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月明かりの下で

「これって何処に向かってんの?」

手を繋ぎ、街の灯りの中を抜けて

暗い中照らすのは僅か雲の切れ間から覗く月明かりだけの

森の中をシロナと俺はゆっくりと歩いていく


シロナは、ぼんやりと遠くを見るような目で

月明かりを受けて輝く髪は幻想じみていて

表情はどんな温度も感じさせなくて


「…着いたわ」

木々の切れ間、少しだけ広い空間の広がるそこで

シロナは立ち止まり、俺を見る

「此処は?」

一見すればただの空き地で、中央に近いところに

赤い花が植わっていてそれ以外には何も無く

シロナは痛みを堪えるような顔で

「…アヤトは私の過去を何処まで聞いたかしら?」


俺がリーフィアに聞いたのは、断片的な物でしかなく

継ぎ接ぎしてみれば、想像はつくのだが

それはあくまで、俺の空想の産物でしかないと


「聞いたのは、最初に買われた時のこと」

「…そして、捨てられて帰ってきてそれからを少し」

「聞いたのはそれだけだよ」


それを聞いたシロナは笑って

「随分と優しい嘘ね」

「…リーフィアは捨てられたと、そう言ったのかしら?」


戻って来たのなら、それぐらいしか考えられず

リーフィアに言われた訳でなくて

ただ、俺がそう解釈しただけだった


「いや、そうは言ってなかった」

「違ったなら、謝る」


シロナは悲しそうに俺を見て

「捨てられたなんて」

「…そうだったら、どれだけ良かったかしらね」


「私が無力だから」

「役に立たないから」

「可愛くないから、獣人だから、ゴミだから」

「どんな理由でも良かったわ」

「そのどれでもいいから、そう言って欲しかった」


願うような言葉は、ひどく淋しげで

「アヤトの前にもう一人、私がご主人様と呼んだ」

「そんな…優しい人がいたの」


懐かしむような言葉はもうずっと前の事を語るようで

俺と合っているはずの目は、違うものを見るようで

「そこで、私はシロナって名前と」

「ほんの些細な幸せと」

「…解かれる事の無い鎖を貰った」


並べ立てた、すべてを愛おしむ様に

シロナはそう俺に告げて


「此処には私の全てがあるの」

「父と母と、そして前のご主人様が居て」

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試すように俺を見て、笑うシロナは

そのどれもが本当だと言いたげな顔で


今にも泣き出しそうなのに

それは赦されないと、堪えるように


ーー此処は墓場なのだ

大切な人も、些細な幸せも、それを望む心も

全部を葬り去った墓地なのだと気がついて


「…どうして、此処に?」

多分それは彼女にとって大切な場所で

俺が土足で踏み入っていい所じゃなくて

ならどうしてこの場所に俺を連れてきたのだろうと


「…ちゃんと、決別しようと思って」

「今まで私はこの場所に縋って生きて」

「いつまでも夢を見られても迷惑だろうと思うから」

シロナはそう儚げに笑い


「一人は怖いから、アヤトはただの道連れよ」

そう言い残して、彼女は花の咲く場所にしゃがみこんで

優しい声音で話し始める


「…お父さん、お母さん」

「私ね、明日からアイドルって仕事をするの」

「綺麗な服を着て、歌って、踊って」

「皆が見るステージの上で生きていくの」


シロナは俺の方にチラリと目をむけて

「…そして、コレが私の新しいご主人様」

「いつも馬鹿な夢ばかり語って」

「なんにも出来無いくせに必死になって」

「それでも、私を見てくれる人」


まるで、そこに居るかのようにシロナは話し続けていて

触れたら壊れてしまいそうな儚さの彼女を

抱きとめることも出来ないまま

ただそれを眺め続けていて


ーー俺はどうすればいいんだろう

寄り添うことも、言葉を掛けることも

どんな全ても届かない場所に彼女の心はあって


そんな心を見透かすように

「…大丈夫よ、アヤト」

「いつか貴方が言ったとおり」

「そんな全ては望んでないわ」


断ち切るような鋭さで

シロナはそう俺に言い切って、笑みを向け


