第5話 森の弓使いは、最初から全部見ていた
翌朝。
村は、昨夜の魔獣騒ぎの余韻を引きずっていた。
だがそれ以上に――妙な視線が増えていた。
「……なんか見られてない?」
「見られてるな」
セローナが答えた。
視線の先は、森。
木々の間。誰かがいる。
「出てきなさい」
セローナが剣に手をかける。
次の瞬間。
――スッ。
音もなく、一本の矢が地面に突き刺さった。
「っ!」
ジャスミーが飛び上がる。
「今の何!? ねえ今の何!?」
「落ち着け」
俺が言うより早く、森の影が動いた。
枝の上から、一人の女性が静かに降りてくる。
長い銀に近い緑の髪。
透き通るような肌。
そして、鋭い眼差し。
「騒がしい」
それだけ言って、こちらを見下ろした。
「……エルフか」
セローナが低く呟く。
「名は?」
問いかけに、女性は少し間を置いて答えた。
「サンガーデン」
短い名。無駄のない声。
「昨日の戦闘、全部見ていた」
その言葉に、空気が変わる。
「盗み見とはいい趣味じゃないな」
セローナが一歩前に出る。
だがサンガーデンは動じない。
「魔獣の動きが不自然だった。調べていた」
「で?」
「治癒の使い手がいた」
視線が俺に向く。
冷たいようで、どこか観察するような目。
「お前だな」
「……はい」
正直に答えるしかなかった。
「面白い」
ぽつりと。
それだけ言った。
⸻
「私は森の弓手。人間の争いには基本的に関わらない」
サンガーデンは淡々と続ける。
「だが、あの魔獣は違う。自然発生ではない」
「つまり?」
「誰かが“作っている”」
空気が一気に重くなる。
セローナの表情が変わる。
「根拠は」
「魔力の流れが歪んでいた。外部から“狂わせる術式”の痕跡がある」
ジャスミーが小さく震える。
「あ、あたしの爆発よりやばいやつじゃんそれ……」
「比較対象が違う」
即ツッコミだった。
少しだけ空気が緩む。
⸻
「で、お前は何しに来た」
セローナの核心の問い。
サンガーデンは少しだけ目を細めた。
「観察」
「観察?」
「治癒の力は珍しい。だが、それ以上に――」
俺を見る。
「その使い方が異常だ」
「異常って……」
「普通は戦争の道具になる」
その言葉に、少しだけ胸が重くなる。
「でもお前は違う」
サンガーデンは続ける。
「壊すためではなく、戻すために使っている」
静かな沈黙。
「だから、興味がある」
そう言って、初めてわずかに目を細めた。
――それは“感情”に近い何かだった。
⸻
「仲間になる気はあるか?」
セローナが単刀直入に聞く。
サンガーデンは即答しなかった。
数秒。
風が通る。
「条件がある」
「聞こう」
「この男」
指が俺を指す。
「彼の力を観察する」
「……観察?」
「戦闘、治癒、判断。すべて」
ジャスミーが小声で言う。
「なんか試験官みたいな人来たね……」
「黙れ」
セローナが即ツッコミ。
俺は少し考える。
「別に構いませんけど」
「本当か?」
「嫌な感じはしないので」
正直だった。
この人、敵意はない。
ただ“真実を見たいだけ”って感じだ。
サンガーデンはほんのわずかに頷く。
「決まりだ」
⸻
その夜。宿の中。
四人が並ぶ形になっていた。
セローナ(前衛)
ジャスミー(爆発魔法)
サンガーデン(弓手・観察者)
そして俺(治癒)
「……なんか、本当にパーティっぽくなってきたな」
俺が呟くと、
「否定はしない」
セローナ。
「えへへ……なんか冒険者っぽいね」
ジャスミー。
「無駄口は多い」
サンガーデン。
バラバラすぎる。
なのに――妙に噛み合っている。
「ジネン」
セローナが言う。
「お前が中心だ」
「え?」
「治癒は戦況を変える。判断も含めてな」
少しだけ真剣な目。
「お前が崩れたら、全部崩れる」
その言葉は、重かった。
でも。
「じゃあ、崩れないようにしますよ」
自然にそう返していた。
前世では絶対に言えなかった言葉。
サンガーデンが、ほんの少しだけ目を細める。
「……面白い」
またそれだった。
でも今度は、さっきより少しだけ“温度”があった。
⸻
その夜、宿の外。
誰もいないはずの場所で。
「……見つけた」
黒いローブの影が、静かに呟いた。
「治癒の異物……」
そして、ゆっくりと笑う。
「回収する必要があるな」
闇が、動き始めていた。




