第4話 「良かった。じゃあ私と付き合ってください」
ピピピピピと部屋に目覚ましの音が鳴り響く。
カーテンの隙間から朝日が差しているのを目を閉じていても感じる。
俺、佐藤恋詩はアラームの音で、いつもどおりの時間に目が覚めた。このアラームのセットされた時間は6:50。決して余裕があるわけではないが、家と学校の距離次第で風呂に入りきちんと飯を食べることはできる時間帯である。
「なんかすげえ夢見た気がするわ……」
俺は鳴り響くアラームを止めようとベッドから出た瞬間。
あまりの痛さに悶絶した。
「―――――ッ」
体中が痛い。痛い。
筋肉が引っ張られているような痛み。
あ、これ筋肉痛だ。
ということは、昨日のことはやはり夢ではなかったらしい。
その証拠に、後ろの方から声が聞こえてきた。
「恋詩、おはようございます」
テレビが置いてある棚の横、そこにソレは立てられてあった。
漆黒の鞘に鮮やかな朱色の柄の刀。
「おはよう」
妖刀。影静。
彼女は俺を救ってくれた恩人であり、昨日から俺の同居人になった。
俺は昨日、朱里にフラれた後、奇妙な世界に迷い込んだ。
まるで昔にタイムスリップしたかのような世界。
そこには化け物がいた。
人を食う鬼のような化け物。
そして必死で逃げ回り、彼女と出会った。
彼女には捜しているものがあるらしく、俺はそれに協力することになった。
「……身体はどうですか?」
「死ぬほど痛い」
「無理もありません、あれだけ身体を酷使したのですから、寝床から出られただけでも称賛に値します」
彼女が言うには俺の身体はとっくに限界を超えて今、身体中がボロボロの状態らしい。体感でもわかる。本当に痛い。
一応、頑張ってみようとベッドから立ち上がろうとした瞬間。
「――――ッ」
言葉にならない痛みが俺を襲った。
あ、これ学校行けねえわ。
というか、ベッドから一歩も動ける気がしない。
俺はその日、学校休んだ。
その間家で何をしてたかといえば、ずっと影静と話をした。
この世界のこと。あちらの世界のことを。
面白いことをたくさん知った。
その中でも面白かったのは、この世界とあちらの世界の繋がりの話だ。
この世界とあちらの世界は繋がっている。
それはトンネルのように繋がり合っているわけではない。
重なり合って繋がっている。
つまり、あの世界にも、ユーラシア大陸、北アメリカ大陸などの大陸は存在する可能性が高い。あちらの世界にもこちらと同じような南極や北極などがあるのだ。
位置が完全に同じの可能性が高い。
例えば、こちら世界で、飛行機に乗りハワイに行くとしよう。
そしてハワイで”世界を移動する力”を行う。するとあちらの世界のハワイのある位置に俺たちは転移する。
もし物体が重なりあっている場合は、事前に影静が感知し少しズレたら問題がないらしい。
不思議だ。色々と。
翌日。
今日も身体中が死ぬほど痛い。
でも、頑張ったら歩けるレベルまでは解決した。
「今日は学校?に行くのですか?」
「今日は行く、さすがに2日連続は休めないからな」
「恋詩では一つお願いが」
「……?」
影静のお願いは、俺が学校に行ってる間テレビをつけていてほしいというものだった。俺はそれを了承し、テレビをつけて学校に向かった。
というかほんとにどうやって見てんだろ。
ソナーのように外を認識しているのかと思っていたがテレビを見れるということはそうではないらしい。
帰ったら聞いてみよ。
「いってらっしゃい恋詩」
「いってくる」
と、俺が学校に向かおうと家から出た瞬間、靴紐が解けた。
俺はそれを見て心の中で「げっ」と言葉がでた。
なんにもないときに靴紐が解ける日はたいてい嫌なことがある。なんとなくそんな気がした。
