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彼女にフラレて山を彷徨ってたら妖刀拾った  作者: 綺常 虎依(きつね こより)
二章

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第57話 最後

「れん、じ?」


 振り返った先には、薄っすらと赤い髪の少年がいた。

 幼馴染で、大好きだった人。


「なん、で」

「今……何しようとしてた」


 恋詩は唇を震わせ、朱里に問いかける。

 

(ああ、見られちゃった。どうしよう)


「ただ景色良かったから……見ようと……してただけ」


 口が勝手に誤魔化そうとする。

 柵の中へゆっくりと戻る。


「……わざわざ柵を超えて?」

「あはは……別に、恋詩が思っているような事じゃないよ。って、ホントになんでこんなとこいるの?」無理やり笑顔を作って、問いかける。

「……たまたま走ってたら見つけただけだ」

「……そっか」


 運命。偶然。まるで神様が彼に、教えたように。

 朱里はそんなことを思った。


「あ、私、もう行かないと」


 話をしちゃ駄目だ。ここから離れないと。

 今は駄目だ。縋ってしまう。また、心が戻ってしまう。


 帰る理由もないのに、理由がある振りをする。

 

「じゃあね」

「……待てよ」

「……離して」


 恋詩の手が、朱里の手を掴む。

 

「その顔はさすがに放っておけない。お前今にも死にそうな顔してるぞ」

「……そんなに?」


 いま、自分がどんな表情をしているのか分からない。

 ただ固まって、何かが内側から出てきそうな感覚。


 駄目だ。もう。

 耐えられない。


「話そう。これが最後になってもいい……一人で抱え込んじゃ駄目だ」


 なんで、こんなときだけ。そんな真面目な顔して。

 真っ直ぐに見てくるの。



 高台の上にあるベンチ。前も二人で座ったことがある場所。

 そこに朱里は恋詩と座ることにした。


 夜天に曇り空がうっすらと見える。


「なんかあった? なんて野暮か」

「……別に、なんでも……ないよ。ただ、今まで出来たことが、できなくなっただけ」

「出来たこと?」

「うん」


 本当のことは結局言えない。

 言えるわけがない。彼を、巻き込んでしまう。


「……」

「……」

 

 静寂が場を満たす。

 

「今更だけど……ごめんね、あんな別れ方しちゃって」

「今更だな。気にしてない……いや、嘘。普通に泣いた」


 恋詩は、顔を顰めながら話を聞く。


「泣いたんだ」

「少しだけな」

「そっか」


(あぁ、良くないなぁ)


 少しだけ、少しだけなら話してもいいかと思ってしまう。


「本当のこと言うとさ……」

「うん」

「あの金髪の人、あれ、許嫁……なんだよね」

「許嫁?」

「うん……今の時代に。面白いでしょ? 私の家ちょっと”変”でさ。私ね……許嫁がいるのに、二年前の恋詩の告白オッケーしたんだよね」

「……」


 口が勝手に動く。ぺらぺらと、聞かれてもないのに、話してしまう。


「私あの時……恋詩のことが好きだった。いつか、別れないといけないって分かってて付き合ったの」

「……そっか」

「最初の頃はね、適当に理由つけて別れようって思ってた。中学生の恋愛なんて続く方が珍しいしね」

「……」

「でも、無理だった。自分から別れようって言うの。ずるずるいっちゃった」

「……うん」

「そしたらさ、家族関係の人にバレちゃって。完全に別れたことを証明しないといけなかったんだよね」

「それで、あれか。うわ、嫌な記憶が蘇ってきた」


 恋詩は悲しげに顔を歪める。


「ごめん。キスまでするつもりなかったんだけど、あの人が……いや、それはズルいか」

「……」

「受け入れたのは自分だし……酷い別れ方をした方が、恋詩が私のことを嫌いになってキッパリ別れられるって思った……って言うのが建前」

「建前?」

「私ホントはさ、どうせ別れるなら恋詩のこと傷つけたいって思った、ごめん」

「……」

「このまま恋詩と別れてさ、私のこと忘れて誰かと幸せになるのが嫌だった」

「……」

「だから、あなたの心を傷つけたかった。嫌なことでもいいから、あなたの記憶に残りたかった」


 心の奥底から何かが出かけていた。


「ごめんなさい……ごめんなさいっ、ごめんなさい」

「……」

「謝っても、許されることじゃないと、思うけど」


 もう朱里は恋詩の顔を見ることができなかった。

 どんな反応をされるのかが怖かった。


「さっきも言ったけど、めちゃくちゃ悲しかった。キツかった。正直、ムカつく気持ちもある」

「……当然だよ」


 でも、と恋詩は付け足す。


「朱里がいなきゃ、俺は今こうしていることはなかったと思う……ちょっと言葉がムズいな」

「……」

「朱里が傍にいてくれたから、今の俺がいる」

「私がいなくても……恋詩は変わらなかったよ」

「そんなことない。たぶん俺は1人だったら耐えられなかった」

 

 恋詩の家族関係が良くないことを朱里は知っていた。

 子供の頃に、母親を突然亡くし、父親も仕事を言い訳に恋詩の相手はほとんどしていなかった。

 恋詩が父親とまともに喋っているのを見たことがない。


「朱里」恋詩が呼びかける。こっちを向いてと。


「だから……ありがとう。今まで一緒にいてくれて」


 恋詩は穏やかな表情で、色んな感情を詰めたような表情で朱里に伝えた。


「……っやめてよっ、なんでありがとうなんて言うの……私がっ酷い事したのに」


(やめろ、泣くな……私に泣く資格なんてない)


