普通の女の子
控室に入りそこには机とソファー
そして着替えの為の仕切りが有るだけで
料理が出来上がるまでの間、暇潰しになりそうな物はなく
「…取り敢えず座ろっか?」
俺はそう言いながらソファーに腰掛けて
手を繋いだままの少女もその隣に座って
互いに無言のまま、静寂が訪れて
…どうすればいいのだろう?
何か気の利いた小咄の一つでも出来れば
或いは、一発芸で笑いでも取れれば良いのだが
生憎とそのような持ち合わせは無く
「えーっと暇だよな?」
「…うん」
現状の説明なんて、もはや暴投に等しい
会話のキャッチボールを試みてみるものの
どうやら投げ返す気は無いらしく
これでは、外に一人で待ちぼうけと大差ない始末で
何なら眺める馬がいるだけ外の方が良かったまであると
「そういえば、名前聞いてなかった」
「俺は橘綾人」
「一応、ここのお店の店員だよ」
当たり障りのないそれを伝えて
…もう少し補足するのなら
労働に勤しんでいる店長を尻目に
こんな所でソファーに胡座をかいて座っている
給料泥棒とそんな所だろうか?
少女は俺の自己紹介に笑みを見せ
「…アシェリ」
「私も座ってるだけだから」
「アヤトと一緒」
俺は少女の自己紹介に違和感を覚え
ーー今、なんて言った?
「…私もアヤトと一緒?」
紅い瞳で俺を見る少女はそう繰り返し
不思議そうな顔をして
先程の自己紹介といい、今の台詞といい
まるで、俺の心の内の声に答えるような
その言葉は偶然なのだろうか?
じっと俺を見るアシェリは、まるで駄目押しの如く
俺の疑念を肯定するように
「……『でんきだい』より怖い?」
…彼女の言うのは『電気代』の事だろうと
この世界には無い筈の単語を口にしたアシェリを見て
さっき首を傾げていたのは、聞いたことのない
それが何か分からなかったからだと思い至り
ーーこの子は一体、何なんだろう?
『覚』という心を読む妖怪がいるが
どうやら、そんな類なのでは無いかと彼女を見て
変わらない表情を浮かべる仮面の空虚な瞳と
俺を見透かすような彼女の紅い瞳で見つめられ
諦めて息を吐きだし
いくら眺めたところでこの世界をロクに知らない
俺に彼女の正体が分かるはずがなく
なら取り敢えず、早急かつ迅速に
確認しなければならない事が一つだけあって
「…えーっと、今更なんだけど」
「俺、変な事とか想像してなかったよね?」
殊更そんな覚えは無いが
先ほどの夢魔達を見た時に
無意識の内に何を思っていたかと、自信が無かった
「大丈夫…だよ?」
「ちゃんと普通……健全?」
そう言い直しながら笑みを向けるアシェリを見て
なんかやっぱり変なことを考えていたのかと
顔が熱くなってしまって
「…アシェリをここに誘ったのは」
「下心とか、そういうんじゃないからね?」
じゃあ何だったのかと聞かれれば
自分でも何だったのだろうと首を傾げる他ないが
それでもやましい気持ちで
此処に連れてきてはいないと断言できて
「…うん、知ってる」
「ただ、アヤト」
「吃驚してたけど…怖がってない」
確かに驚きはしたが…
まぁそれでもそんな芸当の出来る奴も居るんだなと
感心のほうが勝ってしまって
ある意味、異世界らしい未知との遭遇に
ちょっとばかり心躍る気もすると
ーーそれが俺の抱いた感想で
そんな俺の心の内も丸聞こえなのだろうと
可笑しくなってしまい
それこそ、あり得ないものを見るような目で
アシェリは俺を見て
「アヤト…私と喋って…楽しい?」
「俺は楽しいけど」
「アシェリは喋るの嫌い?」
「あんまり得意…じゃない」
「変なこと…言うと嫌われるし」
「喋るの…上手じゃない…から」
ーー得意じゃない…ね
喋るのが嫌いと言うよりは
上手く喋れないと嫌われるから
あまり、話したくはないのだろうと
そして、アシェリが上手く話せない
理由にも行き当たって
「心を読むっていう感覚は分からないけど」
「延々、向こうが垂れ流してるって」
「それじゃあ難しいよな…」
会話を組み立てようとすれば
先回りしたようになってしまって
言っている事と思っている事は時として正反対で
取り留めのない、雑多な全てを
取捨選択の中、答えなければならないなら
相手を伺うように怖がって
一つ一つ、確かめるような言葉は理解できて
「こっちばっかも何だからさ」
「アシェリは聞いてみたいことある?」
精々、異世界から来たとそれくらいしか
特筆することはなく、そんな肩書きを背負いながら
トンデモ能力も無ければ、最強でもない
レストランのしがない雇われ店員と
なんの面白味もないがっかりのスペックだが…
でも、それを聞いたアシェリは
少し考えるようにして口を開き
「…アヤトには」
「アシェリが何に見える?」
アシェリをじっと見ながら
顔の半分を覆い隠す面を着けて
どんな嘘すら透かす眼を持ち
ーー少しだけ怯えるようにする彼女は
「何に見えるねぇ…」
「不思議なお面を被った、心の読める」
「…普通の女の子かな?」
心を読めるなんてそれが
ごく一般的かどうかははさて置いて
結局、答えを引き出すのに
そんな風に質問しなければならないのなら
正しく伝えたいと言葉を探すなら
伝えようとするなら
ただ、それは普通に人と接する事と
何ら変わりないとそう思い
答えを聞いた彼女は、俺の膝の上に乗り
身体を寄せて首を抱いて
困惑する俺に笑みを向ける
「アヤト…?」
呼ばれる声にゾクリとし
俺を見る紅い瞳に目を奪われ
焦点の合わない、世界の輪郭はぼやけてしまって
拙い仕草で、まるで初めてのように
アシェリの唇が俺に触れようと近づいて
ーーいつか見た光景が重なり
試してみるなんて、そんな気軽さで
心の内を知れぬ彼女を思い出してしまい
「やっぱり…違うんだ…」
悲しげに呟き、アシェリは目を閉じて
その瞳に感じたのは、目を背けられない感覚に
俺は覚えがあって
それが関係者だと言っていたのなら
一番最初に思うべき、それが抜けていた
「…アシェリって、もしかして夢魔なの?」
その質問にまるで小悪魔とそんな風に笑って
アシェリは不意打ちのように俺の頬に舌を這わせて
「…なっ!!」
唐突なそれに硬直する俺を見ながら
「アヤト…美味しそうだったから」
「味見…してみた?」
それだけを言ってアシェリは俺から離れ
扉に手を掛け、振り向いて
「もう帰らないとだから」
「…遊んでくれてありがと?」
そのままアシェリは扉の奥に消えて
追いかけようとしたが、言い様のない倦怠感に
身体は動かず、沈もうとする意識の隅で
コルベットが作る料理を
一人では食べきれないだろうと
そんなことを思うのが精一杯だった