「やっぱり人に聞かせるものじゃ無いから」

「ちょっとだけ離れて貰っても良いかしら?」

「付いて来てくれただけで、もう十分だから」


苦しそうに顔を歪めて、寂しさを携えた目で

シロナが願ったのは、簡単なことで


まるで、鉛を詰められた様に

彼女に近づく為のその一歩を踏み出せなかった足は

遠ざかる為なら、あまりにも容易に動いてしまい


「…分かった」

「来た道で待ってる」

口から出るのは、安堵に似た言葉でしか無く

「…ありがと」

告げられた感謝は、それが正しいと肯定するようで


ーーそれでも、一歩踏み出す度に

彼女との距離が離れるほどに、軋む心は

俺の全ては、「違うだなんて」塗りつぶそうとして


何で、俺はここに居る?

どうして、この場所で息をする?


どんな言葉でなら、俺を騙し通せる?


例えば、望んだからなんて言えば

物と呼んで欲しいと、人として愛して欲しいと

そんな言葉を無視した癖に都合がいいと思ってしまって


なら、俺には関わりないとそう言えば

始めから、こんなまどろっこしいやり方をしようとした

それを夢と呼んだ俺すら否定しようとして


いくつも浮かぶ言い訳の数だけ

それは違うと、囁く俺がそこに居て


「君にしか出来ないこと」

「俺にだけ出来ること」


ただ息をするだけで精一杯の俺は

この場所で何になれるのかと問い続け


チラつくのは、シロナの笑顔と

そして、遠くで光る宝石の誰に向けられた物でない

皆の為のその表情で、俺は奥歯を噛み締める


逃げ出そうとした足を理性で抑えつけて踏み留まり

言う事を聞かない身体を抉るように動かして


ーーただ、それは逃げているだけだ

背負いきれないからなんて、誤魔化して

何も無いからなんて、言い訳をして


耳触り良く、自分に都合の良い全ては

逃避だと知っている筈だと


一人佇む、シロナの下に

踏み出せなかった、その一歩を踏み出して

「…やっぱ暗くて怖いから、此処に居て良い?」


あまりにも馬鹿げた言葉が口から出てきて

苦笑いをするしか無く


振り向いたシロナの目には大粒の涙が浮かび

祈る様なその姿は贖罪のように見え

「…恋人同士の会話を盗み聞きしたいだなんて」

「随分といい趣味してるわね?」


震える声で告げられたのは……

俺の思い描いていた全てと違うそんな関係で

「何しに来たのかしら?」


「夢は追わなきゃ、叶わないって」

「よく分かってるからさ」


ーーそれは、俺の懺悔だ

夢と履き違えて、遠くにあると誤魔化して

ずっと逃げてきた言葉だから


変わろうと願う癖に、それを嘯く癖に

最後まで誤魔化し続けようとした本物の願いは


「俺は特別になりたい」

「他の誰に認められなくても、それでも」


凡人たる俺が望むには過ぎた

何も持たぬ自分には、遠すぎるその夢に


シロナは薄く微笑み

「こんなろくでもない世界に一人で生きていけないけど」

「貴方が言ったとおり、そんな人は確かに居たから」


「だから、私は貴方がくれた」

「…最初で最後の命令の通り、生きるわね?」


俺には知り得ぬ、約束を果たすと

シロナはそれだけを言って俺にもたれかかり

「…ねぇ、少しだけこうしていて良いかしら?」

「愛してなんて言わないから」

「寄り添って欲しいなんて望まないから」

そう言いながら、堪えきれない涙は頬を伝い

シロナは静かに嗚咽を上げて


「…別に、気にしないでいいよ」


俺はシロナの望む誰かにはなれなくて

そして、シロナは俺の望む彼女にはなれなくて


「…此処で身体を預けられるのは」

「そんなふうに、出来るのは俺しか居ないもんね」


それは、シロナの望む彼が居ないからと

ここに居るのべきは俺では無いと

偶像だなんて所詮、そんなものだと思うけど


確かにそれは、いつかの様に

コンビニの廃棄弁当をくれる奇特な夜勤店員だなんて

下らない生きる意味とおんなじの


誰でも良くて、誰もはそうでない

ここに俺がいる価値だと言えるだろうから




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