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甘い毒の中で

酒場でニールと別れ

モーリスタの中心部からやや外れた歓楽街

俺にはあまり縁のないそこに足を運び


「…ここなのかな?」

大通りに面した、見た目だけで言えば

豪奢な洋館といった趣の建物を前にして

そこには馬車が何台も停まっており


歓楽街や娼館と聞けば、ネオンライトの照らす

そんな、きらびやかな所を想像していたのだが…


その洋館はどこか上品さを感じさせ

何となく自分が場違いに思えてしまい

中々その扉を開けることが出来ぬまま立ち尽くしていれば


「入っても…怒られない…よ?」

不意に声を掛けられて、驚いてしまい

後ろを見れば目深のフードに半面を付けた

夢魔の少女…アシェリがそこに立っており


「…なんだアシェリか」

「黒服の厳ついお兄さんかと思ってビックリした」


特に悪い事はしていないが

入りもせずに、そこに突っ立っていれば

不審者だと思われかねず


ここに勤めているであろうアシェリに聞いてみる

「…この格好で入っても平気かな?」


紛いなりにも、一応スーツではあるが

量販店で購入した安物のビジネススーツで

そんなスーツが普段着のついでに一張羅であり

ドレスコードなんかがあったら入れないだろうと

聞いてみるものの


不思議そうな顔でアシェリは俺に聞き返して

「どうせ脱ぐんだから…何でも…いいんじゃない?」


……確かにアシェリのそれは

どういう店か考えれば納得の回答だが

「いや…そういう事しに来たわけじゃ無いんだ」


ここに来た目的の一つである少女を前に

ポケットからトランプを取り出して

「アシェリとこれの持ち主に話がしたかったから」

「来てみたんだけど…」

「アシェリはいま暇だったりする?」


それに彼女はコクリと頷き

「クイーンは…今居ないから」

「その間アヤトの相手…する?」


……絶妙な所で言葉を区切られたせいで

不埒な事を想像してしまいそうになり

心を読めるアシェリ相手にそんな事を考えてしまえば

不味いと、必死にそれを思わないようにして


そんな俺の態度に気が付いたのであろう

アシェリは笑いながら

「いまは…平気」

「視てないから、大丈夫…」


てっきりアシェリのそんな眼は常時発動的な物だと

勝手に思っていた俺はその言葉に一気に脱力してしまって

「それ、オンオフ出来んのな…」


「出来無いと、ずっと…お腹すくし」

「煩くて…寝たり…できない?」


コルベットも捕食の為に化けて出てくると

言っていたのなら、確かに任意で解除できなければ

全くの無意味だとそれは納得で


「アシェリの心を見る」

「その眼って、始祖返りの夢魔の特性なの?」


聞いたばかりの単語を並べ立てる様は

知ったかぶりも良い所だったが


アシェリはそれに頷いて

「そう…始祖返りの…眼」

「相手の…理想を知る為の…魔法?」


夢魔の誰もがアシェリの様に

心を透かせる訳では無く、異質に見えるその力も

理由を知れば、納得できて


「…なるほどね、相手を知らなきゃ」

「化けようもない」


ーーそして、そこまで聞いてしまえば

どうしても気になってしまうのは


「アシェリが始祖返りなら」

「どうして、お腹を空かせてたの?」


誰かの姿を借りて、他人の魔力を吸えばいい筈で

同じ始祖返りの彼女が女王なんて呼ばれるなら

アシェリだってそう呼ばれてもおかしくはないと

聞いてみるが


「アシェリは…出来損ないの夢魔…だから」

「誰も…見ない」


アシェリは、まるで隠すようにフードを被り直し

消え入りそうな声で呟いて


「クイーン…」

「呼んでくるから…ロビーで待ってて?」

それだけを言い残して、アシェリは店の裏口に消えてしまい


何時までも外でボケっと突っ立っている訳にもいかず

仕方なくその扉を開ければ

そのロビーも見た目に違わぬ、豪奢な作りであり

そこで20分ほど待っただろうか、女王が部屋から顔を出して


「やっほー、折角来てくれたのに待たせてごめんねー」

「まさか急に来るなんて思ってなかったから」

「バッチリ化粧するのに時間掛かっちゃった」


明るい声で、そう言って俺を手招きして

「入って、入ってー」


俺はなんの気無しに、部屋のドアを開けて

…そこにある光景に絶句してしまい


そこにあったのはいつかの日に招かれた

彼女のアパートそのもので

ただフローリングが有るだけの空っぽの部屋に


少しだけ、焦げたような

彼女の作ったカレーの匂いがして


まるで、あの日に戻ったかのような

その空間の中で、彼女は俺を見て笑い


「…今度は座布団用意しといたからさ」

「座って?」


今度なんて言葉も、そんな機会も

与えられなかった全てが其処にはあって


そこにいる彼女は、衣装姿ではなく

俺の知る私服で佇んで


ーー全部、俺の記憶の中の幻だと知りながら

なお、彼女の言葉は甘い毒のように


「こんな未来もあったかも知れない」

「そんな風になれたかも知れない」


「君の夢の中で」

「そして、それを叶える場所」


彼女は甘く囁くように

「…私は、君のホントを知ってるよ?」


「遠くで見てるなんて、嫌だって」

「どうか自分だけを見て欲しいんだって」


「君が恋したのは、アイドルじゃなくて」

「…そんな偶像じゃない私なんでしょ?」


ーーまるで理性を溶かすように

何も考えることを許さないように


彼女の言葉は、何も間違ってなくて

そんなふうになれなかったから、追い求め続けて


「…だから」

「幸せな夢に眠りなさい」


身体に力が入らずに

そんな言葉に逆らえなくて


ゆっくりと倒れ込むようにしながら

彼女に抱きとめられ


ーー触れられない筈のそんな偶像は

確かな暖かさを持って


虚ろ気な意識の中で、思い出すのは

そんな夢の中に見るのはそれでも

貼り付けたように、変わらない

誰かの為に向けられた、彼女の笑みだった




















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