半面
件の会食の当日
店の前は物々しい空気に包まれており
絢爛な装飾の施された馬車が何台も乗り付けられ
普段目にすることのない甲冑姿の騎士が
その周りを警護するようにしていて
俺は物珍しさに後ろを歩く三人に聞いてみる
「…貴族が来ると、いつもこんな感じなの?」
シロナたちはその様子を眺め
「…控えめな方じゃないかしら」
「何時もだったら赤絨毯に音楽隊が一緒だもの」
「家紋も掲げてないですし」
「お忍びなんじゃ無いですかね?」
「会う相手が相手で」
「大手を振って来ましたなんて言えないだろうし」
…この有様がお忍びで、控えめと
そんな三人の回答に頭が痛くなるが
小馬鹿にしたような仕草で
シロナはスカートの裾を摘み上げて一礼して
「それじゃ、慎ましく給仕をしてくるわね?」
そう言って、バックヤードに消えて行き
一人残された俺は店の裏手に回り
そこにあったのは質素な一台の馬車
それが今日の会食のキャスト達の足なのだろうかと
普段見ることもない馬車なんてものを
しげしげと眺めるが
馬車そのものは俺の知るそれと大差なく見え
引いている馬には羽根なんかもなく
「なんか…翼で飛んでくるとか」
「魔法で転移してくるとか」
「そういう感じじゃ無いんだな…」
亜人達が歩いているのも最初は物珍しく
如何にも異世界ですとそう感じていたのだが
最近はそれも日常の一部と化してしまい
なんだか変な気分で
そんな独り言を漏らせば
馬車の車輪の近くにフードを深く被った
うずくまる小さな人影が見えて
「大丈夫ですか?」
何かトラブルでもあったのかと
一応声を掛けてみれば
人影は驚いたように振り返って
その顔を見て一瞬俺は戸惑ってしまい
「お留守番だから平気」
…告げられた声はどこか幼さを残すもので
その見た目の特異さにすぐには気が付かなかったが
どうやらシロナと同い歳位であろう
それが少女だと分かり
「…綺麗なお面だね?」
少女の顔の右半分を覆い隠すそれは
映画で見るようなヴェネチアンマスクを思わせ
その奥に見える儚げな顔は不思議そうな表情を浮かべ
「…えっと、怖くないの?」
戸惑うように少女は呟き
もし、暗い夜道でバッタリ会ったら
泣いて逃げ出す自信があるが、今は昼間であり
それを付けるのが少女と分かっていれば
ーーこの世界に来て、二ヶ月ほど
そろそろアパートのポストに
電気、水道、ガスの料金と
未払金の納付書が投函されるのではないかと
そちらの方がよほど怖く
「世の中にはもっと怖いものが沢山あるから」
「別に怖くないけど…」
よもや、そんな物と比べられているとは
思っても無いであろう少女は首を傾けて
「お留守番って、一人?」
この場所に他に人は無く、馬車の番なのかとも思ったが
膝を抱えて座ったまま、ぼんやりと遠くを眺める少女に
それが勤まるようには見えず
「…そうだよ?」
「みんな、ご飯食べに行っちゃった」
つまらなさそうにそう言って
今日は貸し切りのこの店の前にいるという事は
貴族のご令嬢かプシークイーンの関係者と
そういうことになり
少女の身に纏うローブは所々解れが見え、汚れていて
そうでなくても、貴族のご令嬢なら
たとえ店に連れて行かなかったとしても
護衛の一人も付けずにこんな所に野放しにはしないだろう
「君は一緒に行かなかったの?」
少女はそれに頷いて
「…行ってもご飯食べられないもん」
ーーなら、やはりこの少女は
貴族を接待するキャスト達の世話係か何かで
彼女達が会食をする間、捨て置かれているのだと
そんな結論に至り
不審者でもトラブルでも無いと分かったのなら
そのまま裏口を抜けて、コルベットの手伝いをすべきと
考えるまでもないのだが…
