第60話 大切な人のためなら
「断る? あなたはその刀の価値を分かっているのですか」女は言う。
「価値?」
影静の価値。
「私たちも先程の話は聞いていました。その刀を持つ者は、自由に鬼道を開き、世界を移動する力を得る。それは、この世界の基盤を根本から揺るがすもの」
「……」
「その刀があれば、今以上により多くの人を助け、より人類を繁栄させることができる。”鬼”の出現を無くせる可能性すらある。もう”鬼”によって悲しむ人を無くせるのです。ですが、使う人間が間違えれば世界を壊す可能性すらある。それをあなたのような一般の方が持つことは許されない」
話はまだ続きそうだ。鞠子と呼ばれた女は、感情を高ぶらせ言葉を綴る。
「あなたからすれば、自分のモノを勝手に取ろうとするなと思っているのでしょう。ですが、自分が警察と考えてみてください。そこらの見知らぬ少年が、銃どころか、核兵器のボタンを持っているようなものです。そのままにはしてはおけないでしょう」
「……」
女の言葉は正論に感じる部分もある。
あちらにはあちらの言い分がある。
「それは子供が遊ぶ”おもちゃ”ではありません。それでも尚、断るというのですか」
女は声を震わせながら言う。
「……」
「何か勘違いをしていますね」突然影静の声が、響いた。
影静が人の姿に変化し俺の左隣に現れる。
「私を手に入れたとしても、あなた達では世界を渡ることはできませんよ」
「っ、言葉を話すだけではなく、人の姿になることもできるのですね」
影静が俺の顔を抱えるようにしながら右頬に触れる。
「この子は特別です。この子だけが、正常に世界を渡ることができる。それに、何故私があなた達に使われないといけないのですか」
「っ、その少年より私達の方があなたを上手く使えます。適合の問題であれば、何人でも代わりを探しましょう。もしあなたに、何か望みがあるなら叛鬼衆全ての力を使って叶えることを約束します」
「笑わせてくれますね。あなた達では髪の毛一本すら恋詩の代わりにはなれませんよ、それに今の私の望みは恋詩と共にいることです」
影静の答えに、鞠子と呼ばれた女は顔に青筋を立て俺を見る。
そのときだった。
「もうよい」奥に居た朱里の祖父、御堂十二郎という男が言う。その顔は苛立ったように、こちらを睨みつけている。
「どちらにせよ、それを自由にはできん。あまりにも危険すぎる。使えないというのなら破壊するまでのこと」
それとは影静のこと。
破壊する? 影静を?
「入れ」十二郎が言う。俺達が入ってきた扉、反対側の扉、非常口のような場所からぞろぞろと人が入ってくる。その手には刀や槍といった武器。
気づいてはいたが数が多い。皆、戦闘態勢だ。それに半透明の障壁のようなものも、部屋を覆っている。
「今、この場には百近い叛鬼師と、私がいる。最終警告だ。その刀を渡せ」
十二郎の身体から何かが弾けるような鈍い音がする。
見ると青白い電流のような光が、男の身体に纏わりついている。
やる気だ。
その時だった。
「お祖父様、お話中に申し訳ありませんっ!」
朱里が声を張り上げ、俺と十二郎の間に割って入る。
「お前が出る場面ではない。下がれ」
「どうか、この場で意見を述べることをお許し下さい! 彼は、佐藤恋詩という男は悪人ではありません!」
「……」
「むしろ、幼い頃より自分の身を投げうってでも、他者を助けてしまう人間です! 彼の精神は、叛鬼衆の思い、価値観そのものです!」
「……」
「時間をかけて話せば必ずや我々の力になってくれます! 失礼ながら、どうか、どうかご再考をお願い申し上げます!」頭を深く下げる朱里。
「下がれと言っているのが分からんかッ!!」
十二郎の怒号が、広い室内に響く。
朱里はそれに肩を震わせながらも頭を下げるのを辞めない。
「お前は……お前は全く分かっておらん。もし今後彼が悪に染まればどうする? 別の誰かに刀を奪われたらどうする? 誰にも止められなくなる。今、この場が事態を解決する最後の場面やも知れぬ。人は簡単に変わるのだ、お前もよく分かっているだろう」
「……っ」
朱里は唇を噛み締めながら床に跪く。
そして頭を下げた。それは間違いなく土下座だった。
「どうか……どうか、ご再考を」
深く、深く頭を下げたまま朱里は言う。
百人近い仲間や、家族に見られながら土下座をしている。
「朱里、顔をあげなさい」鞠子と呼ばれた女が朱里に近づく。
「っ」朱里が上を向こうとした瞬間、女が朱里の頬を叩いた。パシっと鈍い音が場に響く。
「お前は何をやっているの、温情を受けて十二郎様に許してもらったというのに、お前は、この恥知らずッ!」
朱里はそれでも言葉を止めない。
「どうかっ、どうか」朱里は両目から涙を流し訴える。
「お前はっ」鞠子はもう一度、手を高く上げる。
でも、それが朱里に届くことはなかった。
俺が女の腕を掴んでいた。
「なっ、離しなさいっ」
「恋詩……」
身体が勝手に動く。
もう止められない。
「ぇ」鞠子の口から呆然とする声。
俺の拳は鞠子の顔面にあった。
世界がゆっくりに動く。
拳が顔にめり込み、女の唾が空中を舞うのが分かる。
そして一瞬。顔が醜く歪み、女は壁に吹き飛んだ。
衝撃音と悲鳴が届く。
「鞠子さまッ」「貴様っ」周りの叛鬼師たちが、武器を構える。
「……れん……じ」殴った俺を、朱里が呆然と口を開け見上げる。
「……」
ああ、この感情はきっと怒りだ。俺、怒ってるんだ。
自分たちの仲間である朱里をあんな目に合わせる?
影静を壊す? ”また”俺から奪うのか。大切な人を。
世界がどうとか知らない。
俺は人を助けられるなら助けたいと思う。だけど、俺の大切な人を奪うのなら、大切な人を傷つけるのなら、俺はそれを優先する。大切な人のためなら俺はなんでもできる。
ああ、イライラする。
俺から奪うというのなら、全部壊してやる。
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