光と影の間に
「3番テーブルオーダー取ってきましました!」
乱雑に描きなぐった伝票をキッチンに渡し
「お酒のグラスなんですけど…」
「たから、奥の戸棚だって言ってんだ!」
どうやら、キッチンも戦場らしく
コルベットの良く通る怒声が響き渡る
オープンした店の客足は上々で
ひっきりなしに入れ替わり、立ち替わり
開いているテーブルは無く
「アヤトさん、6番テーブル行ってきますね?」
エプロン姿のリーフィアが料理の乗った皿を運び
「ちょーっと待ってくださいねー」
「そろそろ出来上がると思うんで」
ニナが笑顔で
料理はまだ来ないのかなんてクレームに対応していて
「いらっしゃいませー、二名様です」
シロナが笑顔でテーブルに案内する
…あくまで、コルベット
ひいてはあのレストランに雇われている身分の俺は
まぁ、しようがない
何故か彼女達までホールに立ち、接客をしていて
雇ったばかりのスタッフだけでは対応しきれず
そうで無ければとっくに瓦解しているこの現状では
「ここで、俺ら四人抜けたら詰むよな…」
彼女達の宣伝のおかげなのか
はたまた、何処からか噂を聞きつけてきたのか
どちらにせよ、喜ばしい事ではあるのだが
このままでは、彼女達を外してステージに立たせるなんて
そんなことは出来そうもなく
そうで無ければ、本当にただのメイド喫茶になってしまう
「このままだと不味いな…」
ホールに彼女達が姿を晒すほど
アイドルだなんて物とは認知されずに
ただ余興と、その本質は見えなくなって
どんな衣装に身を包んだところで
まるで、コスプレのようなチープさに見えて
何を歌おうと、所詮は戯言とそんなふうに
魔法は解けてしまって
全ては安っぽく成り下がって
肩書は、所詮そうでしかないけれども
それだけがあれば素晴らしい物になれる訳じゃないけれど
でも、どんなにそう言った所で周りが認めなければ
そう認識されなければ、いつかの彼女が言った通り
ゴミなんて名前のまま、奴隷のまま
名ばかりが、アイドルなんてそんな物で
ーーただ、彼女達が歌って踊って
それだけでいられる場所を作れなかったのも自分で
此処がなければ、アイドルとしてお金を稼ぐなんて
騙るだけの夢にしかならないと、俺は歯噛みする
乖離する、理想と現実の間で
逃れきれない現実と、望むべく夢の狭間で
偶像と入り混じった彼女が、最後に見せた笑顔を思い出して
「…苦しかったんだろうな」
それを成せねば、ただの妄言で
プライド一つ捨ててしまえば、ただの奴隷で
下らないものと思われてしまえば、幻滅され見向きもされず
きらびやかな光で、眩しくて見えない
そこにある仄暗さがほんの少しだけ分かった気がして
二律背反の中で必死に足掻き続ける
それこそがアイドルなんて事実に痛みを覚える
それを仕事だと、空虚な笑みを見せて
どんな感情すら切り捨てて生きてしまえば
ただ着飾った人形に成り果ててしまえば
個人なのだから、個性なのだからと
好きも嫌いも余すことなく出してしまえば
誇りを驕りと、尊厳を怠慢と吐き違えてしまえば
決して成り立つことの無い
それは完璧な理想に似て、どこまでも不完全で
ーーどうして、彼女はそう生きようと願ったのか?
そんな疑問の答えは未だ見えず
動きの止まった俺を見てシロナは苦言を呈す
「アヤト、ボケっとしてないで」
「さっさとオーダー取って来なさい」
この数時間でウエイターが様になってきたシロナを見て
何一つ文句を言わず、それをこなす彼女達を前に
俺が弱音を吐くわけにはいかない
「…悪い、行ってくる」
テーブルを3つほどくっつけた大所帯
そのテーブルの前に顔を出せば
「お前…何やってんの?」
そこに居たのは、作業着を着た獣人達と人間が一人
いつも日雇いでお世話になってる一団で
不思議そうな顔で俺を見ていて
「何って…ウエイターですけど」
「あんだけ働いてれば食うには困らないんじゃないか?」
確かにここしばらくは、衣装代捻出の為に
働きづめの毎日であり
一人で生きる分には事足りるだけの金額は貰っていて
不思議がるのも無理は無く
「…おまたせしましたー」
リーフィアが酒の入ったグラスを運んできて
彼等と言葉を交わしている俺を見て聞く
「アヤトさん、知り合いですか?」
「うん、いつも夜働いてる所でお世話になってる」
彼等は、首輪の付いたリーフィアと俺を見比べて
「フィアちゃん、お兄ちゃん、ヘルプ!」
「私一人じゃ運びきれないよ!」
大量の皿を抱えて駆けずり回るニナが通りすがりに
俺達に声をかけ
「…手伝ってきますね?」
にこやかな笑みで、グラスを配膳したリーフィアは
その場を離れて行って、それと入れ替わるように
「…アヤト、コルベットさんが呼んでるわよ?」
「オーダー変わるから、行って来なさい」
その一団はシロナの持つ狐耳と金色の目を見て
訝しげな表情に変わる
「エルフに子鬼とそいつ等を見て、色狂いかとも思ったが」
「どうやら、それも違うみてぇだな?」
ーーコルベットも同じ感想を漏らしていて
俺はシロナがなにか違うのかと、そう問いたくなるが
「…さっさと行きなさい」
「あなたのやらせたい事はウエイターなの?」
そうシロナに叱咤されてアヤトはキッチンに向かい
一人残されたシロナは笑みを向ける
「オーダーをどうぞ?お客様」
それに答えたのは、たてがみの有る獣人で
「…随分と必死だな」
「そんなにアイツに知られたくねぇのか?」
彼がキッチンに消えたのを見届けて、シロナは息を吐き
「…別に不必要な事をわざわざ言う気が無いだけです」
「オーダーが無いなら下がりますけど?」
アヤトも、多くの人間達も知らず
それに思い至らない
弱肉強食の世界の中で、弱く何も無い種族は生きられず
淘汰されると言うのであれば
彼女もまた、生きるための牙を持つのだという事を
同じ世界に生きた獣人のみぞ知るそれは
いつか言ったその言葉は
逃れられない本能で、目を背けられない罪で
彼を喰い千切った牙だから
触れられない偶像なら生きていけると
私はそう生きるしかないのだ