「うわー」
そしてそれは見事にあたった。
学校に来た俺を見て、色んな生徒がヒソヒソと話をしていた。
ものすごい視線を感じる。
そしてその視線は、あまり好意的なものではなく、何故だかわからないがむしろ敵意のようなものを感じられた。
「……」
俺はその視線を振り切って教室に向かった。
扉を開けると、中にいた数十人のクラスメートが一斉にこちらを見た。
ドアの前からでも聞こえていた笑い声が、俺が入ることで一斉にぴたっと止まった。
「おっす」
誰も返事を返さなかった。
なんだこれ……。
俺なんかしたっけ……。
まじでわからん。
俺はその視線から眼をそらすように、自分の席に向かった。
一番窓側の列の二番目が俺の席だ。
俺が席に座り、一限目の準備をしていると、また元の雰囲気が戻り始めた。だがドアの前から聞いたときと違うのはみんな声のボリュームを落としてこちらを見ながら話をしていた。
ヒソヒソ、ヒソヒソ。
そんな擬音すらが聴こえる。
「——やっぱ——別れた——」
「あれ——だったんだ」
「最低——見えなかったのに」
嫌な雰囲気だった。
と、また何人かが教室に入ってきた。
俺はその中に、いつもツルンでいた斎藤と大山をみつけ、席からたった。
「おはよう」
「あ、ああ」
だが。
斎藤と大山は俺を素通りして自分の席に向かってしまった。
まるで俺の存在を無視するように。
いやようにではないか。
無視されたのだ。
さすがにきついな。
どうしてこうなったのだろう。
なにがあった?
よくよく考えても何か斎藤と大山に嫌われるようなことををした記憶がなかった。
「恋詩!」
「ん?」
振り向くとそこにいたのは、馴染みのある顔だった。
青いフレームのメガネと、拾ってきた野良猫みたいな目が特徴的な女子生徒。
林道柊子。
中学校の頃から親交のある仲の良い女友達だった。
サバサバした性格で、言いたいことはきちんというような女。
中学校の頃に、委員会が一緒になって結構仲良くなった。
「あんた、朱里と別れたって本当なの!?」
「ああ、まあ、うん」
「その……あんたの浮気ってマジ?」
「は?」
「……その反応を見るに、やっぱり違うわけね、まぁそうだと思ってたけど」
俺は、一昨日あったことを柊子に話した。
もちろん、異世界にいったとかそんな話は抜きにして。
そんなこと言ってたら真面目に正気を疑われる。
柊子に詳しく話を聞けば、今俺にはある噂が流れているそうだ。
俺は、朱里と付き合っていたにもかかわらず浮気していた。
朱里に何度も暴力を振るい言うことをきかせていた。
朱里の弱みを握り無理やり恋人になった。
音沙汰にはされていないが何度も暴力事件を起こしていたとか。
「そんな噂が昨日からずっと流れているわけよ」
「俺がそんなくそやろうだったとは」
「なに他人事みたいに言ってんのよ!、あんたこのままじゃやばいわよ……ってあちゃー、もうハブられてるわね」
柊子は席で無言でいる斎藤と大山を見ていった。
「……それにしてもあの女最悪ね」
「あの女って?」
「朱里のことよ、噂の発端は朱里でしょ、自分が浮気してあんた振ったくせに、まじで最低、ありえない」
「……」
そうなのだろうか。
朱里は別れた相手を悪く言うような人間ではない。
彼女は、どんなときも凛としていて、高潔で曲がったことが嫌いな人間だ。こんなことする人ではない。
それは俺が一番わかっている。
……と前だったら答えられたのだろう。
……でも今はもうわからない。
朱里が何を考えているのかも。
ま、そんなんだから寝取られるんやけどな、ガハハ。
にしても、マジでヤバくね?
「ボッチルート確定じゃん」
俺の状況は結構ひどかった。
え、わりとまじで酷くね?
