23 比翼の鳥 *BL注意
接吻などの描写もありませんが、BL要素が強い回なので、苦手な方はお気をつけ下さい! どうしても苦手な方は飛ばして頂いても話は繋がると思います!
――その日の、夕方。
カイエンは皇帝の私室で、最愛の恋人レイジュを強く強く抱き締めていた。その表情に滲むのは、愛おしさではなく苦悩と強い申し訳なさ。
「――すまない、巻き込んで」
堂々と、何も恐れはないというふうに自信たっぷりにレイジュを紹介してみせたけれど、カイエンも叶うなら、レイジュという恋人の存在は伏せ続けておきたかった。
アンズとハクレイを結婚させ、二人の間に生まれた子を養子にもらう、という形で話を決着させたものの、臣下たちが本心では納得し切れていないことはよくわかっている。カイエンの実子を望む臣下たちが強引にレイジュを排除しようとする可能性は、極めて高いと言えた。
だけれども。
レイジュはいつものようにふんわりと明るく微笑みながら、カイエンを慰めるために、その広い背中に両手を回して答えた。
「いいの。アンジュちゃんにはとてもよくしてもらったから。今度は僕が恩を返すべきでしょう?」
一つの魂を分け合って生まれてきたのでは、と思うほどに結びつきの強い兄妹なのに、アンズはレイジュが間に入ることを厭わなかった。それどころか「レイジュさん、レイジュさん」と雛のように付き従って慕ってくれる義妹が、レイジュの我儘に応えるべく、避けていた皇城に乗り込む決意をしてくれた義妹が、カイエンとレイジュの逢引きを成功させるためだけに、実の妹でありながら妃候補として扱われることに甘んじてくれた義妹が、かわいくないはずがなかった。
アンズが義妹でなければ、カイエンが去ってしまったあとも、一緒に居続けようとは思わなかっただろう。レイジュにとっても、アンズはかわいい妹だった。
「レイジュ……」
カイエンが顔をぐしゃりと歪めた。今にも泣き出してしまいそうな顔。
――カイエンが危険を冒してまでレイジュという同性の恋人の存在を明かしたのは、ひとえにアンズのためだった。アンズの身分を回復させるため。
……アンズ本人に自覚はないが、カイエンに言わせると、アンズはあまり素直ではない。
いや、素直ではなくなってしまったというべきだろう。風可憐に、どんなささやかな望みでさえたたき折られてしまった過去の苦い体験のせいで、心のままにあれがしたいこれがしたいと言わなくなった。けれど根底には、あの公主時代の――願いのすべてを叶えていた無邪気に強欲なアンズがいるから、アンズの内面はかなりちぐはぐだ。
身分の回復は望まないとしきりに繰り返していたアンズだが、兄であるカイエンから言わせると、それは意地を張っているに過ぎなかった。
本当に望んでいないというなら、どうして皇城に来てまで「アンジュ」という本名そっくりの偽名を使い続けていたのだろう。
そもそも「アンジュ」という偽りの名は、本当に幼いころに自分のことを名前呼びしていたアンズが、舌足らずがゆえにうまく自分の名前を呼べず、本人は「アンズ」と言っているつもりなのに周囲にはいつも「アンジュ」と聞こえてしまっていたことに由来している。あまりにも「アンズは、」が「アンジュは、」に聞こえたため、『本当はアンズ姫じゃなくてアンジュ姫だったか?』と、父帝やカイエンがよくからかっていたのだが、アンズ本人も「アンジュ」という響きをとても気に入って大切にしていた。
死を偽装する直前、本名さえも捨てることになったアンズが、自ら偽名にするならこれがいいと言い出した、公主である自分にたっぷりの未練を残した名前。
それに「誰も気づかなさそうで良かった」と言うなら、何故その杏色の瞳には深い失望が浮かんでいるのだろう。
本人は自覚なしの強烈な矛盾に、カイエンとレイジュは最初から気づいていて、気がついていたからこそ、二人ともどうにかしてやりたいと強く思っていた。アンズ本人は自分のことをしっかりしていると思い込んでいるが、二人からすると、アンズはまだまだ頼りない――そして何よりもかわいい子どもだったから。
けれどただ公主アンズの身分を回復したいと臣下たちに訴えても、自分の本心に無自覚なアンズが「どうして勝手なことをするの⁉」と怒り狂って横槍を入れるだろうし、皇位継承権を持たない公主の身分回復には、臣下たちも積極的に賛成してくれないことはわかっていた。
だからレイジュと相談して、まずはレイジュの存在を明らかにすることにした。
皇帝の恋人が男であり、その恋人以外と結婚する気のないことを宣誓した上で、公主アンズの存在を示し、その子どもを養子にする、と述べてしまえば、ひとまず話が無視されることはないだろうと踏んで。
そうして身分の回復は、風可憐への報復とも絡めて、無事達成された。
すべてができすぎるほどうまくいったように思えるが、レイジュにとってはこれからが本番だ。
皇帝陛下のただ一人の恋人でありながら、絶対に子どもが望めないという点で、レイジュはどうやっても苦しい立場に置かれてしまう。
それがわかっているから、妹のために恋人をその苦しい立場に追いやったのは自分だから、カイエンの胸は今、張り裂けんばかりに痛んでいるのだった。
「もし、おまえが殺されてしまったら、どうしような……」
そうなったときは百、自分に非がある。自分のせいで死んだ恋人を見て、カイエンは正気を保っていられるだろうか?
(――いや、きっと狂うだろうな……)
レイジュはカイエンの片翼。強引に引きちぎられたら心が死ぬ。
「もう、不吉なこと言わないでよ」
沈み切った顔をするカイエンを窘めながら、レイジュはそれでもなお、谷間に咲く小さな花のように、可憐に愛らしく微笑んでみせた。
カイエンは恋人のその微笑み方が何よりも好きだったが、今は笑みを愛でる余裕もない。
一方で、レイジュはカイエンよりもずっと前から腹を括っていたから、今更大して動じていなかった。
カイエンの気持ちを落ち着かせるように、とんとんとその背を軽く叩いてやりながら、優しい口調で言葉を紡ぐ。
「いいんだよ、カイエン。僕はね、僕が死ぬその瞬間まで、カイエンが僕のことを愛してくれていれば、それで満足なの。たとえ早死にしたって、死ぬ直前まで心から君に愛されて、僕もまた君を同じように愛せているなら、僕の人生はそれでいい。本当に、何よりも幸せなの」
それはレイジュの本心だった。
アンズに頼んで皇城に連れて来てもらったときから、いや、そもそも生涯住み続ける予定だった故郷の山を離れてまでカイエンの傍に居続けることを決意したときから、今後の人生がどうなってもいいという強い覚悟を、レイジュは持っていた。
誰か一人を選んで添い遂げるというのはそういうことだと、それがレイジュの人生哲学のようなものだ。
……まさか愛した人が皇子で、自分が皇帝の伴侶になるなんぞ夢にも思っていなかったけれど。これもまた、運命なのだろう。
「……俺は本当に、いい伴侶を持ったな……」
レイジュをさらに強く抱き寄せて、カイエンは静かに、強い感謝の滲む涙をこぼした。
カイエンとレイジュは比翼の鳥だから、たとえどちらかが先に死んでしまったって、二人の魂は永遠に共にあるのだった。




