番外編3 それでも前に進む、それぞれの選択
お昼どき、村は、いつも通りに穏やかだった。
だが、少しだけ空気が違う。
ほんのわずかな変化。
けれど、当人たちにははっきり分かる。
リーナは井戸のそばにいた。
桶に水を汲みながら、ぼんやりと空を見上げている。
(そっか……)
頭では、分かっていた。
ジネンがどこかへ行ってしまう人だということも。
ずっとここにいるわけじゃないことも。
でも。
(ちょっとくらい、期待してたんだなぁ)
小さく笑う。
自分でも驚くくらい、ちゃんと笑えていた。
「……強いな、君は」
声がする。
振り向くと、セローナが立っていた。
「騎士様」
リーナは少し驚く。
セローナは少しだけ距離を空けて立つ。
近すぎない位置。
でも逃げない位置。
沈黙。セローナは何も言わない。
ただ、リーナを見る。
リーナも分かっている。
「……いいんです」
先に口を開いたのは、リーナだった。
「ちゃんと分かってるから」
セローナの視線が少しだけ揺れる。
「ジネンさんは、あたしだけの人じゃない」
笑う。
「でも」
一歩だけ、視線を落とす。
「好きだったのは、本当です」
風が吹く。
セローナは何も言わない。
軽い慰めも、綺麗な言葉も。
代わりに自分のマントを外す。
それを、そっとリーナの肩にかける。
「……冷える」それだけ。
リーナは少し驚いて、でもすぐに笑う。
「優しいんですね」
セローナは視線を逸らす。
「勘違いするな。お前を気遣ったんじゃない」
一拍。
「……あいつが気にするからだ」
リーナは、少しだけ目を細める。でも、その言葉の裏が分からないほど子どもじゃない。
「でも、ありがとうございます」
マントを握る。
「負けたのは悔しいけど」
顔を上げる。
「応援はします」
まっすぐに。
「ジネンさんのことも」
そして
「騎士様のことも」
セローナは一瞬だけ言葉に詰まる。
「……強いな」
それは本音だった。
その頃。
「ねぇジネンくん」
背後から、ぐいっと腕を引かれる。
ジャスミーの胸に肘が食い込む。
「ちょ、ジャスミーさん!?」
そのまま物陰に連れていかれる。
「ちょっといい?」
近い。やたら距離が近い。
「……なんでしょう」
ジャスミーはじっとこちらを見る。
いつもの軽さとは、少し違う。
「あのさ、セローナのこと、どう思ってるの?」
直球だった。
「え、いや、それは……」
言葉に詰まる。
ジャスミーがさらに詰める。
「好き?」
沈黙。逃げられない。
「……はい」
小さく答える。
ジャスミーが一瞬だけ固まる。
「……そっか」
笑う。でも、少しだけ無理してる。
「じゃあさ」
ぐっと顔を近づける。
いや、胸が…
「私だったら?」
「え」
「私が先に言ってたら、どうしてた?」
空気が変わる。
軽いはずの問い。
でも、とても重い。
「それは……」
答えに詰まる。
ジャスミーはそれを見て、ふっと笑う。
「困るよね」
一歩下がる。
「いいよ、分かってる」
でも
「でもさ」
少しだけ真剣な目になる。
「ちょっとくらいは、意識してよね」
「…」
「完全に“ただの仲間”にされるの、さすがに寂しいから」
その言葉は、軽くない。
「……はい」
そう答えるしかなかった。
ジャスミーは満足したように笑う。
「よし。じゃあ今はこれでいいや」
くるっと背を向ける。
「でも覚悟しててね?」
「…私、けっこうしつこいから」
その言葉に、少しだけ空気が軽くなる。
遠くで、リーナとセローナが並んで立っているのが見える。
それぞれの距離。それぞれの想い。
全部が、少しずつ変わっていく。
それでも、この関係は――前に進んでいる。




