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オンステージ

「…テメェ等、いつまで遊んでんだ」

キッチンに入って、早々言われたのはそんな言葉で

「スイマセン、ちょっと立てこんじゃいまして」

自分の動きが悪かったのは自覚しており

ホールもキッチンも慌ただしい中必死に回していて

そんな文句を言われたのかと、頭を下げるが


「人の仕事取ってんじゃねぇよ」

「…さっさと始めやがれってんだ」

コルベットはニッと笑い


「あの娘等をウエイターとして働かせてくれるってんなら大歓迎で給料も払うが、テメェはそうじゃねぇんだろ?」


「だったら此処で成すべき事を成せ」

「偉そうなのは口だけじゃねぇんだろうが?」


「…でも、それじゃホールが瓦解しますよ?」

ひっきりなしのホールを前に

コルベットがそれを解っていない筈も無く

「なら、アヤトが副支配人でもやるか?」

「給料は弾んでやる、後悔はさせない」


非常に魅力的な申し出で

俺を買うと、そうコルベットは笑って

確かに認められていると、確信できて


「…非常に有り難い申し出ですけど」

「ご遠慮しときますよ」

「誰でもいいなんて、そんな物にはなりたくないんで」


そんなふうに生きる道は幾らでもあった

俺ももちろん、アイドルなんて偶像が世界を変えると

そう豪語した彼女にも


ーーだけど、それを選ばなかった

自分という物に価値があると、必死に抗って


個人たる象徴とは何だ?

