侯爵家嫡男スチアート・ダルマルタン登場
振り返った先にいたのは燃えるような赤い髪に茶色の瞳をした男。
一目で鍛えているのがわかる。
整った顔に少し軽そうな笑みを浮かべている。
なんとなく、たくさんの女性を泣かしてきたような雰囲気を感じる。
「あああ、あなたは……?」
癖で前髪をつかもうとするが、長い前髪は今はもうない。
手が空をきる。
「失礼、美しい人。私はダルマルタン侯爵家嫡男のスチアート・ダルマルタン。ブラックリー公爵の仕事仲間をしています。美しい人はここで何を……? もしよろしければ、少しお話を……」
私に向けて差し伸べられた手は、マリーによって遮られた。
「その口を閉じてくださいませぇ~スチアート様ぁ~」
「お、マリーちゃん、邪魔するね~今、この美しい人を口説こうと……」
「旦那様の婚約者ですぅ~」
「え?」
「旦那様の婚約者ですので、お引き取りをぉ~」
マリーの手には、お茶を入れたティーポットが握られている。
マリーは新しいお茶を入れるために少し席を外していたのだが、スチアート様がやってきたのを見て、急いで戻ってきたらしい。
マリーにおしりでぐいぐい押されて追い出されつつあるスチアート様だったが、なんとか踏ん張った。
「ブラックリー公爵に婚約者!? そんな話聞いてないよ」
「旦那様は秘密主義ですものぉ~」
そんなマリーの言葉に納得した様子のスチアート様が私に向き直る。
「そうか……残念だな。美しい人、先ほどのご無礼、失礼しました。これから顔を合わせることも多くなるかと思うけど、よろしくお願いしますね」
「ももも、申し訳ございません。膝に猫ちゃんがいるもので、立ちあがることができないのですが、本日フランクリン男爵家より嫁いでまいりましたアイリス・フランクリンです。どうぞよろしくお願いいたします」
私の精一杯の挨拶にスチアート様はどんな女性も一目で魅了するであろう魅惑的な笑みを浮かべた。
「アイリス様、この男には気を付けてくださねぇ~この男、結婚していようがしていまいが、貴族だろうが、平民だろうが、年下だろうが、年上だろうが、どんな女性も範囲内ですのぉ~泣かされた女性は数知れずですわぁ~」
貴族相手にこの男と言っているが、スチアート様はあまり気にしていない様子だ。
二人は気の置けない仲なのかもしれない。
「さすがにブラックリー公爵の婚約者に手は出さないよ。俺だって命が惜しい。……ところでアイリス様、その猫、チャカって言うんですがブラックリー公爵の愛猫で、なかなか他の人間に懐かないんですよ、ほら」
スチアート様が手を伸ばすとチャカは私の膝の上から飛びのき、ファーと威嚇をした後にこの場を去っていった。
「チャカには悪いことしちゃっいましたね。でもわかってもらえましたでしょう? アイリス様は何か特別なのかもしれませんね」
「旦那様の婚約者なのですから、当り前ですわぁ~。スチアート様、旦那様に用があったのではぁ~?」
「そうだった!美しい人がいるなと思って、引き寄せられてしまいましたよ。アイリス様、それではまたすぐにでもお会いしましょう。もちろんブラックリー公爵もご一緒に」
美しい動作でスチアート様は一礼して去っていった。
「嵐のような人だったわね……」
「スチアート様はいつもあんな感じですわぁ~。お疲れになりませんでした?」
「そうね、少し疲れたかも」
「お部屋に戻って、ディナーを食べて、今日はゆっくり休んでくださいませぇ~」
「そうさせてもらうわ」
集まってきてくれた動物たちにぎこちなく別れを告げ(その様子を見てマリーは笑っていた)、部屋に戻った。




