第62話 天雷
身体が重い。異能で出来た無数の鎖が俺の身体を掴んでいる。
それにきっとそれだけじゃない。身体の中の活力が吸い取られるような感覚や、意識が落ちそうになる感覚がある。これもきっと叛鬼衆の神術だ。
「どうした、来ないのか」
挑発する。自分から動くよりも、相手に近づいて貰ったほうが早い。
恐怖に顔を歪めた男が、俺に向かって刀を振るう。
「……」
刀を弾き、男に一歩踏み込む。
そして俺は刀を持つ男の右腕を掴んだ。
骨が砕ける音と共に、男の悲鳴が響く。
プレス機に粉砕されたように、男の腕は潰れた。
これで刀は持てないはずだ。
また、一人。
俺が男から視線を外した瞬間、槍先が顔の横にあった。だが、分かっていた。顔を反らし、槍を避ける。突き刺そうとした女と目が合う。
女は驚愕に包まれた顔をしていた。
右手で槍を掴み、影静を女の太腿に突き刺す。
女の絶叫。女から槍を奪い、壁へと投げる。衝撃と共に槍が壁へと突き刺さる。
「あぁぁぁぁぁぁ」
女は絶望に歪んだ表情で、俺を見る。
「代われ!」
女を守るよう別の男が刀を振るう。
刀は炎を纏い、俺に迫る。
炎を纏う刀を、右の素手で掴む。熱さは感じなかった。
「やめ」
”力”を込める。バギィと鈍い音と共に刃が折れる。
俺は影静の峰を男の腹部に叩きつけた。男の身体がくの字に曲がる。
そして、男の腕を掴み、そのまま壁に叩きつけた。
息をする間もなく槍が、刀が、鎌が、俺に襲い掛かる。ほぼ、同時の攻撃。
全部、避けるのは無理だ。
腰を下げ、頭を傾ける。そして影静を振るった。
悪いが腕は貰う。
男たちの武器を持っていた腕が宙に舞った。それと同時に俺も顔の横が千切れた感覚があった。
悲鳴と血が溢れる。右手で、顔の左側を触ると耳が欠けていることに気づいた。
痛みは感じない。
「っ」
突如、俺の足もとが暗くなる。視線を上に向けると巨大な”何か”があった。
俺はすでに半歩下げていた。衝撃と共に目の前にデカい盾のような岩が落ちる。
思考する間もなく、右左、後ろにも、連続して”盾のような”岩が落とされる。
神術だ。盾や、岩などを出現させる類のモノだろう。
それで閉じ込められた。
「影静、”力”を」
「はい」
影静から”力”を引き出し意識して身体に回す。
そしてそのまま俺は右腕を振るった。
衝撃音と共に岩が破壊される。
そして、岩の前にいた男と目があった。
その手には槍。俺はすでに男の間合いにいた。
「や——」男が何かを言い終わる前に男の腕を掴む。そして外側に捻った。
絶叫が響く。男が痛みで床でのたうち回る。
俺は転がった男を蹴り飛ばす。
重い音と共に、男の体が壁に飛ぶ。
「……」
神術によって縛られているから、いつもの”力”が出せない。
だが、それで十分だった。
むしろ丁度いい。
もっと、もっとだ。
痛みをこいつらの記憶に刻もう。
殺しはしない。腐っても朱里の仲間であり、血の繋がった家族がいる。
だが、殺す以外のことはすべてやる。
こいつらが二度と影静を奪おうと、壊そうとしないように。
また一人、また一人と。骨を砕き、肉を潰し、壁へ叩きつける。
血で、俺の服が染まっていく。
自分の血か奴等の血なのかも分からない。
「結構、減ったな」
どのくらいの時間がたっただろうか。
長い時間にも感じるし、ほんの少しだったような気もする。
これほど、人を傷つけたのは初めでだ。
「……」
まだ立っている叛鬼師は、だいぶ少なくなっていた。
三分の二以上は行動不能になっているだろう。床でのたうち回る者や、壁に叩きつけられ動かない者。
もう積極的に攻撃してくる奴はいない。目を見れば、既に戦意は失いかけている。恐怖に飲まれているのだ。
「ちょっとは楽になったか」
叛鬼師の数が減るにつれ、神術で縛られていた俺の身体はだいぶ、軽くなっていた。もうそろそろだ。終わりのときは近い。
