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後編。目覚めた二人の思い。

「ああ。それで元気そうなのにここに来たのか」

 目を反らしたぼくを見て、察したみたいで、それだけを言うと、ふっと一つ 女子は息を吐いた。

 

「あ、そうだ。お茶飲む?」

「あ、うん。もらえる?」

 頷いて答えたぼくは、コップを一つ持ち出して 一度すすいでから、水筒からお茶を注ぎこんで、女子のところに持って行く。

 

「もしかして……ぼっち飯?」

 上半身を起こしてた女子は、お茶を左手で受け取りながら聞いて来た。やっぱりパッチリした目で、僅かな間 目が釘付けになってしまった。

 

「うん」

 ふぅ。自己主張激しい特定部位に触れないようにするの、緊張したぁ。

 あれ? 起き上がってるってことはタオルは邪魔なはず。タオルはどうしたんだろう?

 

 彼女の周辺を見て見ると、左手側に置いてあった。

「そっか」

 彼女はそう相槌を打つと、汗で張り付いた髪を、邪魔くさそうに右手で後ろに追いやる。

 

「っ」

 そのしぐさがまた、ぼくの呼吸を詰まらせた。

 無自覚 無意識なんだろうな、きっと。不思議そうに首をかしげてるのが、今さっきの動きとギャップがあって、それもまた ぼくの鼓動をドックドックさせて来るっ。

 

 

 ーーもう、どうするつもりなんだよ ぼくをっ。

 

 

「気にしないでいいよ。いつものことだから」

 数度、こっそり深めに呼吸してから、なんてことないのを装って答えた。

 このなんともない、は 勿論ぼっち飯についてだ。今のぼくそのものは、手汗が心配なほど緊張してるから。

 

「いやじゃ、ないんだ?」

 不思議そうに尋ねて来たから、むしろ楽だよって答えたら、そうなんだ って目を伏せた。

 

 こんな人もいるんだ。

 一期一会のぼくのこと、こんな気にかけてくれるなんて。

 

「優しいなぁ」

 

「「えっ?」」

 同時に驚きの声が。ぼくは勝手に思ったことが口から出たことにだけど、相手はどうしてびっくりしてるんだろう?

 

「あ……食べないと」

 ちらっと目をやって見えた、時計の針の角度にぼくはそう言う。もろもろ考えると、そろそろ食べないといけない時間だ。

 

「うわっ」

 緊張が解けてないせいだろう。うまく歩けなくて、なにもないのに転んでしまった。

 

「いってぇ……」

 こういうの、女の子がやったらかわいいんだけどなぁ。ほら、ただ笑いものになるだけだもんな、男がやらかしても。

 

「大丈夫?」

「ご心配どうも」

 笑いながら言われちゃ、こっちの顔だってむっとする。

 

 気を取り直して席に付いて、「いただきます」って言って弁当箱を開ける。

 

 不思議な気分だな。一人っきりで食べる時はなんとも思わないのに、今はなんだか 後ろの女子に悪い気がしてる。

 

「どれか、食べる?」

 後ろ向いて聞いてみる。

 

「いじめられっこって、もっとこう 縮こまってるものだと思ってたけど、けっこう積極的なんだね」

 目を丸くして言う女子。

 

「そうかな? ただ、ぼくだけ食べるのが悪いなって思っただけなんだけど」

 なんとなく箸を咥えながら言うと、

 

「ありがとう。じゃあ、もらおっかな」

 そう少し疲れたように女子は言った。

 

「気にしなくていいのに」

 箸を洗ってからベッドに行ったら、そう苦笑いされた。

 

「いやいや、そんなわけにはいかないって」

 弁当箱ごと箸を渡す。

「じゃ、ありがたく。いただきます。の前に」

 

「どうしたの?」

「お茶、持っててくれない? じゃないとうまく食べられないと思うから」

 頷いてコップを受け取る。ぼくがコップをしっかり持ったのを頷いて確認した女子は、一口お弁当を食べた。

 

「んっ」

 謎のうめき声を上げ何度かまばたきをした。後はもう、止まらなかった。

 

「お腹、空いてたんだ」

 美味しそうにパクパクと夢中で食べるのを見ては、「あの……ぼくの分」とは言えなかった。

 

「ふぅ。ごちそうさまでした」

 コップに残ってたお茶を飲みほして、彼女は満足そうに言った。そうしてから、こっちに弁当箱を差し出したので受け取る。

 

 ーーどうしよう。全部食べ切られちゃった。

 

「あの。おそまつさまでした‥…ぼくが作ったんじゃないけど」

 ぼくが遠い目をしてるのは、しかたないと思う。

 

「ごめんね。今朝、食欲なくって。一眠りしたら大分ましになってさ。そしたらお腹空いてるのに気付いちゃって」

 恥ずかしそうに でへへに聞こえそうな感じにえへへと笑うのを見て、怒れる男子やつがどこにいようか。

 

 

「い、いいよ。元気なぼくより体調悪いそっちの方が優先されてしかるべきだし」

 うんうんと、何度も首肯しながらぼくはそう言った。そう言うしかなかった。

 

「ありがとね」

 言うと、ん~ っときもちよさそうにおもいっきり体を伸ばす。

 

「で、一つ お礼がしたいんだけど」

 予想もしてなかった言葉に、ぼくは開いた口が塞がらない。

 

一食一飯いっしょくいっぱんの恩義って言うし、なんかできることあったら言って」

「え? あ、えっと」

 一食一飯って謎の言葉に戸惑ったのと、いきなりそんなことを言われたのとで、うまく頭が回らない。

 

「じ、じゃあ……」

 考えろ。考えるんだ。なにか。なにかないか。

 こんな、優しくてかわいい女の子が、お礼したいって言うんだ。なにか……なにか……。

 

 ーーひらめいた!

