ぜくすうんとつばんつぃひ 涙は何処へ
Sechsundzwanzig―――Wohin gehst du, Tränen?
鬱展開は読者が望んでない(恐らく)上、筆も乗らない。……じゃあやめたらって?
鬱設定がポンポンと浮かぶから書くしかないんだ……!
「お、お兄ちゃん……っ!?」
呼吸が荒い。昔から妹に隠し通そうとしていたのに、ついにそれすらもできなくなったのか。
「あ……あは……あはは……な、なんでもな」
「いわけないでしょ……!? ……何か……あったんでしょ……? お兄ちゃん……」
……茶化すことができたのなら良かったのだが……生憎、僕はそんな事もできない。……もっと、小さい頃にでも言っておけば、こうはならなかっただろうか。
「……黒菜に……知ってほしく……ない……」
「大丈夫だよ……。私を何歳だと思ってるの?」
「……いや、中学生は子供……」
「最低でも小学生以下で言えない何かを経験してるのに? 言った方が楽になることもあるんだし」
「ぅ……い、……言いたく……ない……」
言いたくない。言えない。
思い出したくない。吐き気が起きる前に止めてくれ。
……呼吸が荒いまま、頬につぅっと涙が伝った。
僕はどれだけ涙脆くなっているのだろうか。
「お、お兄ちゃん……っ!? ご、ごめん……!」
僕の頬を流れ出した涙を拭うためか、黒菜はタオルを持ってきた。家にハンカチはあるはずだが、タンスから出すのが面倒くさいのだろう。それか僕に対する反抗期で、自分のハンカチを使いたくないのか。
は、反抗期なのか……? 僕は泣いた。
「お、お兄ちゃ……」
……しかし、そのタオルは見覚えがない。
笹のような葉と、ソーセージが突き刺さったような茎の、変わった植物の柄のタオルだった。
こんな植物が実在するのかと疑問に思うが、そんなことを考える暇はなかった。
そのタオルが僕の頬に近づいた時、頭がズキっと痛み、脳内に何かが爆発的に広がった。
『お前は黒菜の教育に悪影響なんだよ……ッ! 黙れ……ッ! そのツラを見せんじゃねえ! 餓鬼がァ……ッ!』
「……っ!?」
……聞き覚えはないが、何度も聞いたような声が聞こえた気がした。何ともないはずなのに、ギイッと首が締め付けられたように苦しい。
こわい。くるしい。いたい。たすけて。
そんな、小学校一年生の作文でももう少し書けるような言葉ばかりが脳内を駆け巡った。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「……な、何……!? どうしたの!? お、落ち着いてお兄ちゃん……!?」
もうしません。ゆるしてください。ごめんなさい。
なきません。ごめんなさい。
……頭がおかしくなりそうな位、僕の頭にこんな言葉が浮かんだ。
『お前が今生きていられるのは、俺がわざわざ稼いでいるから、だ……! 忘れんじゃねえよ餓鬼……!』
「ごめんなさい……」
「落ち着いてお兄ちゃん……! 何があったかは知らないけど……謝らないで……!」
……何かしらの理由で叱られたような感覚があった。何かをやらかした記憶はないし、相手が誰なのかも分からない。
だが、相手が大人の男であることと、僕に何かをしていたことだけは分かる。肉体的に何か、だ。
男は少なくとも銀郎爺さんではない。分かる限りでも40よりは下で、現在68歳の銀郎爺さんのはずはない。そもそも雰囲気すら違っている。
声ははっきりと覚えているが、聞き覚えはない。
臭いも覚えているが、あんなに煙草臭い人間に会うことはない。
「……」
「落ち着いた……?」
ま、まさか……? 僕の……。
だけども、そうだとしても……実の息子にあのような言葉を言うだろうか。……親という存在の気持ちは分からないものだが……。
……会わないということは、恐らく……母親と一緒に……。
本来ならば、悲しい出来事なのだろう。だが気がつくと、僕の口角が上がっていた。ここまで僕は人の心を失っていただろうか。
「はは……あっははっ……あっははは……! はっははははは……! そっか……そっかぁ……」
「今度は急に笑い出した……っ!? 怖いよお兄ちゃん……!?」
