残像
一人、カップラーメンを啜り
暗い部屋の中でぼんやりと光る画面を見つめながら
ーー遠くに行ってしまったんだと
そんな、寂寥にも似た感情に駆られて
そこに映る彼女達は国民誰もが知るトップアイドルで
代表曲は口ずさめない人はいないと言えるほど
街角で、店内で、画面の中で繰り返し流れていて
俺だけが知る、始まりがあると
そんな彼女達があるだなんて思えない程
テレビで、ラジオで、雑誌の特集で
彼女達の毎日は、他人に切り売りされていて
バラエティー番組のMCにイジられながら
どこか空虚に見える笑みを携えるメンバーを見ながら
ただそんな感情すら、自意識の塊に過ぎないと
下らないと自分を笑い
所詮はアイドルだって、仕事で
求められる事は何一つ俺と変わらずに
言葉も表情も全てを縛られて
ただ、滑稽な様を見る人間が多いか少ないかと
違いなんてそんなもんだと
「結局全部、夢だったってね…」
見たくもない、表情が
真っ黒に塗りつぶされた現実が
上っ面だけをなぞるように、感情の無い歌声が
否応無く俺の目に、耳に飛び込み
堪えきれずテレビを消し
コンポに入りっぱなしの、いつか手渡されたCDを再生して
それはお世辞にも、スタジオで録音したとは思えない
各人の音量のバランスすら調整出来ていない
まるで、直撮りの一発撮りみたいな粗末な出来
そんな中で一際、まるで目立てば良いとばかりに
声を張り上げ、音程を外し、そして何より楽しそうに
歌う歌声を聞いて
向けられた、笑顔と言葉を思い出してしまって
知るべくも無い事だけが頭をぐるぐると廻り
ーー結局、あの日
夢の続きだと見せた部屋で会ったきり
もう、コンビニに顔を出すことは無くて
彼女の為に残していた廃棄弁当は
正しく捨てられるだけのゴミに変わって
幾ばくの時間が過ぎた、ある時に
どんな気まぐれか、或いは期待からか
俺は一度だけ、彼女のステージを観に行った
そこは、誰もいない屋上から比べれば
ずっとずっと立派な、市民会館のホール
いつか、ドームを満員にするのが夢だなんて
そんな彼女が雑誌のインタビューで語った夢に比べれば
些細とも言える会場だったけれど
それでも、会場は熱気を帯び
ここに居る皆が彼女達のファンなのだと
そんな光景を見てしまって
ーーステージが始まり、歓声が上がり
歌われるのは、知らない曲
皆がそれを当たり前にして
最前列でサイリウムを振る男は半狂乱じみて
それを薄ら寒い思いで眺めながら
俺は、この場所に来た事を後悔しているのだと
そんな感情に気が付き、苦笑する
ーー当たり前の話だと解っていた筈なのに
俺の為に歌われたのは、俺しか居なかったから
笑顔が向けられていたのも、それだけが理由で
こんな風に、紛れてしまえば
彼女は俺を見る訳ないなんて、解りきっていて
少しでも、そんな期待をした
甘ったるい自分が嫌になってしまい
有象無象の内で、幾つもある歯車の一つで
それなのに愚かしく、特別なんじゃないかなんて
馬鹿らしい妄想でしかなくて
俺は一体、彼女の何のつもりだったのだろう?
そして、ステージの上で懸命に声を張り上げて
苦しさの中、作る笑顔を見て
どこか安っぽく思えてしまうのは
俺が彼女の特別ではないと
知ってしまったからなのだろうか?
極彩色のライトに照らされ
踊り、歌う彼女を
冷めた目で、ぼんやりと見続けて
「皆!今日は来てくれて、ありがとー!」
歓声に応えるように手を振りながら
彼女の挨拶で、ライブは幕引きとなり
「んじゃ、最後は恒例のふれあいタイムで!」
そんな一声を聞いた聴衆は、ステージ袖に押し寄せ
人波に揉まれながら聞こえてくるのは誰かの声で
ーー「マジ、今日のライブ良かったよな」
「朱里ちゃん誕生日近いし」
「好きって言ってた苺のタルト差し入れに持ってきた」
熱のこもった、言葉を聞いて
冷水でも浴びせられたのかと、寒くなってしまって
…誕生日だなんて、好きな物だなんて
どこかのプロフィールにでも載っているような
そんなことすら知らない癖に
上っ面だなんてそんな彼女すら、知らない癖に
ただ、始まりを知るだなんて優越感で
何も与えられない、自分なのに
何を履き違えて、どう間違ったら
彼女が好きだなんて妄言を垂れ流せるのかと
勘違いも甚だしくて
たかだか、偶然知っただけの偶像に縋り付いて
勝手に幻滅して、嫌になって
彼女の目指す夢だった筈なのに
素直に応援できないなんて、エゴも良いところで
俺よりも彼女を見る、そんなファンが
ここには履いて捨てるほどいるのに
俺なんて見る筈がないと知り
堪えられなくなって
人波に逆らうように脇の通路を抜け
逃げるように、会場の外への扉を開けて
ーーファンに笑顔を向ける彼女は
やはり、俺に気が付くこともないままに
それが、俺の知る彼女の最後の記憶で
何時までも、脳裏に焼き付いて離れないその顔で
ファンに向ける笑顔は
どんな瞬間すら、貼り付けたように変わらず
仮面のように見えてしまって
こんな事を思うだけ、無駄だと知りながら
ーーどこで切っても、どの瞬間でも
僅かばかりに緩まずに向けられるその表情は
本当に笑顔なのかと、俺はそう問いたくなってしまい
そして一体
彼女は何になりたかったんだろうなんて
どんな風景を見るのかなんて思うが
ーーそんな、答えを知る術は
今の俺にはもう無いのだと、その扉を閉じた




