カーテンコール
怒涛のような酒乱騒ぎが終わり、会計を済ませて
「…いや、酷かった」
「しばらくリーフィアもニナも禁酒だな、これは」
気持ち良さそうに寝息を立てているニナとリーフィアを
控室のソファーまで運んで毛布を掛けて
扉の前で待つコルベットに頭を下げる
「起きたらちゃんと帰りますんで」
「それまでお借りします…」
「…どうせ、明日の仕込みもあるから気にすんな」
「随分と楽しそうだったじゃねぇか?」
全容を見ていたコルベットはそんなふうに茶化すが
「いや、ちょっとした地獄絵図でしたよ」
「あんな酒癖悪いと思わなかったですから」
特にリーフィアは酷かった
やれ服を脱ごうとするわ、抱きついてくるわ
挙句に散々飲むだけ飲んで、スヤスヤ寝てしまい
馬鹿みたいに強いニナに飲まされまくった俺も
フラフラと足元がおぼつかず
上司に無茶振りされて飲まされまくった
元の世界での勤め先の忘年会を思い出してしまう
「ちょっと外の空気でも浴びるか…」
そんな独り言を漏らしながら店の裏にある芝生に出ると
月明かりの下でグラスを傾けるシロナがそこにいて
僅かに赤くなった顔でこちらに目を向ける
「あら…もう酒宴はお開きなのかしら?」
「途中から姿が見えないと思ったら…」
「こんな所に避難してたのかよ」
いつの間にかしれっと居なくなって
体調がすぐれないから、裏で休んでいるのかと
そんな心配をしていたが
手に持つグラスを見る限りそんなことは無いらしい
「ええ、当たり前じゃない」
「あんなゲームに付き合いきれないわよ」
シロナが言うのは途中から始まった
不毛な王様ゲームの事だろう
「三人しか居ないせいで散々な目にあった」
「内容もマジで容赦ねぇし」
当たり前だが、王様を除けば一組しかいないので
必然的に番号もへったくれもほぼ関係が無く
命令に背けばニナに鉄拳制裁される
王様を引かなければ即死のデスゲームだった
それにシロナはクスクスと笑って
「アヤトの悲鳴が外まで聞こえてたわよ?」
俺は疲れきった溜息を吐いて
「聞こえてたんなら助けてくれても良いだろ…」
シロナはグラスの中の液体を眺めて遠い目をしながら
「本当に嫌な事をされた訳じゃ無いんでしょ?」
「アヤトの事を信頼してるし」
「多分それはあの二人も同じよ」
良いように誤魔化されたとそんな気がしないでもないが
確かに、最初に比べればずっと
その距離は縮まったのかもしれない
「…どっかの誰かも随分と丸くなったようで」
「別に意地悪なんてしてないわよ?」
「何も知らないお馬鹿さんに忠告してただけ」
そんなに昔でないはずなのに少し懐かしく思えて
俺は寝転んで頭上にある光を眺めながら
「…この世界から見える星は」
「元の世界と一緒なのかね?」
生憎、星がどうの星座がどうのなんて
たくさんの輝きの中から見つけられるほど詳しくはなくて
一際大きい、誰にでも分かるそれに目を向ける
「それでも、月は一緒に見えるんだよな…」
大穴も空いていなければ、顔がある訳でもなく
相合傘で名前が入っている訳でも無いその月を見て
「元の世界が恋しい?」
グラスを眺めたままのシロナに問われ
一瞬、彼女を思い出してしまうが
「…どうだろう、そんな事ないかもな」
友と呼べる人もなく、唯一の肉親の親父も
母の葬儀にすら来なくて生きているのかすら分からず
ーー元の世界と言われて思い出すのは
そこにはない光だけで
それを聞いたシロナはグラスの中身に口を付けて
「…意外と薄情なのね」
「アヤトの言う彼女は生きてるんでしょ?」
「多分生きてるだろうね…」
「俺には知る術も無いし」
「こんな所にいたんじゃどうしょうもないけど」
何千キロ、何万キロと遠く離れた
そもそも時間軸すら同じに進むか分からない