まともな高校生活これから送れる気がしねえ。
キンコンカンコーンと鈍い鐘の音が学校に鳴り響く。
どうやらもう授業が始まるようだ。
「ま、後でね」
と言って柊子は自分の席に戻っていった。
そうして授業が始まった。
始めの授業は現文だった。
俺はずっと上の空で講義を聞いていた。
これからどうなるんだろ。
考えるのはそのことばかりであった。
昼休みになった。
俺の席の周りには誰もいない。
いつも一緒に御飯を食べていた斎藤と大山は、どこに行ってしまった。
寂しい。
「……」
カバンから、今日の朝コンビニで買った弁当を取り出す。
一人飯かあ。
「ま、いいや」
さっさと食べて、寝てよ。
することもねえしな。
友達いなくなったくらいでなんだってんだ。
「恋詩」
後ろから掛けられた声に振り向くと、そこにいたのは二人の女子生徒だった。
一人は林道柊子。
もうひとりは、たしか、一ノ瀬結衣だっけ?。
いつも柊子と一緒にいる女子だ。
気弱そうで、いつも柊子の袖を握っているような女の子。
身長は別に小柄というわけではないが、いつも猫背のため少し小さく見える。目元に軽くかかる長い前髪が特徴的だ。
一ノ瀬は柊子に隠れながら俺のほうを見ていた。
前髪の間から見える目からは、怯えのようなものが混じっている。
俺が反応に困っていると、柊子が話を切り出してくれた。
「やっぱぼっちなんだ」
「一匹狼みたいで、カッコいいだろ?孤高の存在っていうの?」
「バカねー、一匹狼って本当はカッコいい言葉じゃないわよ」
「へ?」
「一匹狼ってのは群れから追い出されたか、群れを作れていない狼のことよ、彼らも好きで一匹でいるんじゃないわ、いわゆる狼界の負け組みたいなもんよ」
「……悲しい現実を突きつけるんじゃねえよ」
「ま、あんたがその一匹狼っていうのは正しいわね」
「ちょっとトイレで泣いてきていい?」
「冗談よ」
「で、どうしたんだ?」
俺は柊子と一ノ瀬に尋ねた。
柊子はともかく、一ノ瀬とはそれほど接点はないはずだ。
なんの用なのだろう。
「…はん」
「?」
「だから……ご飯一緒に食べるわよ」
「へ?」
俺は最初、柊子が何を言っているのか理解できなかった。
「でも良いのか、俺と一緒にいたらお前らまで」
「別に言わせたやつには言わせておけば良いじゃない、誰にどう思われようとどうでもいいわ、ね、結衣もいいよね?」
「う、うん……柊子ちゃんがそう言うなら」
「まじか……お前らいいやつすぎない?」
「まあね、その御礼に帰りにジュース2本お願いします」
「らじゃ」
俺は柊子と一ノ瀬と昼飯を食うことになった。
どことなくクラスの視線がまたきつくなった気がした。
とくに男子から。
「これで帰りのHRを終わります、礼」
「「「ありがとうございましたー」」」
学校が終わった。
未だにみんなの視線がチラチラと俺を向いているが、その頻度は朝よりも格段に減っていた。
俺は、横に掛けていたリュックを背負い教室から出た。
「あ……」
「あ」
教室からでた先には、俺の元彼女、御堂朱里がいた。
思い出した。
次あったときには、ちゃんと話をしようと思っていたんだった。
あまりにも、異次元なことがおきすぎて完全に忘れていた。
「あか」
俺を見た朱里は、一目散に踵を返し元いた場所に向かった。
「朱里待ってくれ!!」
俺は追いかけようとしたそのとき、誰かが遮った。
「なあ、佐藤やめろよ」
「まじであんたキモいんだけど」
そこにいたのは、一組の男女だった。
男のほうの名前は、藤堂純也。
明るくクラスのリーダー的存在で、みんなに好かれている男。
女のほうの名前は、四宮凛華。
ダンス部、金髪。こいつも藤堂と同じでクラスのリーダー的な存在。なんというか垢抜けすぎていて同じ高校生とは思えない。
「なあ、どいてくれねえか」
「今どいたら、あーちゃんがあんたに何されるかわかんないでしょ」