 心の奥から何かが出てくるのが止められない。目頭が熱くなる。

 

「ごめんなさい、ごめんなさいっ、私はっ、あなたをっ、傷つけたっ」

 

 朱里は涙を止めようとしても出来なかった。


(私はっクズだ、本当に、あぁ)


「気にすんな」

「うぁ、あぁぁ、っあぁあ」


 涙が頬を伝い、首まで流れ落ちていく。

 

 視界がぼやけて、何も見えない。


「ごめん、ごめんっ」

「……よし、これでこの話は終わり! 終了!」


 恋詩は重苦しい空気を一新するように手を叩いて、ベンチから立ち上がる。


「ずっと、座ってると身体が」と恋詩は身体を動かす。

「っうぁ、ぁぁぁ」


 朱里は自分でもこんなに涙が出るとは思わなかった。

 ダムが決壊したように、涙は流れ落ちた。

 

「……」

「……落ち着いたか?」

「……うん」


 数分後。涙は落ち着き、その跡が顔に張り付いたような感覚があった。


「これからどうするんだ?」

「お家のこと?」

「うん」

「っぐす、許嫁いるしね。たぶん、結婚はしないといけないと思う」


 叛鬼衆の中で一、二番を争う御堂家と叉堂家の直系同士の結婚。

 おそらく、ほぼ何があっても覆す方法はないだろう。


 たとえ、逃げたところで碌なことにはならない。


「……」

「たぶん、高校卒業したら子供産むと思う」

「そっか」

「嫉妬する?」

「……まぁ、する」

 

(まだ嫉妬……してくれるんだ)


 嬉しい。そう思ってしまう。


「恋詩……最後にさハグしていい?」

「ハグ? いいけど」


 立ち上がって、恋詩を抱きしめる。

 恋詩の手が、朱里の背中に回される。

 

「鍛えてる? 前より、ガッチリしてる」

「まぁな」

 

 恋詩の身体は明らかに一回り大きくなっていた。

 足も、腕も、厚い筋肉が覆っている。


(温かいなぁ)


 少年の熱が伝わる。その熱が、心を包み込んでいくような感覚がある。

 

(あぁ、私。やっぱりこの人のこと愛してるんだなぁ)


 このまま一緒に消えたい。誰も知らない場所に。


 でも、現実はそうはできない。


(これが……最後なんだ)


 恋詩と触れ合うことは、もうない。

 この温もりを感じられるのは、きっと今日が最後。


「……」

「……」


(でも大丈夫、もう。私は)


 この思い出があれば、生きていける。

 身体に残る、この暖かさを思い出せば、ずっと。


 ゆっくりと恋詩の身体から手を離す。


「恋詩」

「ん?」

「ありがとう……私と出会ってくれて」

「……俺も、ありがとう。ずっと傍にいてくれて」

「……うん」


 恋詩と高台を一緒に降りる。

 話をしている間にどんよりとした雲が晴れ、月が町を照らしている。


「じゃあ、また……学校で」


 朱里は恋詩に声をかける。

 だが、恋詩からの返事はなかった。


「れんじ?」


 振り返ると、恋詩は何もないところで止まって、空を見ていた。

 

「……なんか、いる」


 空。月が輝く夜空。目を凝らす。

 月光がないと見えなかったであろう”何か”。


 人? 人のように見える黒点。

 

「あれは……なに?」


 ドローン? いや機械的なものじゃない。


 何十か、何百メートルか上空に浮いている”人のような何か”。

 それが朱里の目には——腕を振るったかのように見えた。


 次の瞬間。


 朱里と恋詩の前が円状に黒く染まった。

 まるで闇そのものが世界を塗りつぶすように現れた黒。


 鬼道。それは”鬼”が出てくる道そのもの。


 腕。

 まず腕が鬼道から飛び出ていた。

 人と爬虫類を混ぜたような腕。


 それはゆっくりと姿を現す。

 人に近い二足歩行。だが、その皮膚は鱗に覆われ、背中からは黄色と赤が交じる蜘蛛のような脚。

 胸部が微かに膨らんでいる。まるで人間の女が”鬼”と混ぜられたような姿。


 ”鬼”は複数の目を、ギョロギョロと動かし、こちらを認識した。


(なんで? なんで? なんで!)

 

 なんで、よりにもよってこのタイミングで鬼道が開く。

 あれ、空にいた”何か”。あれが何かをした?


 違う。こんなこと考えている場合じゃない。


 恋詩を。恋詩を逃さないと。

 自分はどうなってもいい。彼だけは——


 彼だけは何があっても助ける。


「れ——」


 意識を向ける。そこで朱里は気づいた。

 なぜ、恋詩は普通に立っている?


「れん——じ?」


 鬼道の影響で、普通の人間は意識を失う。

 恋詩は、”普通に”立ったまま、”鬼”を見ていた。

 こちらの視線に気づいたのか、少しだけ困ったような表情だ。


「これは……仕方ねぇって奴だよな、影静」


 恋詩がそう呟いた瞬間。

 その左手には、朱い柄の刀があった。


 


お読みいただきありがとうございます。面白い、続きが気になると思ってくれたら★評価、ブックマーク、感想良ければお願いします! 作者の執筆意欲の源なので!

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― 新着の感想 ―
大きな見せ場! ここからの数話を何度も読み返したいと思うものを望みます! ※読書だからこその勝手な期待
 展開的にも、人間関係的にも面白いなってきた。
朱里←ヒロインとか止めて欲しいなあ 一読者読者のかってな意見です。
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