第6話 最初の依頼、そして“異常な報酬”
村に来て数日。
俺たちの生活は、少しだけ“日常”になり始めていた。
治療依頼。
魔獣警戒。
ジャスミーの小爆発。
セローナの容赦ない訓練。
サンガーデンの無言の観察。
そして――リーナの差し入れ。
「ジネンさん、これ今日のパンです」
「ありがとう、助かります」
「……また来てもいいですか?」
「いつでもどうぞ」
そう言うと、リーナは嬉しそうに笑って帰っていく。
その背中を見ながら、ふと思う。
(ここ、悪くないな)
そう思えた時点で、もう十分だったのかもしれない。
⸻
あの日からだった。
ジャスミー爆発事件。
リーナは村で一番よく俺のところに来るようになった。
薬草を持ってきたり、水を汲んできたり。
「ジネンさんが疲れないようにって」
そう言って、笑う。
その笑顔は、少しずつ変わっていった。
ただの感謝から。
安心へ。
そして、確かな“好意”へ。
そしてもうひとつ。
リーナの父親は、村でこう言うようになる。
「俺たちは助けられた命だ。あの青年がいる限り、この村は救われる」
それは村全体の意識を変えていった。
“助けられる側”ではなく、“助け合う仲間”へ。
そしてそれは――
後に俺が何を選ぶかの、静かな土台になっていく。
⸻
夜。
宿の前。
リーナが小さな声で言った。
「……ジネンさん」
「ん?」
「どこか遠くに行っても……」
少しためらった。
でも強く、震えながら。
「……必ず、帰ってきてください」
その言葉に、俺は少しだけ目を見開いた。
リーナは続ける。
「私はここで待ってます。だから……」
泣きそうな顔で、それでも笑う。
「約束、してください」
セローナも、ジャスミーも、サンガーデンも黙っている。
風だけが吹いていた。
俺は少し考えてから――
「……わかりました」
頷いた。
「必ず、戻ってきます」
それは軽い約束じゃなかった。
この世界で初めて“誰かに求められた帰る場所”だった。
リーナは小さく笑った。
「……はい」
その笑顔は、少しだけ恋の色をしていた。
⸻
そんなある日だった。
「依頼が来た」
セローナが紙を置く。
村長からの正式な依頼書だった。
「隣村の鉱山で負傷者が多数出ている。治癒能力者の派遣要請」
「俺か」
「お前だな」
間髪入れずだ。
「ジャスミーとサンガーデンも同行する」
「え、あたしも!?」
「当然だ」
セローナは迷わない。
そして最後に一言。
「……嫌な予感がする」
その言葉だけが、妙に引っかかった。
鉱山は村から半日ほど離れた場所にあった。
到着した瞬間、空気が重いとわかる。
人が倒れている。
だが――
「……妙だな」
サンガーデンが静かに呟く。
「傷の種類が不自然」
「魔獣じゃないのか?」
「違う」
彼女は即答した。
「“人為的”だ」
その言葉で、空気が一気に変わる。
坑道の奥。
そこには負傷者たちがいた。
だが――違和感。
治療している“ふり”の人間たち。
やけに整った設備。
そして、妙に清潔すぎる空間。
「お待ちしておりました」
奥から現れた男は、柔らかい笑みを浮かべていた。
「聖・女神教、治癒支援部門の者です」
「聖・女神教……?」
ジャスミーが小さく呟く。
サンガーデンの目が細くなる。
「出たな」
その声は冷たい。
「負傷者の治療をお願いしたく」
男は丁寧だった。
だが――どこか歪んでいる。
「報酬もご用意しております」
そう言って差し出された袋。
中には、見たことのない金属札。
そして――異様に高価な魔石。
「これは……」
「我々は能力者の支援を行う組織です」
滑らかな説明。
だがセローナは一歩も動かない。
「お前たちの“支援”は信用できない」
即断だった。
男の笑みがわずかに崩れる。
治療は進んだ。
だがその途中、俺は気づく。
(……治癒が妙に効きすぎる)
単なる怪我じゃない。
魔力の流れが“操作されている”。
誰かが意図的に“壊している”ような傷。
「ジネン」
サンガーデンが小声で言う。
「ここは危険だ」
「わかってる」
だが、その時だった。
背後の扉が閉まる。
ガチャン、と重い音。
「……っ」
ジャスミーが振り向く。
「え、ちょっと、これって――」
男が微笑む。
「ご協力、感謝します」
その声はもう、さっきとは違っていた。
「能力者の回収は順調です」
「回収……?」
セローナの剣が抜かれる。
「貴様ら、何をしている」
男は笑う。
「“女神の器”を集めているだけですよ」
一瞬で空気が変わった。
奥の壁が開く。
そこには――
眠るように横たわる“人々”。
だが彼らは、普通ではない。
魔力が異常に抜かれた痕跡。
意識が戻らない状態。
そしてその中心には、淡く光る魔法陣。
「女神は、もうすぐ目覚めます」
男の声が低くなる。
「そのための“素材”が必要なのです」
「……ふざけるな」
セローナの声は低い。
「人を何だと思っている」
「人?」
男は首を傾げる。
「ただの器ですよ」
その瞬間だった。
裏口が開く。
「……っ!?」
外へ逃げようとする影。
それは――村人だった。
リーナと同じくらいの年の少女。
「助けて……!」
叫びながら引きずられていく。
「リーナじゃない……でも――」
似ている。
嫌な想像が頭をよぎる。
(これ、村にも――)
「行くぞ!」
セローナが動く。
ジャスミーが魔法を構える。
サンガーデンが弓を引く。
そして俺も――
「ヒール!」
光を放つ。
拘束された少女の腕の“異常な拘束魔法”が解ける。
「……っ!」
男の顔が初めて歪む。
「なぜ解除できる……!」
「知らねぇよ」
俺は一歩前に出る。
「でも、それは人にやることじゃない」
その言葉を合図に、戦闘が始まる。
だが男たちは撤退する。
目的は“治療”ではない。
確認だった。
「やはり……お前が“核”か」
男は俺を見て笑った。
「治癒の異物……実に興味深い」
そして最後に言い残す。
「次は“回収対象”として扱いましょう」
その瞬間。
冷たい気配が走った。
撤退後。
坑道は静かになっていた。
だが残された痕跡は、あまりに異常だった。
「……聖・女神教」
サンガーデンが呟く。
「やはり動き出したか」
「知っているのか」
「昔から存在する“集団”だ」
彼女の声は冷たい。
「女神を復活させると言いながら、人を“素材”として扱う」
ジャスミーが顔を青くする。
「それって……宗教じゃなくて……」
「実験組織だ」
セローナが言い切る。
⸻
帰り道。
誰も多くは語らなかった。
ただ一つだけ。
俺は気づいてしまった。
(これはもう……ただの田舎の治療じゃない)
狙われている。
そして――
リーナの村も、いつ巻き込まれてもおかしくない。
夜、村に戻るとリーナが待っていた。
「おかえりなさい」
いつもの笑顔。
でもその笑顔が、妙に怖く見えた。
(守らないと)
そう思った瞬間。
この世界で生きる理由が、少しだけ“形”を持った。