才能か能力か、はたまた容姿か

それとも種族なのか、出自なのか


そのどれもが違うと俺は断言できる


コルベットが見るのは

同じだけの人材が居れば、容易に変えの効く代替品で

夢みなくてもなれる物で


「…半端な気持ちで受けたら」

「コルベットさんの夢に失礼ですしね」


「そこまで分かってんだったら、さっさと行ってこいよ」

「見習いが副支配人なんて、勘弁だからな」

気がつけば、コックコートに身を包んでいる

何時ものキッチンの面々がそこに居て

「…皆さん、揃ってどうしたんですか?」

いつもなら向こうの店も慌ただしい時間のはずだろうと

それを危惧するが


「総料理長様が、今日は店休だとよ」

どうやら、手伝いに来てくれたとそうらしく


「折角の休みただってのにコルベットさんも人使い荒いよな」

「…奴隷使いの間違いじゃね?」


ぶーたれながらも、みんな持ち場に着いて

スープ係の彼は鍋の中身を見てしかめっ面をする

「凄い見た目してるけど、これ売る気なの?」

そこにあるのは俺の作ったカレーもどき

「…勿論、俺の自信作で」

「彼女達を見たら食べたくなる事請け合いですから」

前掛けを外しながら、俺は笑顔を返して

「じゃ、ちょっと抜けます」


そう言って俺はキッチンを出て


ーー残った面々は顔を見合わせて頷きあわせ

調理しながら誰となくそれを聞く


「今日の賭けは、これで決まり?」

「…だろうな」

一同は、鍋の中身を見直し

「賭けの対象はこのゲテモノが売れるかどうか」


「売れると思う奴」

それに全員が手を挙げて

思わずコルベットは苦笑してしまう


「…お前らもなんだかんだ、夢見がちだよな」

「いや、大穴狙いのつもりが、これじゃ賭けにならねぇし」

そんなふうに狼種の彼は笑い

「じゃあこれが何食売れるか、それを賭けるとしよう」


「因みに自分達で買うのはノーカンだ」

「…そりゃねぇだろうよ、コルベットさん」


それを聞いた厨房の面々は異議を唱えて

どうやら、売れると言った根拠は自分達が買うからと

それらしく

「まぁ、やるだけやってんだから」

「一食くらいは客も頼むんじゃねえかな?」


いつも遅刻ギリギリに滑り込み

休憩の時間は睡眠に当てて

そんなふうに自分をすり減らしながら

アヤトが必死に描いた夢


そのために生きる姿は

自分達がずっと昔に置き去りにしたもので

今の自分たちが、そうなれないと思いながらも

だけどせめて、少しでも報われるべきだと


そうじゃ無ければこの世界で努力する意味が無いと

そんなアヤトを見てきたから


「…んじゃ10食で」

スープ係の彼はそう言って

「20は行くんじゃねぇの?」

大穴狙いと言っていた狼種の彼はそれに賭ける

最後にコルベットは冗談じみた口調で

「…売り切れ御礼に賭けよう」


彼の努力と、彼女達の尽力と

神に願うなんて、それでは無いが


せめて、願掛けじみた言葉を口にして

彼らの成功をコルベットは祈るのだった


ーー彼女達をバックヤードに引っ込めて、着替えを待ち

「ホール大丈夫なのかな?」

一枚板越しに、ニナがそれを聞く

「大丈夫では無いだろうけど」

「コルベットさんが平気って言うから、平気だよ」


未だ客足は衰えず、ひっきり無しにドアベルは鳴り

それを遠くで聞きながら、俺はそう答えて


「皆は大丈夫?」

「ステージに上がってしまえば、どうする事も出来ない」

「…俺はただの傍観者で観客の一人だから」

「何か言いたいことがあれば今のうちに」


恨み言も、不安もそんな全てを解消できる術は無く

ただ聞くだけしか出来ないが、それでも


舞台の幕が上がれば、それすら叶わないから


無音になった扉の向こうで

それでも、布擦れの音は止むことなく

「…お兄ちゃんは後悔してない?」

「私達を選んだ事に」

囁くような静けさで告げられるのは

拭い去れない不安で


「…君達にしか出来ない」

「後悔なんてないさ」


夢を預けるに足ると俺はそう確信していて

やってもいないのに、そんなことを言うのはどうかと思うが

たとえ、失敗したって後悔はなく

「そうやって不安になるのは」

「本気の証拠だよ」

「どうでも良いならそんなこと思いやしない」


「それでもそこに立つのは」

「自分が信頼に足る自信があるからだろ?」

根拠無く、正解かは知れず

それでも道なき道を歩むと決めたのだから


「…アヤトさんは怖いですか?」

「私は怖くて、動けなくなりそうで」

「逃げ出したくて仕方無いです」


リーフィアは消え入りそうな声で

震えそうになる声を隠すように


「…怖いよ」

「今ここにあるのが俺の全て」

「失敗すれば自信も、誰かの善意も」

「君たちの成した努力も、その全ては否定されて」

「そんな責任は俺にあるんだから」

「怖くない筈がない」


失敗するのなんて簡単で

手を抜けばいい、諦めればいい


傷まないのなんて、楽で

適当な戯れ言で他人も自分も誤魔化して

そうやって、まだ本気じゃないなんて

自分はもっと出来るんだなんてそんなふうに逃げればいい


そんな誤魔化しを捨てて、本気で向きあえば

そこにあるのは何時だって恐怖で


全て賭けて足るかどうかを決めるのは

何一つ知らない他人だなんて

そんな、無責任があるだろうか?


「だけど、向き合うしかない」

「それが嫌なら世界に勝つしかない」

「ここに居ると声を上げて」

「そうやって、誇示するしかないから」


「…それでも足りなかったら」

「運が悪かったなんて、笑って」

「また、もう一度始めよう」


間違えない事こそが正しいのではなく

諦めなければ、夢は続くと知っているから


「…貴方の言う彼女みたいに」

「私達が途中で諦めたなら」

「アヤトは一体、どうするのかしら?」


そんな愚問は聞くまでもなく

それだけは俺の意志でどうと出来る物で

その答えは決まっている



「…決まってんだよ」

「そうならない為に俺がここに居る」

「誰が否定しようが、蔑もうが」

「君達を見続けるファンがここに居るんだ」


「…だから、君達はアイドルで、俺の夢で」

ーーいつか言えなかったその台詞を言おう


「泣いていい、愚痴をこぼしていい」

「口汚い言葉で罵ったって、たとえ世界を呪ったって」

「いつだって、偽って笑顔じゃなくていい」

「綺麗なだけが人間じゃないから…」

「どんな表情も、どんな姿も君達だから」

「観客の為に笑顔を向けるなら」


「…それ以外の全ては、俺にくれよ」


俺の望む特別は

すべてを見せていいと、ただそれだけで

辛さを悲しみを

それをぶつけて良いと、そんなもので


隔たれたドアは開き

そこに居る彼女達は僅かに震えていて


それでも輝いて、眩しくて

すべてを振り払うような笑顔を俺に向けて

その言葉は自分を鼓舞するように


「…じゃあ、行ってくるから」

「ちゃんと最後まで見届けなさいよ?」


ーーそう言って彼女達は、その一歩を踏み出したのだ





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