悪役の公爵様
私は目を見開いた。
今、目の前にいる、さっきまで私をすぐにでも殺しそうなほどの殺気を放っていた男が、謝った!?
ファイティングポーズを掲げたままの私は戸惑った。
「人によって大切なものは違う。うっとしいが、また伸ばすといい。誰に何を言われようともうお前はブラックリー公爵家の人間になるのだから、好きなようにすればいい」
恐ろしい人だと噂されているらしいブラックリー公爵様。
そんな恐ろしい彼が、私が今一番かけてほしい言葉を言ってくれた。
――好きなようにすればいい。
いきなり前髪を切られて、いきなりファーストキスを奪われて、ひどい人だと思った。
でも彼は、わたしのために素敵な部屋を用意してくれて、公爵邸ではのびのびと動物が暮らしていて、今はちゃんと謝ってくれて、かけてほしい言葉をかけてくれた……。
公爵様のことを知りたいと思った。
どんな人なんだろう。何を考えているんだろう。
私が読んできた物語の中には存在しない人物。
いや、存在したとして、きっと彼は悪役だろう。
悪役の公爵様。なんとなく面白い。
「何を笑っている」
「失礼しました。ブラックリー公爵様のお言葉が嬉しくてつい……。ありがとうございます」
「そうか……。ところでお前。俺のことはエドワードと呼べ」
「……エドワード様とお呼びしても良いのですか?」
「そうだ、お前は俺の婚約者だろう」
「……はい……エドワード様」
少し照れながら公爵様の名前を呼ぶと、公爵様の金色の瞳がじっと私を見つめる。
彼が何を考えているのかわからない。
この小屋にやってきたときも同じようにじっと見られたけれど、殺されるのではないかと思うほどの殺気を感じた。
今は何の感情もない瞳でただ見つめられているだけなのに、自分の周りの空気がなくなってしまったかのように緊張する。
酸欠になる……。その寸前でエドワード様は私から目をそらした。
「お前、ここに来た時、俺の仕事が気になると言っていたな」
「……ははは、はい」
先ほどまでの緊張感で、また噛んでしまった。
エドワード様はそんな私を無視して話を続ける。
「お前は世間で俺が何と呼ばれているか知っているか?」
答えても良いのだろうか?答えたらエドワード様を傷つけてしまうんじゃないか…?
そんなことを考えていたら、エドワード様が気にしないから早く言えと促してきた。
「……美しき死神……と呼ばれているようです」
「何をしているか噂で聞いたことはあるか?」
「……細かい話は聞いたことがありません。私は自分の部屋に長年引きこもっていたので……。婚約者になることが決まってから、実家の使用人たちが噂しているのを耳にしました」
婚約者になることが決まった後、今まで部屋に寄り付かなかった使用人たちが、わざわざ私の部屋の前でブラックリー公爵様の噂を話していた。
まるで私に聞かせるのが目的のように……。
妹のヴァイオレットも私と公爵様の婚約が決まった時に真っ青な顔をしていたので、相当恐ろしい人なのだろうと思っていた。
実際に殺気を放っていた公爵様は恐ろしかったし、前髪ちゃんを切り払ったひどい人でもあるけれど、実際にはそんなに悪い人じゃないような気もしている。
ブラックリー公爵がそんな私の様子を冷たい目で一瞥した。
「それなら、十分だろう。噂は何も間違っていない。それがすべてだ」
そう言い放ち、部屋に戻れと後ろを向く。
私を拒絶するようでいて、なんとなく寂しさを感じる後ろ姿に、私は思わず声をかけた。
「……エドワード様が話したくないならば、私はこのまま部屋に戻ります。……ですが……私は……噂よりも私は……エドワード様からお話を聞きたいです」
読んでくださっている皆様、いつも本当にありがとうございます!
サブタイトル追加してみました!
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