……思わず笑いが込み上げる。冷静に考えなくても……なんならどれだけ興奮していたとしても、全く笑えるようなことではないのだが……何故か、僕は涙も引っ込んでしまうほどには笑っていた。
「いやぁ……なんでも……何がおかしいんだろ……ははは……」
「お兄ちゃんがおかしくなっ……ま、まさか……これが素の……」
「あぁ……あ、違うよ!?」
僕の素がこんな狂った人間であってたまるか。
……違うよね? 違うと言ってくれ……。
「……ま、まぁ……楽に……なった(?)……ならいいのかな……」
……確かに、言われてみれば肩の荷が少し下りたような感覚がする。
だが相変わらず肩に荷は残っているし、肩はずっと悲鳴を上げている。
……あくまで比喩表現であり、僕の肩には何も載っていないが。
「……あ、もうこんな時間か……おやすみ」
時刻は九時に近づいていた。
黒菜は自室へと戻っていった。
本来なら黒菜はもっと寝る時間は遅いはずなのだが……。ま、まさか……反抗期で僕の顔を見たくないのか……!? 僕は泣いた。
……急な静寂が部屋を満たし、僕を包んだ。
「……ぁ」
孤独感が僕を襲う。黒菜とまだ話したかったが、呼びに行くのは憚られる。
面倒臭い男だと自分でも思う……。
今は女だったわ。そんなことはどうでもいいが。
「……ぅ……ぁ……」
孤独感によるものか、涙が流れたような感覚。しかし、下瞼を拭っても、涙は付いていない。
「あ……あれ……?」
どれほど涙が流れようとしても、瞼の中で止まっている。涙目と言うべきか。
「……」
涙目から戻らないし、この部屋で特にすることもない。僕は自室へと戻った。
吐き気こそないが、眠れないし、孤独感は収まらない。嬉しいような、気分が悪いような謎の感覚だ。
……眠れない。
◇
おはよう。
気づいたら寝ていた。即落ち2コマというやつだろうか。漫画じゃないんだけども。
……悪夢を見たわけでもなく、気分も悪くはなくなっていた。……携帯を覗くと、一件の通知が来ていた。
YUI&TO『やべーことになったんだけど来てクレメンス』7:07
……行かないでおこう。なんだか腹が立った。
ずっとンゴンゴ言いながら待っててくれ……メンス。
YUI&TO『起きたな(確信)』8:10
……行かないでおこう。また凄く腹が立った。
◇
「白兎……! 俺ってどうなってるんだ!?」
……行きましたがなにか。
唯斗の様子を見ると、片方は僕の方を向き、もう片方は虚空を見つめながらぼうっとしている。
もう片方の方に自我はあるのだろうか……。
……虚空を見つめている方は、金曜日では寝ていたはずの方だ。そう、裸。これが同〇か……あ、いやなんでもない。
「わかんないよ?? なんで起きてるの……?」
「……脇をつついてみたら起きた」
「この変態がよぉ……」
……何故脇をつついた!? 何してんだこのや……あれ? 僕もリリィの脇を擽ってたような……。
「……で、起きた後ずっとぼーってしてる。瞬きもしてない。呼吸はしていそうだが」
「怖いよ!?」
白すぎて幽霊みたいな見た目の僕に言われたくはないだろうが。それでも怖い。
……ところで、その娘は唯斗の半身であるはず。
唯斗はこの娘を動かしたりはできるのだろうか。
「……思ったんだけどさ。そっちの方は動かせないの? 自分の肉体から生まれた半身としたら動かせそうな感じがするけど」
唯斗はそれを試してみるのか、踏ん張ったり、動け動けと唱えたりしていた。だが、動いた様子は全くない。
「……無理そ……ぅ」
……唯斗は急に意識を失った。
「唯斗ぉ!?」
……すると、もう片方の方が動き出した。
「……どうなってるのよ……!?」
「……唯斗……なのか……?」
……女性口調で喋り出したため、恐らく唯斗ではない。もし唯斗なら笑ってやるよ。
「唯斗……? 誰なのよその人……?」
「……ゑ?」
……笑えないんだけど!? じゃあ君って何!? 怖いよ……!? 唯斗のイタズラか何かであってくれ!
「……? 大丈夫なの? 白兎……」
「……え、あ……え? 唯斗じゃないなら誰……?」
「はぁ……? 私は唯華よ……? 須之内 唯華。だから唯斗って誰よ」
「い や だ れ だ よ ! !」
なんだこいつ!?
次回:誰だお前




