無意識の内で
ーー「やぁ、シロナ久々だね?」
軽い調子で私を呼ぶのは、愛してやまなかった人で
柔和な笑みは懐かしい記憶のままで
思わず駆け寄ろうとするが、首にかけられた鎖が音を立て
それは叶わずに
輪郭を失った、焦点の合わない風景と
僅かに覚える浮遊感に
ーーそれが、夢なんだと
無意識の片隅に見る幻想なんだと理解してしまって
首に付いた鎖に思わず苦笑いしてしまう
そんな、幻想の中ですら
何かに縛られて、自由ではなくて
愛しい人のその隣に立てないなんて
自分の想像力のなさを笑うのであれば
なら、彼がここに居ることすら間違いなのに
そんな幻想は消えようとはせずに
「…話しかけてるのに無視するのは酷いんじゃない?」
そう彼は面白がって言って
浮ついた幻想の中にある癖に、言葉は明瞭で
「まぁ、人の事を言えた義理でもないか…」
彼はそんな独り言を漏らし
「シロナって歌、上手かったんだね?」
「知らなかった」
まるで、聞いていたかのように
その場に居たみたいに告げられる言葉は
私の罪の意識が創りだした、逃避だと知っているのに
そんな物では償えない
消えない痛みを与えたのだと分かっているのに
「…意外だったかしら?」
「私にも出来ることが有るのよ」
謝罪でも、懺悔でもなく
口を継いで出たのは、彼と暮らして生きた時の様な
取るに足らない雑談じみた言葉で
「シロナの事はよく知ってると思ってたんだけどなぁ」
「ホントにびっくりしたよ」
彼もそれに合わせる様に
頭を掻きながら、苦笑いして
それは、彼が何かを言おうとする時の
言いたい事を隠す時の癖だと知っているけれど
聞いてしまえば、幸せな夢は終わるんじゃ無いかと
ずっと聞けずにいた仕草を前に
でも、これは私の創りだした夢なのだから
どうせ、いつか無くなって消えてしまう幻想なのだから
そこにあるのは所詮、私の都合のいい答えなのだから
聞いてしまおうと決意して
「ご主人様は、どうして私を…」
「そこにある結末を知って、愛してくれたの?」
聞きたかった答え、なのに知りたくは無いそれを
口にしてしまって
彼は諦めたように息を吐きだして
まるで馬鹿馬鹿しいと自分でも思ってると言いたげで
「…それ言わせんの?」
「つーか口にしたら凄い嘘くさいんだよ」
「…だってさ、何言ったって俺はシロナを買って」
「シロナに拒否権は無かったわけで」
まるで、後悔するように
「当たり前だけどさ」
「…そこに俺しか居なかったら」
「愛されたいと思うならさ」
「シロナは俺を好きになるしかないじゃん」
まるで、それすら無理強いしたと
彼はそんな言葉を漏らして、淋しげに笑う
「満足いく生活すらあげられない俺に買われて」
「何も無い檻の中で飼われて」
「それでも好きだなんて言うしかないじゃんか」
痛みを堪えるようにして告げられた答は
私の思うものではなくて
そんなふうに彼が思ってたなんて、気が付かなくて
「…ほんと、馬鹿みたい」
「誰でもいいから好きなんてそんな女に思われてたの?」
「…そうじゃ無いけどさ」
「でも、選択肢はそれしか無かったじゃん」
「一つしかないのに選んだとは、言えないでしょ?」
彼はそんな屁理屈を捏ねて
どうしてこうもお互いに怖がりなのかと呆れてしまって
「貴方は星の数ほどある人の全員を見て、私を選んだ?」
「そうじゃないでしょう?」
触れないように、窺うようにして
いつも私達は簡単な道を遠回りして生きて
ーーどうせ夢なら、ちゃんと伝えて
少しくらい恥ずかしい事を言ってもいい?
「私は貴方が好きよ?」
「名前も知らない、心の内も分からない」
「そんな貴方が愛おしい」
「ご主人様はどうなの?」
彼は溜息をついて
恥ずかしさを誤魔化すようにして
「…今更言っても、もう遅いけどさ」
「何が変わるわけじゃ無いんだけどさ」
そこまで言って、彼は悪戯っぽい笑みを浮かべて
「…月が綺麗ですね」
ーーこの場所に月は無くて、昼も夜かも分からなくて
挙句、そんな前置きから繋がる言葉には思えずに
「……全く意味が分からないんだけど?」
意味を考えていると
彼はそんな私を置いていくように
「んじゃ、時間みたいだから俺はこの辺で…」
当たり前みたいに、去ろうとする彼を見て
いつか私を置き去りにしたそれを思い出して
「…っ馬鹿じゃない」
「こんな世界に独りにして!」
「……寂しくて、辛かったんだよ?」
その言葉に彼は振り向いて、一歩ずつ近づいて
「…だから、俺はシロナを縛ったんだ」
「命令なんて言葉で」
「生きることから逃げないで欲しかったから」
彼は私の首に付いた鎖を撫ぜるようにして
「だけど、もう要らないかな」
「シロナと一緒に生きてくれる人は居るんだから」
「……君と歩む人は其処に居たんだから」
そして彼はその鎖を解き、笑みを向ける
「だからこれは、命令じゃなくて」
「もうご主人様じゃない、俺の願いで」
「ただの独り言だから、聞き流してほしい」
「その隣を歩むのが俺じゃないのは悔しいけど」
「ずっと、そんなふうになりたかったけどさ」
「何が無いからなんて、言い訳し続けた」
「これは俺のせいだから」
「…どうか、幸せに生きてよ」
「誰かの夢になって?」
彼はそれだけを言って、一歩ずつ遠く、遠くなって
「最後まで逃げるの?」
「…居なくなっちゃうなら、聞かせてよ!」
ずっと知りたかった答えを言わぬまま
遠くに行こうとする彼に叫んで
最後に彼が告げた言葉は
ーー「それは、君の帰りを待つ人に聞いてみなよ?」
その瞬間に飛び起きて、周りを見れば
バックヤードのソファーに寝かされていたと気が付いて
そこに居たのは彼でも、リーフィアでもニナでも無く
心配そうな顔を浮かべるアヤトだった