「そうだぜ佐藤。もともと、浮気したお前が悪い。諦めの悪い男は嫌われるぞ」
その後も、なにか二人が言っていたがその言葉は、右耳から左耳へ通り抜けていき、まったく理解ができなかった。
考えることは朱里のことだけであった。
そうこうしている間に朱里の姿は見えなくなった。
「……浮気してねえよ」
俺は、その一言だけを言いゆっくりと二人の間を抜けた。
「俺と話すらしたくないのかよ……」
俺は、沈んだ心で家に向かった。
普通にショックであった。
さすがに別れたとはいえ、こんなに拒否されるものなのだろうか。
トボトボ歩いていると、少し先にスーパーを見つけた。
そういえば、卵切れてたっけ。
「ご飯買って帰らなきゃ……」
俺は家に帰る前にスーパーに寄ることにした。
「ただいまー」
「おかえりなさい恋詩」
家に帰ると出迎えてくれたのは影静だった。
朝出たときとまったく変わらない位置で、彼女はテレビを見ていた。
「恋詩、今日の夜は時間ありますか?」
「おう、あるけど」
「良かった。じゃあ私と付き合ってください」
「どこか行くの?」
「えぇ、少し世界を見に行きましょう。この世界が隠していることを」
深夜1時43分。
俺は、暗闇を歩いていた。
手には、刀をもち、顔を見られないようフードを被って。
ぶっちゃけ普通に不審者であった。
警察に見られたら即職務質問である。
というか銃刀法違反……。
「なあ、影静、俺、警察に見つかったら即逮捕なんだけど」
「恋詩、安心してください。私から周囲100メートル?程度なら何があろうと探知できます。警察とやらがいてもすぐに逃げることができます、それに……もうこの辺りに意識のある”普通”の人間はいないでしょう」
「え……ってあれ?この道って」
「……恋詩、彼らが来ました。少し身体を借ります」
そう影静が言った瞬間、俺の身体は支配権を失った。
そして俺の身体は真後ろに飛んだ。
それはもう高く。30メートルくらい。
「うわあああ」
「恋詩静かに……」
パスっと軽やかに俺の身体は近くにあった家の屋上に着地した。
「恋詩見てください」
俺は屋上の塀から少し頭をのぞかせ、下を見た。
「は?」
俺は、一瞬この世界が現実かわからなくなった。
だって、そこにいたのは明らかに人間でない化け物だったのだから。
「なんだあれ……」
「……」
それはおとぎ話にでてくる魔女のような姿だった。
鼻が長く、耳が尖っている老婆。
首から上はだが。
首から下はまるで、全ての毛をむしり取られた鶏のような姿だった。大きさは普通自動車くらい。
そして現実感を失わせたのはその存在だけではなかった。
ソレの近くにあったのは、黒い闇。
夜だから暗いのは当たり前であるが、そこだけは、完全な闇の円を描いていた。
「もしかして」
「はい、あれが狭間へとつながる裂け目です、やはりこの世界にもあちらからの裂け目はあったのですね」
「あそこから迷い込んだのか……もしアレが、人間と出逢えば?」
「十中八九殺されるでしょう」
「まじかよ……、じゃあどうにかしなきゃ」
そういえば、さっき影静が言ったのは「彼ら」という言葉であった。
彼ら?
もし、影静があの化け物のことを言うのならば、彼彼女はともかく「ら」はつける必要はないはずだ。
「おそらくその必要はないかもしれません」
俺の手を使って影静がある場所を指した。
そこにはいた。
さっきまではいなかったはずなのに。
彼ら。
黒い装束を身に纏い、手には武器らしき槍やら剣を持っている。
その数、7人。
男が5人に女が2。
中には俺と同じくらいの歳っぽいやつもいれば、50は超えているだろう男の姿もある。
「なんだ……あいつら」
「きっと彼らは、この世界の陰陽師なのでしょう」
「漫画かよ……」
どうやらこの世界にも、気づいていなかっただけで不思議なことが溢れているようだった。
そして彼らと化け物の戦いが始まった。




