶあの金色の輪と関係があるのですか」と影静。
金色の輪。以前腕のない武者との戦いで狭間に落ちた際に、目覚めた力。
世界が俺を守るように動いているとでも言うような力。生き物や、風、その土地、全てが味方になったような感覚。
「はい、ちゃんと話をしましょうか」偉月さんはそう言って、俺と影静の近くによる。
そして言った、
「佐藤さんの金色の輪。それが御子の証そのものです。このように」
偉月さんが一瞬右手で目を押さえる。そして手をどかし、瞳を見せた。
銀色に輝く輪のような紋様。俺のものによく似た瞳。
それが偉月さんの目にもあった。その瞳が現れると同時に偉月さんの周りだけ変な雰囲気がある。
「一緒だ、色だけ違うけど」
「はい……このことを話すには少し段階が必要かもしれません。佐藤さんはどれだけ私たちが使う神術と呼ばれているものを知っていますか」
「神術? ってあれっすよね、皆さんが使う超能力みたいな。それぐらい?」
「その超能力のようなものが神術です。これを私たちがどうやって使っていると思いますか」
「え、え、どういうことっすか」
全然、想像がつかない。超能力のメカニズム?
「魂を代償に発現させる、それが神術ですか」と影静が聞く。
「影静さん、その通りです。人には魂という霊的なエネルギーに近いものが存在しています」
魂があるということは、影静が倒した異形の力を吸収する光景を見ていたから、なんとなく理解していた。
「その魂エネルギーを炎とか、雷とかにしてるってことですか」
「基本的にはその通りです」
「ですが、人が持つ魂の量だけでは、あれほどの現象を何度も起こせないのではないですか?」と影静が疑問を口にする。
「そうです。私だけではそれは賄うことは難しい。それに人が持つ魂をそのまま外に出したとしても、あのような超常の現象にはならないんです」
つまり、どういうことだ。
俺はもう話についていけない。
ならないなら、どうやってあの現象を起こしているんだ。
「……」影静が何かを思い出したかのように、考えている。
「私たちは7歳になると儀式を行います」
「儀式?」
「ある物を食べ自らの血肉にすることによって、私たちは繋がります」
「繋がる?」
「はい、神の世界へと。私たちはその場所を高天原と呼んでいます」
高天原。なんか。
「凄くスピリチュアルな響き」
「馴染みのない方はそうなりますね。詳しくはないのですがキリスト教的に言えば、天国という表現が近いでしょうか」
天国って本当にあるんだ。まじか。俺死んだら天国行けるかな。
「……そこから足りない分の力を持ってきているのですか」と影静は聞く。
「はい。儀式を行うと神と呼ばれる存在が、力の形を与えてくれます、それにより人によって炎であったり、雷を出すことができるんです」
「神……か」
「ですがそれは一定ではありません。端的に言えば、神は力を与える人間を選んでいます」
「選んでる?」
「神術は自分の魂と神から与えられる力を代償に使います。人によってほぼ全てを自らの魂を消費しないと使えない人もいれば、自らの魂をほとんど消費せず、神の力だけで神術を使える人がいます」
「神様にも好みがあるってことか」
「みたいです。神術にもいくつか種類あるのですが、基本的には今言ったことが起きています」
もう別の世界の話すぎてよく分からない。
「そこで御子の話に戻りましょう」
「そういえば、最初その話でしたっすもんね」
「御子とは、要するに神に選ばれて、より超常の現象を起こす、より神の力を行使できる者のことです」
「恋詩は……その神とやらに選ばれたということですね」
「はい、その金色の輪の紋様が選ばれた証。御子は……数百年に1人くらいの割合で叛鬼衆の中で生まれます。歴史の中で御子はたった5人しかいません」
「5人……」
数百年に一人の存在か。
「本来、御子という存在が同時期に現れるということはありません。ですが、今ここには私、そして佐藤さんがいる、これは今までの叛鬼衆の歴史にはありません」