この世界でそれを知った所で何にもならないと
そんな事を思うが
たとえ元の世界に生きていたとしても
それでも、何も変わらないのだろう
連絡先も何も知らない
所詮はファンの一人に過ぎなくて
たとえ知っていた所で、どうすることもできない
ーーそれはずっと昔の光を見せる星のようで
数多瞬く星の中、潰えた光を見つけ出すなんて出来はせず
知ってなお、触れられはしないのだから
そんな俺を見ながら
思い出したかのようにシロナは口を開いて
「…今から変な事言うわよ?」
いつになく自信なさげな前置きから
シロナは意を決したように
「…月が綺麗ですね?」
一瞬の沈黙の後に
俺はこらえ切れず吹き出して
「シロナ酔ってんの?」
「いきなり告白だなんて」
それにシロナはポカンと口を開けて
「…全く意味が分からないんだけど」
「どうしてコレが告白なのかしら?」
どうやらなんの意味も知らず口にしたらしく
「貴方のことが好きですなんて」
「ひねくれた意訳で」
「使い古された陳腐な台詞だよ」
その言葉を聞いたシロナはポツリと
「ホント馬鹿みたい」
「そんなの知らなきゃ伝わらないじゃない…」
「でも、例えばだけど」
「貴方が好きですなんて言われて」
「シロナはその言葉を信じれた?」
誰に言われたかなんて
そんな無粋な事は聞かなくても察しが付いて
ならそれを言った奴の気持ちは
少しだけ理解できる
「別に伝わらなくてもいい」
「それは自分だけが知る片恋でいい」
何処までも臆病で曲解の過ぎるそんな言葉は
多分二人の立場があって
どこまでいっても、シロナは買われた奴隷で
言った彼は、買ったご主人様で
「愛してるなんて言葉も」
「好きだなんて感情も」
「言ってしまえば嘘臭く聞こえるって」
「彼はそう思ったんじゃないかな?」
言葉には裏があって
例え意味を知ろうと、本質は見えず
だからそんな言葉を選んだんじゃないのかと
知らなければ伝わらない、隠し切れない感情で
そんな台詞を口にしたんじゃないかと
それにシロナはゆっくりと息を吐きだし
「…まるで見ていたかのような口振りね?」
俺は苦笑いしながら、どうでも良さそうに
「ただの酔っぱらいの戯言だよ」
「だから戯言ついでにもう一つ」
「あんまり真に受けないで欲しいけどさ」
月が綺麗ですねなんて台詞を聞いて
意図したのかは、分からないが
それを口にするなら知らないはずが無く
あまりにも出来過ぎた話だとも思うけれど
「これも有名な意訳の話で」
「『あなたのもの』って台詞を誰かはこう訳したんだ」
まるでそれは、物であるシロナに向けられた様に
人であるシロナを愛したいと彼の言葉にすら聞こえる
全てを知るようなその台詞を俺は口にして
「…死んでもいいわ」
シロナが彼を殺したというのなら
それすら知っていたと言うように
未だ空白のままの答えを埋めるように
シロナはグラスの中身を一気に傾けて
月に向かって声の限りに吠える
「…死んでもいいなんて、自分勝手よ」
「好きだったのに勝手にいなくなって!」
「全部分かってたなんて言うくせに」
「大切なこと一つ言わないで……」
その言葉は段々と力を失い
シロナの口からは嗚咽が漏れて
「…私、夢を見たの」
「歌上手だったって、見てたって彼は言ったの」
「なら…伝わったのかな?」
「…普通じゃ考えられないけどさ」
「それはただの夢だってそうも思うけど」
霊魂だなんだと、そんな物を信じてはいない
そうじゃなきゃ曰く付きのアパートなんて契約しない
ーーだけど
「…でもこの世界には魔法があって」
「ファンタジーじみた世界なら」
「そんな少しの奇跡くらいあっても良いかもな?」
願わくば、そうであって欲しいと
触れられはしなくとも伝わって欲しいと
雲ひとつない綺麗な月の下で思うのだ




