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敗走

よろしくお願いします。

 ぐわ~ん

またもや平衡感覚が狂い視界がゆがむ現象に襲われる。まあ、今度のはさっきより軽かったが。


感覚が元に戻るのを待って目をあけるとそこは学校の裏庭の林だった。

そして、目の前には霊谷(れいたに)さんが倒れていた。

「れ、霊谷さんっ!」

 慌てて駆け寄るが霊谷さんは反応しない。眼をあけてはいるが焦点の合わない眼でただまっすぐ前だけをみ、口からはか細いうめき声が出るだけである。

どうしたんだ? いったい何が起こった? 確か霊谷さんが蛇の幽霊に噛まれて……

「全く何をやっているのかしら? 力を全て吸い出せと言ったのに、まだ半分も奪えてないじゃない」

 声がした方を向くと阿久井(あくい)さんが大きな犬の幽霊を引き連れてこちらに歩いてくるところだった。

「な、何をしたんですか!」

「まあ、恐い。そんなに大きな声を出さないでください。あたしの可愛いスクの能力でその女の魂を吸い出させてもらっただけよ」

「た、魂を?」

「ええ、その人間の本質にしてあたしたち霊能力者には力の根源たる魂。あたしの可愛い(しもべ)の能力は魂を強制的に吸い出し、自らの糧とすること。全て吸い出せと言ったのに途中で口を話してしまうなんて何を考えているのかしら?」

 阿久井さんの鋭い視線を向けられてビクビクと震えあがるスクと呼ばれた蛇の幽霊。

 僕もその視線に思いっきりビビっていたが、これだけは聞いとかないといけないと思い、おそるおそる声をかける。

「た、魂を吸われたらどうなるんですか?」

 霊谷さんは魂を吸われたのだ。その結果、どうなってしまうのか全く予想ができない。

「魂をすべて吸われた人間は廃人と化します。体にも脳にもどこにも異常がないのに、寝たきり、もしくは起きていても何にも反応しない医者にも誰にもどうしようもない生きた(しかばね)にね」

 くすくすと笑いながらそんなことをいう阿久井さんに思わず何も言えなくなってしまう。

「なっ……」

 そんな僕の様子がおかしかったのか阿久井さんはひとしきり笑ったあと

「安心して下さい。霊谷愛美(れいたにまなみ)の魂はまだ半分も奪われていません。魂は一気に零にならない限り時間とともに回復するんですよ?」

 よかった。思わずため息をつくと

「あら、余裕なんてあるの? 霊谷愛美はそんな状態だし、あなた一人であたしに勝てるとは思えないんだけど?」

「くっ」

 言われてみればその当理である。よく分からない霊能力者にとんでもない身体能力を持った犬、おまけに魂を奪う蛇。勝てる可能性0%である。っていうかなんで僕は狙われてるんだ? 霊力ってヤツ?をたくさん持っているのは霊谷さんなわけで、僕が狙われる理由はないんじゃ?

「な、何で僕まで狙うんですか?」

 すると阿久井さんは、また楽しそうに笑う。

「あらあらあら、霊谷愛美を置いて行くから僕は見逃してくれってことかしら?」

「そ、それは……」

 自分の腕の中で屍のようになってしまった霊谷さんを見る。目はうつろで全く動かない。けど、温かい。生きた者からしか生まれない温かさが僕の腕の中にあった。

「いいじゃない。好きよ~、そういうの。別にいいじゃない見捨てちゃって。その女はあなたを殺した張本人なんだし。(うら)んでたんでしょ? もし、その女を置いて行くってんなら見逃してあげるわよ。もともとあなたはそいつを人気のない所におびき寄せるためだけの餌だし。ほら、さっさとそいつ置いて行きなさい?」

 阿久井さんの……阿久井怜奈(あくいれな)の言葉で自覚する。この女の子を……霊谷愛美をこんな目にあわせた原因は自分だと。

腕に優しく力を込める。柔らかい……女の子特有の柔らかさが服越しに伝わってくる。

 僕の心の中に何かが芽生えた気がした。僕の心境の変化が伝わったのか阿久井が好戦的な言葉を投げかけてくる。

「ふーん。あたしとやる気ってわけね」

その言葉を無視して

「さっきの景色は何だ?」

先ほどの現象が何なのか探りを入れる。

阿久井怜奈が怪訝な顔をする。

「トラウマでも見たんじゃない?」

「トラウマ?」

「そっ。スクの『魂吸い』は生物の皮膚に牙を突きたて、その牙から相手の体内の魂を奪い取る術。吸い取るとき、死を意識した魂がこれまでの人生のうち、その者の本質を決めた出来事を走馬灯のように見せることがあるの。普通はそんなふうにならないんだけどね。よっぽど深いトラウマなのか、その出来事にとらわれている」

「じゃあ、僕が見たのは……」

「その女の過去。普通は本人にしか見ることができないんだけど、術者に召喚された幽霊は術者の魂に感応しやすい。ほとんどさわれる距離にいたことも手伝ってあなたも一緒に走馬灯を見たんでしょうね」

 ……じゃあ、あの親から無視されて泣きじゃくっていた少女が霊谷さん? ただ過去を見ているだけだったから空を飛んだり、者をすり抜けたり出来たのか。納得は出来たけど、あの年の子供が親からいない者のように扱われるなんて……。

「……そうか。教えてくれてありがとう」

「いえいえ、冥土の土産ってやつよ。って、あなたはもう冥土にいるんだったわね。それにしても本気でその女を連れてあたしから逃げる気なの?」

「ああ、本気だ」

 阿久井の目を見据えながらしっかりと頷くとまたもや彼女は笑いだした。

「ふふっ、分かったわ。このまますんなり力を手に入れてしまってもつまらないし、なによりあたしには力だけでなく、技術もあるというところ見せつけたいしね。三十分時間を上げるわ。その間に逃げるなり、何なりどうぞ?」

 彼女の意図がどうあれ、その申し出は正直とてもありがたかった。

「じゃあカウントするよ。スタート!」

 !

ごちゃごちゃ考えるのは後だ。今は一刻も早くここを……阿久井のそばを離れないと。


僕は全く動かない霊谷さんを背負い、阿久井に背を向けて走り出した。

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