 

 ひらめいた。けど……ぐ。

 いざ言おうと口を開こうとしてるのに、喉が詰まったみたいになって 言葉が出ないっ!

 

「ぼくと」

 よし出た。言え。ついでで言うんだ。このチャンスをのがしてはならないっ!

 

「ぼくと」

 くっ。心臓がバクバク言ってるっ。

 すごく。すごく簡単なことなのにっ!

 

「ぼくと」

 なにも言わず、彼女はこっちを見ている。答えを待ってくれている。

 

 深呼吸を、一回。二回。三回。

 ーー心臓が少し落ち着いたっ! 今だっっ!

 

「ぼくと友達になってくださいっ」

 

 流れるように、流れのままに。勢いに任せて吐き出した。

 肩で息をしているぼくが、よっぽど間抜けなのか。彼女はポカーンとしている。

「フフフ」

 やっぱり。そうなんだ。間抜けすぎて笑いが。

「アハハハッ、なぁんだ。思いっきり溜めたから、付き合ってくださいって言うと思ったよ」

 また、心底楽しそうに笑ってる。

 

 

「いやいやいくらなんでもそれはむりだって」

 苦笑いを返すしかない。もしつきあってくださいって言ったら、頷いたんだろうか?

 

「まじめだなぁ。ちなみに付き合ってくださいって言われたらねぇ」

 考えながら言う女子。ぼくの心を読んだのか、この人は?

 

「君みたいな人だったら、そこまでいやじゃないかな」

「えっっ?」

 これが驚かずにおられるだろうか。いったいぼくのどこに、そこまでの要素があると言うのか?

 

「なんてね」

 そう言う彼女の表情は、はにかんでて 顔が真っ赤になっている。

 

 ーー女の子って、わからない。ただ……すんごくかわいい!

 

「いいよ、お友達」

 ゆっくりと頷く彼女。まだ表情が笑みのままだ。

 

「あ、ありがとう ございます」

 思わず口調が硬くなってしまった。また笑われたけど、悪くない。こんな楽しそうな笑みなら。

 

 

「それじゃ、名乗っておきましょうか。友達になるんだし」

「あ、うん。そうだね」

 せっかくほぐれかけてた緊張が、また戻って来た。

 

 覚えておかなきゃ。覚えておかなくちゃ。

 

「じゃ、言い出しっぺだし、わたしからね。照山夕日てるやまゆうひ、これからよろしくね」

 そう言ってペコリと頭を下げた女子改め照山さん。お辞儀に合わせてその長い髪がふわっと揺れて、またぼくは緊張と違うドキドキを味わうことになってしまった。

 

 この人はっ、いったいぼくの寿命をどんだけ縮めれば気がすむんだっ!

 

「はい、次 そっち」

 右手でふわりとこっちを示した。

 ーーゴクリ。生唾を飲む音が、やたらはっきり聞こえて、余計に緊張してしまって。

 

 正直、苦しい。

 

「秋野。秋野……秋野紅葉あきのくれはです。以後、よろしくおねがいします」

 か、からだが固まって頭が下げられない。

 

「うん。よろしくね、秋野君」

 ニコリ。これまでの笑みよりも少し優しさの深い笑みに見えて、ぼくは……最早石化したようになってしまった。

 

 反則級にかわいいんだけど、この人……。いいのか? こんなクラスの底辺のぼくが、こんな まさに美少女とこんな簡単に友達になんてなれてしまっても?

 ーー絶対に。このことは秘密にしなければ。そうしないとぼくはきっと。これまでよりも、更にひどい暴力を振るわれる。未来が視えるが如く、それが起きる前からわかる。

 

 

 水筒に残ったお茶をグイグイと飲み干して、ぼくはブハーっと息を吐く。

「豪快だね秋野君」

 またクスクス笑う照山さん。アハハと苦笑を返す。緊張を飲み干すためだ、今のはしかたない。

 

「ごめん。そろそろ戻らないと」

 荷物を抱えて、ぼくは頭を下げた。

 

「ありがと。話ができたからかな? かなり楽になったよ」

「そっか」

 自然とぼくの口角が柔らかに上がっていた。

 

「あの。体調、よくなるといいね」

 そう言って、ぼくは保健室を出るべく歩く。

 

「うん。そっちは、心をお大事にね」

 そう優しく言ってくれて、ぼくが今度ははにかんでしまった。

 

 保健室のドアをしめて、ぼくは教室に向けて歩く。

「まさか。こんなことが起きるなんてなぁ」

 

 一学期の中間テストも返って来たこの時期。みんなすっかり立ち位置が決まったクラス内。ぼくはそこの底辺を這っている。

 

 まさか、その立ち位置が変動することがあるなんて、誰が想像しただろうか?

 って言っても、ぼくの心の中での勝手な変動だけどね。

 

 ーーそして。この出会いのおかげで。

 ぼくは、まだ。戦える。戦わなきゃいけない。

 

 この偶然の遭遇は、そう思える強さをぼくにくれた。

 

 照山さんに嘲笑わらわれるのだけはさけなきゃいけない。だから、ぼくは彼等の仕打ちに耐える。彼等が飽きるまで耐え続ける。

 それが抵抗できるほどの力のない、ぼくの戦いだから。

 

 

 

 

 

          The END

ぼっち飯スポットがトイレの個室。今でも既に昔レベルのスポットかもしれませんが、

バーチャルリアリティ技術が、今より遥かに進んだ時代と言うことで、昔から言われてる場所として記しました。

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