「これで——」
そのときだった。
急に瞳の奥が痛くなった。
”れん——
影静の声。
だが、その声よりも速く、”何か”の衝撃が俺を襲った。
身体の半分が熱い。
感覚が鈍い。
多量の血が床に零れ落ちる。
血。誰の。
ゆっくり立ち上がろうとして、バランスを崩す。
そこで気づいた。
俺の右肩から下全てが無いことに。
流れ出る血は全て俺の物だった。
「……っ」
意識が朦朧とする。
視界の隅に男が立っていた。
朱里の祖父、御堂十二郎。
先程外まで殴り飛ばしたはずの男が、立っていた。
男が意識を取り戻していたことを薄っすらと理解した。
影静と朱里の声が遠くから聞こえる。
だが、反応できない。言葉が喋れない。
ああ、熱い。
まるで片腕をマグマにでも突っ込んでいる気分だ。
「ぁ」
あれ。
朦朧とする意識の中で奇妙な感覚があった。
何か変だ。
何かが出てくる。
抑えつけていた別の”何か”が力を解くのを感じる。
俺の意識は奥底から出てきた、それに飲み込まれた。
*
御堂十二郎は先程、自分を殴り飛ばした男を見た。
男の右肩から下、右腕全てが消し飛び、膨大な血が床に流れていた。
頭部を狙ったつもりだったが、外したようだ。
十二郎は周りを見渡す。何十人もの叛鬼師が、床に転がっていた。
「好き放題やってくれる」
たった一人の男に、ここまでされたとは。
鍛え直さねばならん。部下も、自分も。
”数年”任務についていなかっただけでこれだ。
身体が鈍っている。
油断であろう。
だから初めの攻撃に反応できず意識を失ってしまった。
情けない。降臨者ともあろう者が。
何十年”鬼”と戦っていたのだ、お前は。
「……」
武御雷。
それが御堂十二郎の神術の名だった。
雷を司る最も強きの神。
神と通じてから、どんな強大な”鬼”ですら十二郎の前に立ち続けることはなかった。
身体に青白い雷が帯びる。
甲高い放電音が修練場に響く。
男は座ったまま俯いて、その表情は見えない。
まだ、生きている。
孫の悲痛な叫びが聞こえる。この男は孫と通じていたらしい。
好いた男が死ぬ場面を見るのは辛かろう。
だが、あの妖刀とこの男の存在を許してはならない。
あれは世界を壊すモノだ。
もうトドメを刺そう。孫のためにも速く終わらせたほうが良い。
十二郎は手の先に神の”力”を集める。
膨大な雷が指先で迸り、”何か”を形作る。
それは剣の形をした天雷そのものだった。
触れたもの全てを消失させる神の怒り。
これで終わらせる。
「ハハハ」
突然、笑い声が聞こえた。
見ると死にかけのはずの男が笑っていた。
何を笑っている。
死への恐怖で狂ったか。
「なんか……おかしくなってきた」
男は左手に刀を持ったまま、ゆっくりと立ち上が——
衝撃が十二郎を襲った。
壁に衝突する。
「カハっ」血を吐く。
反射すら神の”力”によって強化しているはずなのに、ほとんど反応できなかった。
薄っすらと殴り飛ばされたことを理解する。
危なかった。
神の”力”を、全身に流し続けてなければ死んでいた。
何だ、今のは。
先程のものとは比べ物にならない。
「何を……」
瓦礫をどかし、立ち上がる。
「まだ生きてる」それは嬉しそうな声色だった。
視線の先を見ると、男が狂ったような笑みを浮かべながら十二郎を見ていた。
男の姿に十二郎は目を見開く。
「化物が」
先程、消し飛ばしたはずの男の右腕が再生していた。そしてそれは人の腕ではなかった。
金属のような光沢を放つ紅い甲殻、肘からは赤黒い牙のような突起。その手は膨れ上がっており鉤爪が生えている。
男の肩から下は、明らかに異形のモノであった。
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