6話 奴隷
―――翌朝
「ふぁぁぁあ………。アリスちゃん、おはよ…」
窓から差し込む朝日に照らされて目が覚めた蒼華。隣ではアリスがまだ夢の中。日が昇って薄暗かった部屋が明るくなっていく
「ん…んん…。おはようございます…」
ゆっくり上半身を起こしたアリスを見て、蒼華はキョトンとした顔をし、口元を抑えたが、堪えきれずに笑い始めた
「あ、えっと…何で笑ってるんですか?」
「ふふ…だ、だって…アリスちゃんの寝癖…」
アリスは急いでベッドから飛び降り、鏡の前に立った。寝癖がぴょこんと出ていた。蒼華はそれを見て腹を抱えて笑い出した
「あっははは!…か、可愛い!」
ボスッボスッとベッドを叩いている。しかも目には涙を浮かべている
「蒼華さん!そんなに笑わないでください!」
「だって、だってぇ…。あはははは!」
アリスは頬を膨らます。どうやらバカにされて拗ねた様だが内心は…
正直どうでもいいな。僕そんな髪気にしてないし。でも女の子らしくしてなきゃだし…。よし、ちょっとばかりお灸を据えよう…
するとアリスはゆっくり立ち上がり、ベッドに突っ伏して笑い転げてる蒼華の後ろに座った
「そんなに笑いたいなら…」
アリスの小さい手が、蒼華の腋のくぼみに入り込んだ
「ずっと笑っててください」
その瞬間から、アリスによるお仕置きが始まった
「あっははは!…ご、ごめんなさぁぁい!」
そして、宿の女将さんから蒼華がこっぴどく怒られたのは言うまでも無い
―――そして時間が流れて昼頃。アリスと蒼華が用事がある場所に向かっている最中
「もー!私怒られちゃったよ!」
蒼華は頬を膨らませてプンスカして拗ねている。完全に理不尽だ。本気で怒っているわけではなく、100%おふざけだ
するとアリスが急に立ち止まり下を俯く。地面にポツポツとシミが出来ていく
蒼華が振り返ってしゃがみ込んだ。アリスが泣いてることに気づいて目を見開いた
「ごめん、なさい…。私のせいで…ズズッ…。グスン…」
「え!あ、違うの!私本当は怒ってないよ?ちょっとふざけてただけなの!」
アリスはゆっくりと顔を上げ、蒼華を見つめた。次の瞬間、涙が止んでアリスがフッと声を漏らした
蒼華は何のことか分かっておらず、終始キョトンとした顔をしていたが、意味を理解すると頬を膨らませてアリスを睨んだ
そう、完全なる嘘泣きだ。最初からアリスは泣いてなどいなかった。最初から演技だったのだ
「朝のイタズラの仕返しですよ」
そう言いながら涙を拭うアリスには、数日前までの不安なんてないように見えた
それを見て蒼華も安心した様に笑った。道で笑う少女二人は微笑ましい光景で、道ゆく人々が皆温かい目で見ていた
「すごく泣き真似上手だね。どうしてなの?」
「エルフは万が一の時のために練習しておくんです」
普通に嘘だが、蒼華はまんまと騙されて、へぇー!と声をあげて前を向いた
本当は…。嘘なんだよね
アリスの頭に浮かんでいるのは、安藤ゆずきだった頃。泣き落としで借金取りを帰らせていた時の様子。ゆずきの生活は、決して楽なものではなかった
歩き始めると、蒼華はギルドと逆方向に向かって歩き始めた
あれ…?そっちはギルドじゃないよね?
「あの…蒼華さん。ギルドはこっちですけど…」
アリスはギルドの方向を指差した。蒼華が振り返ったが、戻るでもなく、その場に留まって
「今日はギルドの前に行く場所があるの!」
アリスは疑問を抱きつつも、大人しくついて行った
段々と周りの景色が変わり、空気が重くなっていく。そこはアリスもよく覚えている場所。アリスが蒼華に買われた貧民街だ
そしてアリスに聞き覚えのある声が聞こえた。この声を忘れることはない。あの奴隷商の声だ
アリスがゆっくり振り返ると、あの奴隷商がいた。あの時、顔は見えなかったが、今は見える。欲望に塗れたゲスな笑顔を浮かべていた。横に体が大きい奴隷商は、作り笑顔で客を引き寄せる
僕は感謝すべきなんだ。あの奴隷商が蒼華に僕を売ったから再会出来た…。でも…
アリスの能力を巡ったのは数日前の記憶。檻の中に閉じ込められて拘束されて動けずに寝そべっている
この体の持ち主の子は辛かったんだろうな…。やっぱり、アイツ許せない…
蒼華はアリスの前にかがみ、肩に手を置いた。その顔はいつもとは少し違った優しい顔だった
「アリスちゃん、そこの路地裏に隠れてて。出ちゃダメ」
そう告げると蒼華は、奴隷商がいる檻の前まできた
「あのぁ…すいません。また奴隷を買いたくて」
奴隷商はふと蒼華の方に振り向き、営業スマイルを向けた
「おやおや、この前の…。来店いただき感謝致します」
すると奴隷商は蒼華の周りを見渡し始めた。すると頭を掻いて問いた
「えっと…。この前のエルフのガキは?」
「え、えっと…。ゴホン…!あー、そうですね。家で今もこき使ってます。だからまたここの奴隷達全員を買収します」
場の空気が凍った。正確には、奴隷の子供達が震え始めたのだ。その様子を見て、アリスは絶句し、言葉を失った
は?…何で奴隷を…?ってまさかアイツらを蒼華の奴隷に!?
アリスの中で話が最悪な方へと進んでいく。蒼華は奴隷商と話し込んでおり、買うまで時間がかかりそうだ
だとしたら何で僕をこき使ってるって嘘を?―――あ…
アリスは気づいた。これは演技だと。蒼華が奴隷商から奴隷達を解放するための芝居だと
フッ…。じゃなきゃ変な話だよ。本当に奴隷にするなら僕に対しても酷い扱いをするだろうね。一瞬でも疑った自分を殴りたいよ。蒼華はそんなやつじゃない。そんなの僕が一番分かってることじゃないか…
アリスは路地裏から再び様子を窺う。奴隷商が手綱を奴隷達を縛る縄に繋げ始めた
まず僕を買うことで奴隷商に顔を覚えてもらい、信頼を得る。次に、数日間経ってたからまた奴隷を買いに来る。もし最初に僕以外も…。つまり、全員買ったとしよう。奴隷商に疑われるだけだ。蒼華は頭がいいな…。
アリスの考えは的を射ていた。恐らく蒼華は奴隷の子供達を施設にでも預ける、もしくは全員か一部を自分で育てるつもりだ。しかし奴隷商は、奴隷達が人として扱われることにより、奴隷商売が成り立ちにくくなることを恐れて止めに来るはずだ。まず奴隷商の信用を得る必要があったのだ
よし、あとは蒼華がお金を払って子供達を受け取れば…
そこに複数の足音が響き渡る。音からして鎧で武装した集団だろう
現れたのは鎧を纏い、槍で装備した集団。いかにも騎士っぽい雰囲気が漂っている
「ん…何だあれ?」
すると中でも体の大きい男が出てきた
「そこの金髪の女!ご同行願おうか。奴隷商売が禁止なのは知っているだろう?」
え…。待て待て!このままじゃ蒼華が逮捕されるぞ!




