ビジネスの話をしよう
「じゃ、迷惑掛けてるから手伝ってくる」
前掛けを付けながら、シロナにそう告げて
「私も手伝うわよ」
…その申し出は有り難いが
蒼白な顔に、足はまだふらついていて
また倒れるんじゃないかと、危うげで
「本調子じゃないんだから無理しない」
「でも…」
シロナは喰い下がるが、俺は首を横に振り
「あんなステージを見せられて」
「倒れるまで本気でやって」
「俺だけ何もしないなんて出来るか」
彼女達は精一杯に応えた
なら、俺も俺に出来ることをやるだけだ
「…こっからは俺の仕事だ」
「リーフィアとニナが心配してたから顔見せてきなよ?」
シロナは息を吐きだして
「…じゃあお言葉に甘えるわね」
「何かあったら遠慮無く言って頂戴?」
俺は手を挙げてそれに応え、キッチンから出た
ーー「すいません、お待たせしました」
ホールに出てすぐは忙しかったが客足も大分落ち着き
何回目かにコルベットが作り直したカレーもどき
それをワゴンに載せてテーブルに向かえば
「おう、遅えよ」
そんなふうに声をかけられて
酔っ払っているのか上機嫌に声をかけるのは
現場の親方であり
「…お待たせしました」
「9人分で良かったんですよね」
飲み終えて空いた酒瓶を下げながら
「なにか、お代わり持ってきます?」
ライオンのような鬣の彼は笑い
「いや、酒はもういい」
「こうも酔っ払っちまえば明日の仕事に差し支える」
それを言う彼は、シラフのようにしか見えず
空いた酒瓶の数はそう多く無く、強い物も無い
「…意外とお酒弱いんですか?」
いつもの話を聞いていれば彼らは
結構な酒豪であり、貰った給料は殆ど酒代に消えていると
そんな話を思い出しながら疑問に思い
「…まだ呑み足んねぇが」
「あんなモン見せられちゃあ」
「…二日酔いになっちまうよ」
そう言いながら、彼らは配膳されたカレーもどきを口に運び
辛いだの、旨いだのとテーブルはまた喧騒に包まれて
「こっちにも一つ良いですかい?」
そこに居たのは、前髪の後退したオッサン
…元奴隷商のニールであり
彼はウエイター姿の俺を見て、意外そうな顔をして
「…奴隷たちで一山当てたってのに」
「随分とまぁ勤労なこって」
皮肉なのか、感心なのか
その言葉からは窺い知れず
ニールは言葉を続ける
「…ずいぶんといい商売を見つけましたね、旦那は」
「やってる事は褒められたもんじゃ無いですし」
「経営は火の車ですけどね?」
賃金未払いに、強制労働
挙句の果てに従業員は過労で倒れると
俺の世界で言えば、ブラック企業認定だろう
挙句、基本家にいるから
「アットホームな職場です」なんて謳い文句すら言えて
最早、求人応募したくない職場のテンプレート入りまである
「いい商売じゃないですか」
「元手は掛からず、腐りもせず」
「過剰在庫も何もあったもんじゃない」
まるで羨ましがるように、ニールはそう言って
「彼女たち自身が売り物だと」
「それを言われたらそうですけど…」
そんな皮肉で、俺は笑おうとして
「…旦那が売るのは夢でしょう?」
「形が無くて、目には見えないくせに」
「無くていいそんな物なのに」
「誰もが欲してやまない」
その言葉に張り詰めていた糸が切れたように
堪えなければ涙が出てしまいそうで
必死に目を擦って誤魔化して、笑みを作って
「夢を売るだなんて」
「それだけ聞いたら詐欺まがいの商売じゃないですか」
ーーもし、本当に彼女達が
何一つ幸せを知らぬなら、これを幸福と呼ぶだろうか?
俺が与えようとするものは、彼女達の為なのだろうか?
シロナがステージの上で倒れた時に
頭をよぎったのは、そんな疑問で
石碑すら無い静かな場所に眠る
彼女が置き去りにした夢の跡を見た
全てを賭けさせた、その先にあるもの
未だ俺すら知らぬ夢の行き着いた果てに
彼女が望むものは無いのだと知った
そうと知ってなお
まるで、そうある事が正しい様に俺は騙って
夢なんて言葉で
すべてを誤魔化そうとして
ただひとつ望むべきそれは、俺には与えられない物なのに
そうシロナも知る筈なのに
最後に見せた笑顔は何処までも純粋で前を見ていて
彼女達の歌は、踊りは、笑顔は
そんなひたむきな姿は誰かの夢に変わるのだとーー
「…まだ、これからです」
「これはただの始まりで」
「彼女達がアイドルとして輝くのなら」
「俺は彼女達と一緒に」
「奴隷なんて制度も、亜人だなんて差別も」
「そんな歪んだ価値感の全部をブチ壊して」
「本当に彼女達を自由にする」
それがこの世界で、俺のいる意味
此処にもう居ない彼には出来ない仕事で
俺が彼女達にあげられるものだから
そこでニールは苦笑いして
「そんな事して何の得があるんだか…」
「やっぱり、旦那の考えはよく分かんねぇですけど」
「…俺にも一枚噛ましてくれませんかね?」
そんなニールの申し出に俺は戸惑い
「なんでですか?」
「旦那の青臭い夢には興味ないですが」
「それを見て確信しました」
「アイドルって商売には金の臭いがする」
「だからこれはビジネスの話です」
「奴隷商は辞めましたが」
「この辺の商会には多少なり顔が効くし」
ニールは懐から透明な水晶を一つ取り出して笑う
「何より、旦那の知らない」
「この世界の事をよく知ってる」
「…それは?」
「記録水晶ってもんです」
「見たものや、聞いたものを記録する魔法石」
「旦那の言うアイドルにはうってつけで」
「仕入れるルートも持ってます」
…なるほど確かに
この世界にはCDもDVDも無く
知名度を上げるなら、人目に触れさすなら
地道にステージを重ねるしか方法は無いと諦めていたが
まさかそれに変わる物があるとは思ってもみず
「旦那のやり方にケチを付けるつもりは無いですし」
「彼女達を今さらどうこうなんて気もないでさぁ」
「ただ、知らないからこそ出来ることもあるでしょうが」
「生きてくなら必要な知識も物もある」
「それだけの話で」
「…この話にニールさんの見返りは?」
生産者ならいざ知らず
商品を卸すだけでは小遣い稼ぎにしかならないと
それは言うまでもなくわかっている筈で
「この水晶だって、それだけならゴミ同然で」
「それを旦那は宝に変える」
「なら、それを独占販売できる権利」
「どうでしょうかね?」
「勿論、利益は旦那達にもお支払いしますし」
「最初の仕入れは、こっちの資金でやりますよ」
そう言って彼は手を差し出す
ニールが口にしたのは願ってもない好条件であり
すぐにでも飛びつきたいが
だがそれ故に信用し切れない
「…旨い話には裏があるなんて」
「彼女達はまだ初ステージなのに随分と良い待遇ですね?」
一応の確認だけはしておこうと、そう聞いて
「…成功しようと思えば危ねえ橋を渡る瞬間があって」
「チャンスを前にして、なりふり構えねぇだけですよ」
「なんせいい歳こいて無職なもんでね?」
そんな自虐に俺は笑って
後先無いのは変わらないという彼もまた違う夢を見るのだと
「…細かい取り決めはまた今度にするとして」
「よろしくお願いします」
俺はニールが差し出す手を取り、そう告げた




