ふゅんふつぇーん 月兎の夢
Fünfzehn―――Der Alptraum des Mondhasen
ならば僕は■■に捨てられてはいないのだろうか。
……それならば何故家に■■も■■もいない? 何故十年もの間、一度も会っていないんだ?
ならば僕は捨てられたのだろうか。
……それならば何故家がある? それに何故僕だけでなくまだ物心ついていない黒菜まで捨てた?
……どうして?
何故その頃には物心ついているはずの年齢だというのに、僕には■■の記憶が全くない?
どうして家に小さい頃の僕の写真が極端に少ない? 望乃の家やリリィの家には僕の写った写真は多いのに。
その上、何故その少ない写真のほとんどが望乃かリリィとの写真なんだ? 家族写真はどうして一つもない? 他にあったとしても銀朗爺さんとの写真なんだ? しかも僕が1歳にも満たない年齢の写真だ。
どうして? どうして? どうして? どうして?
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして? どうして?
どうして……?
◇◇
これ以上ない嫌な気分で目が覚めた。
やはり悪夢は嫌なものだ……。一応慣れはしているのだが、夜中に起きてしまうからだろう。
とても眠たくなるというのに眠れない。
こんな悪夢を見た翌日は、必ず顔が酷く青ざめてしまう。体に力が入らなくなる。呼吸が不安定になる。
また、全てが怖くなる。階段も、ガードレールも、車も、坂道も、何もかも。
特に車は見るだけでも嫌だ。特に赤色ならなお嫌だ。特定の車種ならもっと嫌だ。何故か分からないが、とても嫌になるのだ。
……明日……いや、今日も学校がある。
行けば顔色のせいで確実に心配されるだろう。
だからって休んだとしても心配される。
明日ならば休日だったというのに……。
「……ママぁ」
こういった時……。いつも。絶対にこの家にいるはずのない……会ったこともない母親に助けを求めようとしてしまう。勿論いないし、返事も何も来ない度にまた強く吐き気を催す。
「……おぇ……ぁ……ふくろ……どこ……」
そしていつも、その度に頭が強い何かで埋め尽くされる。とある場所の道路。とある赤い車。それがいつも頭に浮かんでくる。
そこで何があったか、何故母親を思うと頭に浮かぶのかは分からない。
だが恐らく、母親のことすら思い出そうとしなくなるほどに、車による何かしらがトラウマになったのだろう。
現在、丑三つ時。不吉な上、起きるのならば卯三つ時くらいがよかったものだ。だが強い吐き気によるせいか睡魔は消え失せ、時刻的にも何もできない。
ベッドから降りるだけでも怖く、袋を取りに行けなかった。吐き気が止まらない。
耐えきれずベッドに吐瀉物が付き、悪化を避けようと口を閉じようとする。
だがやはり口を閉じることも難しい。
ティッシュで拭き取ろうとするが、拭き取れない。
「……ママ」
吐瀉物が出きった後、またもや母親を口に出す。涙は止まらない。そして吐き気も収まらない。もう何もかもが嫌になる。
ベッドに付着した吐瀉物を何とかして取り除く。
眠れないし、まだ吐き気は収まらないし、呼吸も少し不安定だ。
……そういう時にいつもやっていたことがある。
僕は左の手首を■■■った。自分でも何をしているんだと引いてしまうが、これが一番、この嫌な気分を忘れることができる。少しばかり。
痛くないわけではない。これに怯えてないわけでもない。だが、それよりもこの痛みで落ち着けている自分がいる。
そして気づけばまた、眠りについていた。
◇◇
……これ以上に目覚めの悪い朝はあるだろうか。
夢を見た感覚どころか、寝た感覚もない。
テレビに映る自分の顔は相変わらず病的なまでに白く、そしてほんのわずかに青みがかっている。
手首に残る瘡蓋を見て、怯えるような、少し安堵するような。
「……顔色ではわからない……か? わからないよな? 白すぎて少し青くなってるなんてわかりっこないよな……?」
そうだった。今の僕はアルビノなんだ。顔から血の気が引いていたとして、元々青い通り越して白いんだからわかるはずもない。
「……杞憂だったかな。……でも挙動で分かったりする……?」
時刻は7:20。
いつもなら朝食を摂るのだが……食欲は涌かず、だからって妹に心配もされたくない。
どうしたものか。
……と思っていたのだが、黒菜の部屋からいびきが聞こえたため、バレる心配はなさそうだ。……あれ? 今日って学校あったよな? 平日だよな?
黒菜がまだ寝てるなんて珍しいな……。
◇
さて。黒菜を起こし忘れていたことは置いておき、学校へと向かっている。黒菜は恐らく遅刻するだろう……まぁいいか。
通学路で必ず通る場所。
夢に出てきた場所。
車はそこまで多くないが、信号機のない横断歩道があり、少し見晴らしも悪い。
今も変わらず……いや、むしろ悪化している。9年前から一度も道路は整備されておらず、また建物のせいで車道から歩道に人がいるか確認しづらい。
……悪夢の日は外に出たくない。買い物だって、通学だって、友達の家にだって。絶対にここを通る。
外出する時には避けられない場所。
何も覚えていないが、見るだけで嫌になる。
「だ、大丈夫か雪宮……?」
助手席で様子を悪くしている僕を見たのか、氷室先生が声をかけてくる。
「大丈夫です……。ちょっと悪夢を見て、ちょっと気分が悪くなってるだけです」
「……そうか」
……怪しんでいる様子だが、そんなに僕は分かりやすいのだろうか。
言われてみればいつもより顔が青っぽい……かも? くらいの変化だぞ?