「なんで俺が」
どうしてだ。俺は超能力なんか使えたことがない。強いて言うなら昔から少し”運”がいいだけだ。
「そこが私たちにも分からないんです。本来は儀式をしなければ神の世界とは繋がることができません」
「でも俺は繋がってる?」
なんでだ。日頃の行いを神様が見ていてくれたのだろうか。
「狭間の中で、神の世界に干渉した? いや……」と影静は頭を抱えている。
「日本において、儀式を行えるのは叛鬼衆のある場所だけです。ですが、そこで佐藤さんが儀式をできるわけがない」と偉月さんは言う。
俺もそんなところ知らない。
「佐藤さん海外にも行ったことはないですよね」
「はい、日本から出たことないっす」
偉月さんはそれを聞いて、少し考える素振りを見せながら言った。
「つまり、佐藤さんは何らかの方法で神の世界と繋がり、御子になった」
「……」
「影静さんは何か知りませんか。影静さんの力が関係しているとか」
「いえ、この黄金の輪の力を私は知りません」
そんな儀式なんてものをしたことはない。
生まれも叛鬼衆とか何も関係なく、普通の一般人だ。
「佐藤さんは叛鬼衆において、一言で言えば”よく分からない存在”なんです。それに佐藤さんだけではなく、影静さんも”鬼道を開き、異界を行き来する力”がある」
「そうですね」影静は頷く。
「今の佐藤さんと影静さんの立場はとても不安定です。他の当主たちがどのように考えてもおかしくない。先日の件もあります。また佐藤さんを捕まえたり、影静さんを奪おうとしてもおかしくありません」
「……そうっすか」
どうするか。いっそのこと全てを捨ててあっちの世界で暮らそうか。
そこまでの未練はない。と思ったが朱里や、柊子、一ノ瀬のことを思い出す。
会えなくなるのは嫌だな。
「そこで、佐藤さんと影静さんに提案があるのですが」
「提案?」俺は首をかしげる。影静もじっと偉月さんを見ている。
「はい、もしよろしければ、ここにしばらく滞在しませんか」
「え」
「ここは安全です。勝手に他家の者が来ることはありません。龍堂は佐藤さん、そして影静さんを害することはありません。そのような存在がいれば私が処分します」
偉月さんの家に住む。
どうするか。俺は影静の方を見る。
”恋詩の思う通りに、偉月の言葉は嘘ではありません”
影静は嘘を見破る力もある。本当のことなんだろう。
ただ、滞在か。
「ちなみにどれくらいですか」
「叛鬼衆の中で佐藤さんの立場が固まるまで、佐藤さんと影静さんが狙われなくなるまで、です」
「学校が後少しあるんだよなぁ」
もう少しで夏休みではあるものの、一週間ほど残っている。
というか期末テストどうだったんだろ。
「そこは心配しないでも大丈夫です。佐藤さんの不利益には決してさせません。一応これでも、後ろには国家権力がいます」
「まじか」
叛鬼衆凄い。
「……うーむ」
少しだけ考える。
なんとなく、俺は偉月さんの言う通りにしたほうがいいんじゃないかと思った。
「分かりました。ここにしばらく置いてもらってもいいですか」と俺は偉月さんに言った。
「佐藤さん、ありがとうございます」偉月さんは優しく微笑んで、こっちを見た。
綺麗だなぁ、この人。
俺は無表情ぎみの偉月さんがふと見せた笑みに見惚れていた。
と視線を感じて横を見ると、影静がじっと俺の姿を見ていた。
怒ってるのか、怒ってないのか、感情が読み取れない表情をしている。
怖い。
「みゃあぁ」
突然、猫の鳴き声が聞こえた。
気づけば、廊下から一匹の猫が現れていた。
「もしかして」と俺は呟く。
「はい、佐藤さんが助けてくれたハム蔵です」
ボロボロだった毛並みは整えられ、怪我をしていたことを全く感じさせない猫。
ハム蔵はゆっくりと俺に近づき、くんくんと鼻を動かす。
「立派になったなぁ」
「みゃあ」
猫の鳴き声を聞きながら、俺はこれからの生活の事を考えていた。




