あはとうんとどらいしひ 黄金と黒鐵の追憶
Achtunddreißig―――Verlorenes Gold und Eisen
……周りの景色が頭に入らないほどに、僕の頭に昔の記憶らしきものが流れていた。
『美味しい? 良かった~。お母さん人参食べられないし、シロちゃんよりセンスもないから……変な味になってるかと思ったけどよかった~』
『……っは……っは……あ……なん……なんで……! なんで……ままぁ……!』
頭に母親の記憶が流れる度、喉がはち切れんばかりに叫んだ自分の記憶も流れる。
雪宮 月金。それが僕の母の名前だった。
母親の事はほとんど記憶に残っていない。
人参が嫌いで、褒め上手で、どこか抜けている。
そんな、知らない人でも数打てば当たりそうな特徴以外は覚えていない。
『黙って食べろ……! ほら? 美味いか!? 美味いだろうなァ! お前の大好物の人参だ……喜んで食え……』
『んぐっ……ぉ、おぃし……いです……』
あの時に食べた人参は、ぬめりがあって、砂のようなジャリジャリとした食感と、強い酸味と苦味がした。
その日から人参を口にした記憶がほとんどない。
『あぁ!? 聞こえねぇな、もっと大きく喋れ!』
『ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……!』
「っは……ぁ……はぁ……っ! っはぁ……!」
雪宮 鐵哉。それが僕の父の名前だった。
どれだけ思い出そうとしても父と呼んだ記憶はないが……。
嫌いということしか分からない。こんなのが父親と知れば黒菜はどう思うだろうと考えるくらいには。
覚えていない。
絶妙に美味しくないにんじんケーキの味も。朝起きた時、大抵トースターからした焦げた臭いも。
覚えていない。
黒菜を寝させた後に、引っ張られ泣き叫んだ髪の痛みも。波の立つ日の、海に置いてかれそうになった時の潮風の寒気も、孤独感も。
全部、全部……風化して記憶が薄れて……
分からなくなったほどには、僕にとって長い時が経った。
……今は、涙も流れない。
どれだけ嘔吐き、どれだけ鼓動が鳴ろうとも。
「ま……おぇぁ……ま……まま……」
……やっと、クラスの喧騒が耳に入る。
大体の目線は僕に向いていた。
「白兎……大丈夫……大丈夫だよ。白兎が苦しむ必要はないんだよ……」
「……っ」
リリィは僕の背中を撫でながら、抱きしめてきた。
……こういう時、無抵抗だからって僕の頭を胸に押し付けてくるのはやめてほしい。
「うん……」
「……保健室、行こっか」
「……うん」
僕はリリィに抱えられた。
お姫様抱っことかいう男がされたくないランキングに入りそうなされ方で。
「(……リスカといい、何があるなのd……何があるの白兎って……?)」
「(……しろって……小さい頃に、事故があって……立ち直れなくなったんだってぇ……リ シ ア さ ん?)」
「(ありがとうなので……んなっ!? な、なんでバレてるなのです!?)」
「(バレバレだよぉ~?)」
「(嘘ぉ!?)」
……安心感が僕を包み込む。
今どんな状況かもよく分かっていないが、安心して眠気が襲ってきた。
「……うん、あり……がと……りりぃ……」
「……あれ、寝ちゃった?」
◇◇
保健室。
白兎は運ばれ、ベッドに横たわっていた。
寝息を立て、大人しく寝ている。
「……篠宮先生……絶 対 に 白兎には何かしないでよ……」
「しないよ!? 私の事なんだと思ってるの!?」
「……すみません。篠宮先生……こういった時は絶対に何かをしないとは分かっていますが……一応、一応ですが監視させていただきますね……」
「望乃ちゃんもぉ!?」
リリィは保健室を出て、教室へと戻った。
望乃は篠宮先生の監視及び、起きた時に白兎に謝るために保健室に残った。
「……あ、あのさ……授業受けなくていいの?」
「大丈夫ですよ? 一限や二限くらいでしたらサボ……休んだとしても何とかなりますよ。……それよりも篠宮先生がしでかさないかが心配ですから……」
「酷くない……? 私って君たちになにかした……?」
「白兎くんからの被害報告ですが―――」
「ごめん自粛するから言わないで」
◇◇
「……んぅ……?」
「やっと、起きましたか……白兎くん……あ、いえ……大した意味はありません……しかし四時間も寝るとは……」
「そんなに……?」
起きると、目の前に望乃がいた。
……4時間も? そんなに眠かったの僕!?