「…あー、お腹空いてないかな?」
辺りは美味しそうな匂いが満ちていて
食事も与えられず、こんな所に一人では
ひもじい思いをしているだろうと
いらぬお節介と思っても、そう口にしてしまい
少女はその言葉に何事かを考えるように
僅かに紅く染まった瞳はぼんやりと俺を見て
「…うん…お腹空いた」
「そしたら、中の控室でご飯食べよう」
「勿論、君のご主人に怒られなければだけど」
勝手にどこか行ったなどと
そんな理由で折檻されてしまっては元も子もなく
少女は薄く笑って立ち上がり
「…大丈夫?」
「怒られたりしないよ?」
…疑問形なのが若干、気になるが
言われてしまった以上、連れて行かない理由は無く
そして、これ以上道草を食っている時間もないと
「じゃ、付いてきて」
裏口のドアを開けて、少女を中に招くのだった
ーー「お前は毎度、毎度」
「どうしてよく分からないのを拾ってくるんだ?」
俺に連れられた半面の少女を見た
コルベットは呆れたように頭を抱えながらそう言って
「プシークイーンの関係者みたいなんで」
「放っておくのも失礼かなーと」
一応、貸し切りにしてくれたお客様だろうと
それっぽい理由を述べるがコルベットは見透かしたように
「どうせ、外で一人置かれていて」
「お腹をすかせて可愛そうだなんて」
「勝手に連れてきたと、そんなところだろう?」
その質問に俺は苦笑いで答えて
「…バレてました?」
「断りは入れたんで」
「勝手にではないですけど…」
コルベットの言うのはほぼ正解に近く
ただ、それでは誘拐だと一応の訂正して
少女が肯定してくれるかと視線を送るが
隣の少女は黙りこくったまま、ぼんやりと俺を見るばかりで
「連れてきたなら控室で面倒見てろよ?」
「怪我とかされても困るからな」
「料理が出来たら、教えてやるから取りに来い」
最早、言っても無駄と諦めているのか
コルベットはそれを黙認するようにして
「良いんですか?」
多少の小言は覚悟していた俺は
肩透かしになってしまう
「会食なんて言うのは名目で」
「あれじゃ、アヤトに仕事を回すまでもねぇからな」
キッチンの小窓から、ポールの方を眺めるコルベットは
鼻で笑うような仕草をしていて
何を見ているのだろうと覗いてみれば
…音楽室で見る肖像画の様な髪型をした
貴族であろう小太りの男が数人と
悪魔のような羽を持つ、露出度の高いドレスを着た
スタイルの良いあれが夢魔だろうか?
そんな彼女達も数人でテーブルを囲んでいて
みな、扇情的な身体付きをしており
それだけならばリーフィアだって
さして見劣りしない身体つきなのだが
纏う雰囲気は妖艶で、仕草は誘うようで
蠱惑的とでも言うのだろうか?
それを見る男達はみな惚けたような顔をして
彼女達の体を触ったり、接吻をしたりと
テーブルの上の前菜になど手も付けようとせずに
マナーも糞もあったもんじゃ無いそれを見て
ーー気が付けば、自分もその光景から
目を逸らせなくなりそうだと気が付き
慌てて顔を引っ込める
「…どうせあんな調子じゃ」
「アホ面下げてる自分が何を食ったか」
「いくら払ったかなんて分かりゃしねぇだろうよ?」
コルベットは愉快そうに笑ってみせて
「…迷惑料含めて請求してやるから」
「アヤト達の給料も弾んでやるし」
「そこの嬢ちゃんにも好きなモン食わせてやれ」
「…じゃあ、この店のフルコースでお願いします」
何でもいいというのであれば、勿論そう言って
「隣の部屋で料理が出来るまで、待ってようか?」
少女はそれにコクリと頷いて
恐る恐るといった様子で
「一緒に…ご飯?」
「うん、食べようか」
それを聞いた少女は嬉しそうにして
俺の手を掴み、隣の部屋に走るのだった