……いや、僕の考えすぎだろうか。
◇
学校に着き、教室へと入る。
……珍しいな、唯斗がまだいないなんて。
まぁ、どうせすぐ来るだろう。
さてと、1限目の用意……。
「……白兎、顔色悪いよ。大丈夫?」
「……へ?」
リリィに声をかけられる。
……顔色悪い? 元々真っ白ですけど?(汗)
「昨日に比べて本当に青い……大丈夫じゃなさそうだね」
「……気のせいだって」
……怖い。なんで微々たる違いなのに分かるのだろうか。その程度なら光の加減とかかな……? ってなるくらいでしょ。
「……それに。左手出して」
「えっ……ちょっと……」
僕はリリィに無理やり左手を引っ張られ、袖を捲られた。その手首には、自分でも痛々しいと思う切り傷の痕。
……昔、何回も見られていた。
「えっ……うぇぇ……やっぱり」
「あ……」
その傷でリリィは確信したのだろう。ジュクジュクした赤い瘡蓋を見て、気分を悪くしているようだ。
「望乃、やっぱり白兎が……」
「……顔色が悪いですから……やはりそうでしたか。……誰かにでも話してくれればいいのですけれど……」
声がしたと思えば、僕の背後に望乃がいた。
少し驚いて、肩が震えた。
……人に話して……か。
話したら、迷惑かけてしまうし……。
それに、昔、そのことを話そうとした際も……それどころか、そのことに関連したことを話そうとした際も。
全て、強烈な吐き気が込み上げた。そのせいもあるのだろう。
一度も誰かに話したことがない。
カマス理論のようなものかもしれないが、それでも中々、話そうと踏み切ることができないのだ。
「(どうしたら辛いということを話してくれるのでしょうか……)」
「(……あ、私にいい考えがある)」
「(はい……?)」
リリィは急に僕を押し倒すかのように近づき、涙目で語りかけてきた。
「白兎は……私のこと……嫌い……? 話せないほど私のこと……信じてない……?」
「……そ、そんなことな……いや顔近……」
「白兎は私が嫌いだから言ってくれないんだよね……? 信じてないから話してくれないんだよね……?」
リリィは泣き出した。掴みかかるように僕の服を握りしめ、そしてとても顔が近い。……そういえば、リリィの涙を久しぶりに見た。
「(そんなので話すと思え……いえ、意外と話したりするのでしょうか……!?)」
「リリィ。別に僕は嫌ってもないしリリィのことを信じてるよ。ただ……」
「ただ……?」
こういう時には事情を話すことも嫌なのだ。
何度もそれがトリガーになって、調子が悪化したから。
「その……話すのは……。……今は、大丈夫な時じゃない……から……大丈夫な時に…… ……話しても……いい?」
「うん……うん……?」
……何故、僕は。「今日は辛い」ということも言えないのだろうか。それほど、何度も頭が塗りつぶされた恐怖に怯えている。
「(いや……大丈夫ではない時に話してほしいのですが……?)」
「(……もしかして白兎、そうなった理由を話してと勘違いした……?)」
「(そうでしょうね……)」
◇
その後も、唯斗は1限目どころか、4限目まで終わったというのに来なかった。
「……そんなことある?」
ならば欠席なのだろうか。そう思ったが、どうやら欠席連絡もしていなかったようだった。
「……じゃあ、一体何が……」
少し怖く思っていると、唯斗から連絡がきた。
19日前
YUIT&O「この辺にぃ、美味いラーメン屋の屋台来てるらしいっすよ」20:10
既読「あーいいっすね」
今日
YUIT&O『白兎今起きたんだけど助けてなんか女の子になってる』12:23
「……は? ……え? は?」
上の擬人化されたクソのような会話は置いておき……。今起きたの? バカか? 平日の? 昼間に?
少し怒りが湧いてきた。それなら僕も昼間まで寝ていればよかったなぁ……! と。ちなみにこれは完全なる私怨だ。
「……白兎、お昼食べる……?」
「……え? あ……うん」
何かを見逃していた気がするが、リリィと一緒に昼食を食べに行った。
◇
……今、あまり食欲はない。
焼肉定食焼肉抜きの量で十分なくらいだ。
勿論食堂にそんなメニューはない。
とりあえずホットドッグを買った。
割と塩ラーメンの次くらいに評判は悪いらしいが、別に不味くはないだろうに。
確かに挟まっているのは魚肉ソーセージだしキャベツは弁当の揚げ物に敷いてあるような食感と味だが、それほどの悪評になるほどではないはずだ。
……食べてみる。僕は魚肉ソーセージが嫌いではないし、パンも柔らかく、ケチャップの酸味もある。
そうだな……評価をするなら、一度でもこれを食べてみたというのなら、これに持っていたであろう欲は、未来永劫、恒久に満たされる。そういった味わいだ。
黒菜「大☆遅☆刻」
ぬわーん疲れたもーん!!
……シリアスな設定はすぐ思いつくんだけどさ、書くのが難しいんだよね。
ところで1話から名前が出ているのに台詞のない銀朗爺さん()
次回:お前も幼女になるんだよあくしろよ
ところでシリアス回の予定だったんですけどどうして○夢が出てくるんでしょうか。




