第2話 女騎士、いきなり斬りかかってくる
「ヒーラー様ー! ちょっといいですかー!」
早朝、まだこの世界の生活にも慣れていない俺のもとに、早速声が飛び込んできた。
「はい、今行きます」
外に出ると、昨日助けた男――確か名前はロイドさんだったか――が、申し訳なさそうな顔で立っていた。
「すまねぇな、朝早くに。実は、村の外れでケガ人が出てな……」
「わかりました」
少し前の俺なら、こんな風に動けなかった気がする。でも今は違う。
俺はロイドさんに案内されて、村の外へ向かった。
⸻
「……あれ?」
現場に着いた瞬間、違和感を覚えた。
ケガ人がいるはずなのに――妙に静かだ。
人の気配が、少ない。
「ロイドさん……?」
振り返る。
――いない。
「は?」
いつの間にか、完全に一人になっていた。
そのとき。
「動くな」
背後から、鋭い声が飛んできた。
同時に、首筋にひやりとした感触。
剣だ。
「……は?」
「質問に答えろ。お前、どこの回し者だ」
振り向くことも許されないまま、淡々とした声が続く。
女の声だった。
ただし――めちゃくちゃ物騒だ。
「いやいやいや、ちょっと待ってください」
「待たない。答えろ」
「俺、昨日この村に来たばっかりなんですけど!?」
「……証拠は」
「ないですけど!?」
詰んでる。
完全に詰んでる。
異世界生活二日目にして、いきなり処刑ルートに入りそうなんだが。
「……やはり怪しいな」
「いや、待って! ほんとに違うんで!」
頭をフル回転させる。
こういうとき、どうすればいい。
信用を得る方法――
(あ)
「治癒、使えます」
「……何?」
ぴたりと、剣の動きが止まった。
「昨日、村の人を治しました。見てくれればわかります」
数秒の沈黙。
やがて、首元の剣がゆっくりと離れる。
「……振り向け」
恐る恐る振り返ると。
そこにいたのは――
凛とした美しさを持つ、ひとりの女騎士だった。
長い金髪を後ろで束ね、鋭い目つき。鎧の上からでもわかる引き締まった体。
そして何より。
(……強そう)
素人の俺でもわかるくらい、隙がない。
「私はセローナ。リエル王国騎士団所属だ」
「か、加賀自然です……」
「……ジネン、か」
じっと見られる。
なんか、めちゃくちゃ観察されてる。
「本当に治癒が使えるなら、試してもらう」
「え?」
「こっちだ」
セローナはそう言うと、森の奥へと歩き出した。
⸻
そこにいたのは、一人の騎士だった。
鎧が大きく裂け、深い傷を負っている。明らかに重傷だ。
「魔獣にやられた。応急処置はしたが、このままではもたない」
セローナの声には、わずかな焦りが混じっていた。
「……お願いしたい」
その一言に。
さっきまでの威圧感とは違う、素直な感情が乗っているのがわかった。
「……わかりました」
俺は騎士のそばに膝をつく。
やることは昨日と同じだ。
手をかざして――
「ヒール」
光が溢れる。
傷が、ゆっくりと――そして確実に塞がっていく。
「……っ!」
セローナが息を呑む気配。
やがて、騎士の呼吸が安定し始めた。
「助かった……」
小さく呟く声。
成功だ。
ほっと息をついた、そのとき。
「……すごいな」
顔を上げると、セローナが俺を見ていた。
さっきまでの警戒の目とは違う。
純粋な驚きと――少しの尊敬。
「本当に、一瞬で……」
「まあ、その……俺もよくわかってないんですけど」
正直なところだ。
使えてるけど、仕組みは不明。
「……疑って悪かった」
セローナはそう言って、すっと頭を下げた。
「いや、むしろ斬られなくてよかったです……」
「……それは、すまない」
ちょっとだけ、視線を逸らす。
あれ?
(もしかして、この人……)
さっきまであんなに強気だったのに、今ちょっとだけ照れてないか?
「……なんだ」
「いえ、別に」
慌てて目を逸らす。
うん、たぶんこの人――
(見た目より、だいぶ真面目で不器用だな)
⸻
「改めて頼みたい」
村へ戻る途中、セローナが口を開いた。
「しばらく、この村に滞在してくれないか」
「え?」
「この辺りで魔獣の被害が増えている。お前の力があれば、多くの命が助かる」
まっすぐな言葉だった。
打算じゃない。
本気で、必要としている声。
少し考える。
俺はもともと――
「……のんびり生きるつもりなんですけど」
「構わない。無理に戦えとは言わない」
即答だった。
「治せるときに治してくれればいい。それだけで十分だ」
その言葉に、昨日感じた“あの感覚”が、また胸に広がる。
「……わかりました」
気づけば、頷いていた。
「俺にできる範囲でなら、やります」
「……助かる」
セローナが、ほんの少しだけ笑った。
それはほんの一瞬だったけど――
(あ、いいな)
そう思ってしまった。
⸻
異世界生活、二日目。
どうやら俺は――
ちょっと厄介で、でも悪くないことに巻き込まれ始めているらしい。




