第63話 御子
※残酷な描写あるので注意です!
「あー、殺すつもりでやったんだけどな」
男は呟く。その右肩から下は異形のモノとなっていた。
(あの刀の能力か)
十二郎は思考する。鬼道を開く能力だけではなく、使用者を異形化させる事も可能らしい。
明らかに先程までの男とは違う。薬物を使用したかのように、興奮状態になっている。
(何をするか、わからんな)
再度神の”力”を全身へと循環させる。
瞬発力、持久力、反射速度、耐久力、全ての能力が人間を遥かに超える。
青白い雷が、十二郎の身体を包む。
そして地を駆けた。衝撃と共に、十二郎は男の目の前にいた。
「死ね」
十二郎の右手に青白い電があった。
そして男の頭部を掴む。神の”雷”。自らの手に触れた瞬間、人間の脳、神経系、心臓、呼吸全てが壊れ、完全に停止する。十二郎は確実に破壊するように、出力を大幅に増やす。これを流せば、山如き大きさの”鬼”ですら機能を完全に停止するだろう。
そして神の”雷”を流———せなかった。
「なぜ」
そして理解した。十二郎の右腕が身体から離れていた。
完全に右腕が切断されている。
「腕一本もーらい」
「っっっっっっ」
血飛沫が空中に舞う。ショックで意識がとびかける。
十二郎はとっさに舌を噛んだ。痛みを上書きし、無理やり意識を保つ。
完全に見えなかった。異常な速度だ。
——と匹敵するだろう。
「お」
十二郎は、残った左手に神の”力”を集中さ——
衝撃が十二郎を襲う。
白。衝撃で視界が白く染まる。全てが捉えきれない。
壁を通り抜け、夜空が見える。
外まで吹き飛ばされた。
薄っすらと理解する。
「なめるッなッッ!!!」
十二郎は吹き飛ばされながら、姿勢を制御する。
そして、残った左手で地面を掴む。地面が削れていき、十二郎は止まった。
「はぁ、はぁ」
血で出来た線が修練場まで続いている。自らの腕からの出血が、道を成していた。
神の”力”で無理やり身体を動かし、自らが吹き飛ばされた穴を見る。
「ハハ、飛んだ飛んだ」
男は笑いながら、穴から出てくる。
右手は異形の腕、左手にはあの刀。そこに疲労は見えない。
(近づくのは不利か)
十二郎は、残った左腕に”神の力”を込める。
そして光が男に走る。雷音が機関銃のように夜の町に響き続ける。
絶縁体である空気を通るため、威力は格段に落ちるが、これでも十分な殺傷能力がある。
だが、雷を放ちながら十二郎は奇妙なことに気づいた。
「……どういうことだ」
放出した雷撃が、男に辿り着く前に拡散していた。
まるで、神の”力”そのものが男へ攻撃したくないとでも言うように。
「なんだこれ、ハハ」
男はその光景に楽しそうに笑う。
(これも、あの刀の力か?)
十二郎は思考する。何故かは分からないが、先程までは可能であった中距離の攻撃が通じなくなっている。おかしな力が働いている。だが、中距離ではなく、同じように近距離で戦えば刀の間合いに入り殺される。
ならば——
奥の手を出すまでのこと。
「あ?」男は十二郎の動きが変わったことに気づいたのか、訝しがる。
「纏え、武御雷」
それが御堂十二郎の奥の手だった。
膨大な神の”雷”が、身体から迸る。
先程までとは、比べ物にならない雷光。
その身は雷神と同一である。
(長くは持たない)
十二郎は”力”で無理やりバランスを保ち、地を思いきり駆けた。
それは雷速、数値にして秒速数万キロメートル。
思考と反応速度すら神如き速さとなり、十二郎は男へと走る。
左手の先に、神の”力”を集中させる。稲妻で出来た短剣が、現れる。
これが最後だ。
男は先程まで十二郎がいた位置を見ていた。
反応などできるわけがない。
できるわけが——
男の腕は動いているように見えた。
視界が光に包まれる。
十二郎は男の後ろにいた。
「……」
視線を下に向ける。そこには左腕が無かった。
血が滝のように流れ落ちる。
「化物が」
「はは、ラッキー」
振り向くと、男の足元に自らの左腕が落ちていた。
もう使える”力”は残されていない。両腕も失った。
「……私の負けか」
男の姿が消え、次の瞬間には男の右手に首を握られていた。鉤爪が首にくい込み、そのまま身体を持ち上げられる。
男は笑いながら、十二郎を見る。
そして十二郎は気づいた。男の瞳に金色の輪のような紋様が浮かんでいることに。
(馬鹿な)
あり得るわけがない。なぜ、なぜ、なぜ。
なぜ、お前がその瞳を持つ。
それは神の寵愛を受けた”御子”の証。
叛鬼衆でない者に。儀式を行っていない者に。
その瞳が出現することはありえない。
