番外編4 あなたがくれたもの
夕方。
村は、少しだけ静かだった。
空はオレンジ色に染まり、風はやわらかい。
何も変わらないはずの景色。
でも。
リーナは分かっていた。
(今日、行っちゃうんだよね)
村の外れ。あの丘に立つ。
初めて会った日、怪我をして、怖くて、不安で。
それでも――あの人は、助けてくれた。
何も知らないまま。
ただ、当たり前みたいに。
(あのときから、もう決まってたのかもな)
小さく笑う。
「……来てくれたんですね」
後ろから声。
振り返ると、ジネンがいた。
「呼ばれましたからね」
言葉とは裏腹に優しく笑っている。
「ごめんなさい」
「いえ」
並んで立つ。前と同じ場所。
でも、少し違う。
「……行くんですよね」
「はい」
短い答え。
分かっていた。でも、ちゃんと聞きたかった。
「そっか」
風が吹く。少しだけ、沈黙。
「……あの」
リーナは、息を吸う。
「ちゃんと言っておきたくて」
ジネンは何も言わない。
ただ、聞いてくれる。
「好きでした」
言えた。
震えなかった。
泣かなかった。
ただ、まっすぐ。
「最初に助けてもらったときから」
「優しくて、すごくて、ちょっと不器用で」
「そういうところ、全部」
少しだけ笑う。
「好きでした」
夕焼けが、少しだけ強くなる。
ジネンは、少しだけ目を伏せる。
「……ありがとう」
それ以上は言わない。
言えない。
リーナは頷く。
「分かってます。騎士様、ですよね」
ジネンは少しだけ驚く。
「見てたら分かりますよ」
少しだけ、いたずらっぽく笑う。
「隣に立ってるときの顔、違いますもん」
ジネンは何も言えない。
リーナは一歩、前に出る。
空を見る。
「でも」
声は、少しだけ柔らかくなる。
「よかったです」
ジネンが顔を上げる。
「好きになったのが、ジネンさんで」
「助けてもらったのが、ジネンさんで」
一拍。
「この村が、ちゃんと残ったのも」
振り返る。
「ジネンさんがいたからです」
その言葉に、ジネンは息を呑む。
「だから」
リーナは、笑う
少しだけ、寂しくて。
でも、それ以上に――強く。
「この気持ち、なくならなくていいです」
ジネンが目を見開く。
「え……?」
「好きなままでいいんです、その代わり――」
胸に手を当てる。
「ここに置いていきます」
静かに。
「前に進むために」
風が吹く。
夕焼けが、少しずつ沈んでいく。
ジネンはやはり何も言えない。
でも、その顔には――はっきりと、感情があった。
「……強いですね」
ようやく出た言葉。
リーナは笑う。
「ジネンさんがそうしてくれたんですよ」
「助けてくれたから。ちゃんと生きていけるようにしてくれたから」
一歩、下がる。
「だから今度は…見送る番です」
深く、頭を下げる。
「いってらっしゃい」
それは、ただの挨拶じゃない。
送り出す覚悟。
ジネンは、ゆっくり頷く。
「……行ってきます」
それで十分だった。
ジネンが1人去って行く。
その背中を、最後まで見送る。
見えなくなってから、ようやく。
「……ばか」
小さく、涙がこぼれる。
でも、すぐに拭く。顔を上げる。
空はもう、夜に変わっていた。
(大丈夫ちゃんと歩ける)
胸に手を当てる。
そこには、まだある。
消えてない。消さない。
でも、それでいい。
それがあるから、前に進める。
リーナは振り返る。
村の灯り。
帰る場所。
ゆっくりと歩き出す。
その背中は、もう――“守られる側”じゃなかった。




