始祖返り
まだ、待ち合わせの時間には早かったかと
カウンターで何杯目かの酒を注文し
出てきたジョッキを一気に傾けて
「…随分とまぁ」
「面白そうな事に巻き込まれてるようですね?」
「やはり、モテる男は違うようで」
そんな俺を見て、愉快そうに声を掛けるのは
待ち合わせの相手である
前髪の後退したオッサンこと、ニールであり
他人事なら、笑い話だろうが
そんな皮肉に溜息を吐き出し
元奴隷商人のニールは現在
彼女達スターダストのスポンサーとでも言うべき
そんなポジションで
グッズやら、CD代わりの記憶結晶やらを
制作、販売して生計を立てていて
主たる収入は他に依存しているのかも知れないが
一応の当事者と、俺は認識しており
だからこそ、言わねばなるまいと
わざわざ普段出向かない、酒場までやって来た
「噂を聞いてるなら、察しがつくかもしれないけど」
「…暫くステージはやらない」
先程、彼女達に告げたのと同じ言葉を
苦々しく口にして
「まぁ、賢明な判断でしょうかね?」
「流石に夢魔相手じゃ分が悪い」
どんな反応が返ってくるか不安だったが
彼の返答は拍子抜けするほどあっさりしたものであり
「話があると聞いてきたんですが」
「…もしかして、これが本題でした?」
「一応、そのつもりです…」
今度はニールが溜息を吐き出して
「旦那の事だから、別の会場を抑えたいとか」
「そんな話だと思ったんですけど…」
ニールはそう漏らしジョッキを傾けて
「そこまで、向こう見ずだと思われてたんですか?」
今の状況を鑑みれば、たとえそれをやった所で
事態が好転するとは思えず
飲み干したニールはジョッキを置いて独り言のように
「夢魔には敵わないって」
「だからステージをやらないって」
「それが賢明で、合理的だと分かりますけど」
「ただ、旦那はそんなトコから」
「一番遠くにいた気がしたんですけどね」
「…理想像の横にある」
「出来損ないの偶像を誰が見るのかって」
「シロナにそんな事を言われました」
もう本題は終わったのだから
これはただの愚痴だが、ニールはそれを黙って聞いて
彼女達に言った事に嘘は無くて
決して彼女達は無価値でも、ゴミでも無いと
それは今も変わらないけれど
ーー「…所詮は居なくなっちゃった」
「そんなご主人様の代わりだもんね?」
不出来な偶像なのは俺も同じで
理想像と比べられるのは変わらなくて
そんなシロナの理想に
本物には届かないと、それを知ってなお
見劣りする贋物として
比べられ続けるそれには耐えられなくて
比較されれば、両者を並べ立てれば
浮き彫りになってしまうそんな差を
何で埋めればいいか答えは見つからずに
「なりたい姿に、他人の理想に」
「…夢魔ってズルいですよね」
彼女の前では
誰もが、そんな偽物に成り下がって
聞いたニールは興味深そうにしていて
「なりたい姿になれるって」
「ただの夢魔ならいざ知らず始祖返りなんて」
「厄介なモンに絡まれましたね」
「始祖返り?」
また知らない単語が出てきたと
それをニールに聞き返して
「その多くは、ほとんど市場に出回りませんで」
「目にする機会は無いですが」
「魔物としての特性を色濃く残したのが」
「始祖返りと呼ばれ」
「大体、魔力の影響で髪色やら、眼の色なんかが」
「あまり見ない色に染まってる事が多いですね」
パッと思いついたのは、紅い目の女王で
アシェリの左目も同じ様な色をしていたと思い
色の違う目といえば、もう一人
俺のよく知る、金色の瞳を思い出して
「…もしかして、シロナも始祖返り…ですか?」
「アレの場合は始祖返りというか」
「そもそもの種が余りに見なさすぎて…」
たしかに街でシロナ以外に、狐耳の獣人を見た事はなく
差別化出来るほど個体数がいないのだろう
ニールは難しそうに顔をしかめ
「…話が逸れましたが」
「現在、隷属種なんていう亜人達は」
「隷属に適すように、配合され」
「そんな生活に適応した奴らです」
「始祖返りなんていうのはそれこそ魔物だとか」
「厄災だったりなんて呼ばれるもんで」
ーーどんな強大な力も、それを御せなければ意味が無く
隷属種なんて呼ばれる亜人達ですら
俺から見れば、よっぽど優れている様に見えるなら
始祖返りなんて呼ばれるその力の程は、想像出来て
「そんな始祖返りの殆どは」
「英霊戦の時に討伐されたと記録されていて」
「まぁ始祖返りと奴隷の話はこんなもんで良いですかね?」
それに俺は頷きを返し、ニールは言葉を続けて
「…そんな始祖返りですが」
「サキュバスだけは話が別」
「今も一定数存在しているんで」
「どうして、サキュバスだけが特別なんだ?」
魔法に耐性があるというエルフすら
その正体を透かせないのならば
やはり、危険なのではと思ってしまって
「多分、コイツと一緒ですよ」
ニールは空いたジョッキを掲げて笑い
「…過ぎたるは毒になりますが」
「適度にならば良薬で」
「…先の英霊戦で多くの生命が無くなって」
「そこに無い幻想を見せるソイツ等が」
「都合が良かったなんていうのは」
「いざ対面した旦那に言うまでも無ぇですか?」
本人にしか見えない仕草と顔と
すべてを知るような言葉を聞けば
確かにその理由は納得できるもので
「どっちにしたって」
「そんな始祖返りの夢魔に会うなんていうのは」
「稀有な体験なのには違いねぇですし」
「それに、餌じゃなく」
「好かれるなんてぇのはもっと珍しい」
「餌って…」
「取って喰われたりするんですか?」
ニールはガハハと笑って
「むしゃむしゃ喰われたりはしねぇですけど」
「その姿を見た時に」
「脱力感を覚えたりしたでしょう?」
確かに、女王なんて夢魔にしろ
半面を付けたアシェリにしろ
その姿を見た後は、妙な虚脱感に襲われていたが…
「それも、始祖返りの夢魔が持つ先天魔法の一つ」
「吸収」
「人の魔力を直接奪い取って」
「それを自分の糧にする」
「アイツ等が化けて出てくるのも」
「魔力を引き出すのに都合がいいからって理由で」
「食事の為の狩りなんで」
ニールの言葉の隅に
僅かな引っ掛かりを覚えてしまって
「…なら、普通に物を食べたりはしない?」
「俺らと一緒の飯も食いはしますが」
「栄養になる訳じゃねぇですから」
「味を楽しむなんて娯楽でしょうかね?」
「そんな特性から夢魔は」
「夢を食べる魔物だなんて言われてるんでしょうから」
そこまで言い切って、ニールは新しい酒を注文し
ーーそれを聞いて思うのは
店の前で腹を空かせていた半面の少女
縁がないと思っていたその場所への招待状である
クイーンの描かれたトランプを見て
確かめようと思うのなら
そこに行くしかないと、溜息を付いた