「その……お昼の時はすみませんでした……! あってはならないことですが……わたくしが怒りに身を任せたせいです……」
「……そんなことはどうでもいいよ。あれが望乃の素なんでしょ?」
僕は怒っていない。
それ以外のことで頭がいっぱいだった。
「えっ……し、白兎くん……? ま、まぁ……否定は……しませんが……」
「……じゃあさ、望乃が怒ってない時も……敬語じゃない望乃と……」
「白兎くん……?」
「……えっと、僕は素の望乃と話したい……かな」
……僕は言って思った。
告白かな? ラブコメのシーンか何か?
「し……白兎……くん……?」
「あ! じゃあ昼の反省分ってことでタメ口で話してね! ……なんて」
「白兎くんぅ!?」
望乃は頬を赤く染めながら、複雑そうな顔をしていた。保健室の扉が開き、リリィが入ってきた。
「……なんで白兎が望乃を口説いてるの……?」
「口説いてないよ……?」
「口説かれてませんよ!?」
「……青春だねぇ……こういうのが見たくてこの仕事やってるんだよねぇ……」
篠宮先生の独り言が聞こえた。
……すみません。
幼女が見たくて仕事やってるのかと思ってました「高校に普通は幼女なんていないからね!?」。
◇
保健室を出て、帰宅しようとした時から。
……明らかに望乃の挙動がおかしい。
あっ流石に原因が分からない人間ではないです。
「し、白兎くん……た、タメ口なんて恥ずかしい……」
「昔はタメ口だったのに? それに、僕とリリィを恥ずかしい人間呼ばわりってこと?」
「いや……いつかとんでもない大ポカをしそうで……!」
「(……大ポカ……昼にしたんじゃ?)」
……リリィの辛辣な独り言が聞こえた。
望乃にも聞こえていたようで、横でうぐっと言った。
「……あの頃を思い出すよ、タメ口の望乃と僕、それにボソッと呟くリリィ……」
「あの頃とは……?」
「ほら、えーっと……6歳くらいの時」
◇◇
回想~
小学校入りたてかそれくらいの頃だったか。
『やだ! ク○ーパー!! うぎゃぁ~!』
『あ~!! わたしたちのいえが~っ!!』
『わるむ……』
『う、うぅ……やっぱりイージーはむりだよぉ! ピースやろうよぉ!』
『だめだよしろとくん! みんなはのーまるをしてるんだから!』
『ひるよるサイクルなしにしようよぉ!』
『だめだよしろとくん!』
『なんでぇ!?』
……小さい頃から、こうやって三人で遊んでたっけな。あの頃は望乃に振り回されてたっけ。
……あの頃のリリィが楽しんでたのかは分からないけど。ボソッとしか喋らないし、顔にも感情が出ないしで。お構いなしに振り回されてたけど。
『しろとくん……みてて、ぐ○うすとーんと、みずで……あれ!? なんでできないの!?』
『なんでぇ!? ミ○クルぐ○ちでみたのに!
どうなってるの!?』
『……じゃ、じゃあ……つちのうえにおはなして、みずにだいやもんど……なんでこれも!?』
『うわーんぼくのW○iUこわれてるんだぁ!』
『りゅぐなー……』
いつも、僕の家で遊んでいた。
滅多に望乃の家に行くことはないし、三人でリリィの家に行くこともない。
色んなゲームをしたっけ。
『……いやだぁ! なげないでぇ!』
『しろとくん、ばとるろいやるってやつだよ!』
『……へぁあぅふ』
『うへへ……あれっなんでく○ぼーが……』
〘Oh no!〙てれって ててててん
GAME OVER
……望乃にゲームでボコられたりもしたっけ。
そういう時は大体ステージクリアできないけど。
『ぁ……』
『……どぅむ』
◇◇
「あ、あ~、確かに白兎くんが昼夜の事ひるよるって間違えて読んでた……」
「そう、その時とかの!」
「……何で望乃も覚えてるの……? 私覚えてないんだけど……」
リリィは覚えてないか~、幼児期健忘か「同年齢だしそんな年齢じゃないでしょ」。
「あ、白兎くん、ラーメン食べません? 奢りますよ?」
「……望乃の奢りで」
「リリィさんは自分で払ってください……!」
「だから望乃、タメ口は?」
「……り、リリィ……は、自分で払って……!」
「……なんで二度刺すの?」
全員豚骨ラーメンを食べて帰った。
名前に金属の入った人、覚えがありませんか?
……なんか望乃が急にヒロインになったんだけど。
……次からやっと三章です
白「ラーメン美味しかった」
黒「は?」
次回:回復したから!