「ありっ—え—い」首を強く掴まれているから、言葉を発することが出来ない。
「あ? 何いってんの? 命乞い?」首を更に強く締められる。
「まあ、いいや」男は左手に持つ刀で十二郎の腹部を刺した。
「ぐっ」
「なあ、痛い? 痛いよなあ」
男は刀を動かす。痛めつけるように。
尋常ではない痛みが、脳に響く。だが、常時強い痛みに慣れ続けたためか、意識が飛ばない。
「俺もさっきの痛かったなあ」男は十二郎の姿を嘲笑うように、腹部の刀を動かす。
もはや腹部の感覚はなかった。
「ッハッ」
口から血が出る。男の顔が十二郎の血に染まった。
「……」
男の笑みが消える。
「あー、じゃあ殺すわ」
男が腹部から刀を抜く、そして振りかぶる。
十二郎は、その一瞬。視界に家族の姿を見た。
両親。妻。息子の子供の頃、そして共に戦い散っていった仲間たち。
まさしく走馬灯であった。
(これが死か)
十二郎は目を閉じた。
もっと自分は早く死ぬと思っていた。
むしろ、叛鬼の者として生まれ、戦って戦って、よくここまで生き延びたものだ。
やっと先に行った仲間の元へ行ける。
そして死が————
音が響いた。
まるで金属同士が打ち合うような衝撃音。
一瞬の浮遊感と共に、身体が後ろに引っ張られる。
「なん——だ」
誰かが十二郎の前に立っていた。銀色に輝く髪。それを後ろで纏めた女。
黒に染まった刀で男の刀を受け止めていた。
龍堂偉月。
「あ?」
「……本当に、佐藤さんなんですね」
偉月の表情は見えない。
「誰だっけ、あんた」
「……怪我をした猫を覚えていませんか」
偉月は男に語りかける。
「なんだっけ、あれ、頭がおかしい、覚えてる俺は」
「……」
男が偉月の刀を打ち払い、後ろへと下がる。
そして異形と化した右手で頭を抱える。
「……偉月さん? なんで」
憑き物が落ちた。そんな表情だった。普通の、人間の表情。
「うっ、何」男の金色の輪が浮かぶ瞳。御子の目が、一際大きい輝きを放つ。
男が身を捩る。異形と化した男の右腕、それが人の肌を取り戻していく。
「……御子の目。私とお揃いですね」
偉月の姿が消えた。
そう十二郎が認識した時には、その姿は男の目の前、偉月が男の頬に触れていた。
優しく、壊してはいけないものを触るように。
「え」
次の瞬間。男の動きは完全に止まっていた。
その左手に持つ刀も、停止している。
時間を止められたかのように。
「佐藤さん、少し待っていてくださいね」
偉月が振り向き、十二郎の方を見る。
その目には、銀色に輝きを放つ輪の紋様があった。
「殺せッ! あいつを! 早く!」十二郎は力を振り絞り偉月に吠える。
だが、偉月が男に振り返る様子はない。
「十二郎様、申し訳ありません。彼はこちらで貰います」と偉月は言った。
「は、ッふざけるなッ!! それは、明確な裏切りだぞッ」
「いえ、これは龍堂家当主、龍堂隆成の指示です」
「あんの馬鹿がァァァ」十二郎の叫びが響く。
十二郎の脳裏に、ある女の姿が浮かぶ。
偉月は表情を変えず、十二郎に近づく。
「止めますね」
「ま——」
偉月が十二郎に触れる。
そして——十二郎の全ては止まった。流れ出る血も完全に、停止している。
*
「偉月様、これは」無事だった叛鬼師の男が、偉月に近づく。
「まず十二郎様の治療を。相当な出血量です」
「ハッ、医療班! 十二郎様はここだ!」と男は他の叛鬼師に呼びかける。
「……よくこの出血量で意識を保っていたものです。降臨者でなければ間違いなく命は無かったでしょうね」偉月は十二郎の姿を見る。
「偉月様、あの者はどうしますか、今ここで——」
男が言うのは、今も停止している薄っすらと赤い髪の少年のこと。
偉月は男に答える。
「あの方は、私が対応します。気にしないでください」
「……よいのですか」
偉月は男の言葉を無視し、少年に近づく。
そのときだった。
「偉月様! 待って下さい!」
偉月が振り向く。
そこには、黒髪の少女がいた。御堂朱里。
「なんでしょうか、朱里さん」
「彼を、恋詩をどこに連れて行くつもりですか、殺すんですか」
偉月から見て、その表情は殺し合いをしていたとは思えないモノだった。
「彼は、龍堂が保護します」
「保護?」
「彼は御子ですから」
偉月は少年に近づく。そして後ろから抱きしめるように包み込む。
*
瞬きよりも速く、音もなく、龍堂偉月、佐藤恋詩、そしてその刀の姿は叛鬼衆東部統括本部より消えた。何一つその場には残されていなかった。
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