決戦前夜
「…いよいよ明日だね」
洋服屋から家に戻り、少し早い夕飯を済ませた後で
ニナは衣装の入った紙袋を抱きしめるようにしながら呟き
「…そうだな」
「君達の初ステージだ」
出来る事は全てやったと、まだ始まってもいないのに
変な充足感に顔が緩みそうになるが
彼女たちの表情は僅かに強張っていて
そんな緊張を少しでも解そうと
「緊張するのも分かるが」
「今からそんな調子じゃ始まる前に倒れるぞ?」
そんな言葉を掛けるが
ニナはぶーたれるように頬を膨らませて
「お兄ちゃんは舞台立たないし緊張しないかも知れないけど」
「こっちはそれどころじゃないって」
そう冗談じみて言えるだけニナはまだマシな方で
リーフィアはさっきからブツブツと何事か呟いているし
シロナといえばまるで魂でも抜けたかのように呆けていて
「……無視は堪えるからね」
諦め半分に口にすれば、やっと気が付いたようにリーフィアが
何事かの呟きを止めて
「えっと…アヤトさん何か言いました?」
別に何のためになることは喋っておらず
だからといって、彼女達の追い詰められたような表情を見て
先程の言葉を繰り返す気も起きず
「リーフィアはさっきからなんの呪文を唱えてるの?」
「これ、緊張しないおまじないなんですけど」
「人に囲まれたりとかそういう感覚」
「もう忘れかけちゃってたんで思い出そうかと…」
そしてまたリーフィアは虚空を眺める様にしながら
口から溢れるように、漏れ聞こえるのはーー
「失敗しちゃダメ」
「間違えちゃダメ」
「ちゃんと笑顔を作らないと…」
「そうじゃなきゃ私は」
おまじないだなんて、可愛げのある物ではなく
戒める様に、己を縛るようにするそんな言葉に縋るようにして
「リーフィア」
「一回ちゃんと俺を見て?」
笑顔を作ってリーフィアの前に立ち、その手を取る
「…失敗しても良い」
「間違えたって良いんだ」
「だから、そんなふうに自分を追い詰めるな」
全部が全部上手くいくなんて
思い描いた通りの結果が出せるなんて
そうじゃない事は分かってる
そんなのは思い上がりで、幻想で
「今ある精一杯を」
「やりきったと自分が誇れるステージにすればいい」
確かに、上手く行かなければ
今よりもっと苦しい生活になると知ってて
「俺は君達を選んだ」
「いつかアイドルとして輝けると、それに賭けた」
その瞬間は明日かも知れない、一年後かも知れない
もっと先かも知れないけれど
「明日が駄目なら、明後日」
「それでも駄目ならずっとずっと」
「ちゃんと見てるから、そうなれると信じてるか
「だから、精一杯楽しんで欲しいんだ」
「アイドルになりたいと」
「それを続けていきたいと思える様に」
そこはまだゴールじゃない
君達が輝き始める、そんな星屑の軌跡の始まりだから
「…ありがとうございます」
「もう、大丈夫です」
俺を見ていたリーフィアはニコリと笑って
「明日寝不足で動けなかったなんて」
「そうなったら後悔しか残らないんで、先に布団入ってます」
ペコリと頭を下げて、リーフィアは隣の部屋に消えていって
それを見ていたニナが感心したように
「フィアちゃんが男の人に触られて怯えないなんて」
「お兄ちゃん、女ったらしの才能あるんじゃない?」
確かに最近は俺に対しては幾分マシにはなったが
リーフィアはいつも自信なさげにおずおずと喋っていて
人間が怖いのかと思っていたが、男が苦手だったのか…
そして、ニナの言う才能に俺は噴き出してしまって
「そんなのあったら、もう少しマトモな人生だった」
「俺には何も、特別な物は無いよ」
誰でも出来る事しか出来ない
特別たる、それにはなれないけれど
「でも、強いて違うところが」
「自分が他と違うと胸を張って言えることが1つだけ」
ニナは面白がるようにして
「…なに?」
「クソほど諦めが悪くって」
「馬鹿みたいな夢を恥ずかしげも無く語れる所」
「それだけは他と違うと自負してるよ」
出来る力を持つことと、使うことは違う
例えどんなに優れていようと、動かなければただのデク人形で
そんな原動力さえ無くしてしまえば宝の持ち腐れで
驕ってしまえば、見下してしまえば、諦めてしまえば
どんな才能も、力も、想いすらも
ただ、無意味と変わるから
「そして俺が何も出来ないなら、簡単な話で」
「出来る力を持つ人に頼めばいい」
衣装もステージも歌も踊りも
その全ては俺には用意できなくって
すべてを輝かせる、俺に出来ないことを成すアイドルは
目の前にいるとニナを見やる
「…フィアちゃんやシロっちに期待するのは分かるよ」
「踊りが上手い、歌が上手い」
「そこに価値を見出したのは、よく分かってる」
そこでニナは苦しそうな顔を作りながら
「なら、あたしに期待するのはなんで?」
確かに踊りはリーフィアの方が、歌はシロナの方が
目立つし、上手いと言えて
それでも、彼女もアイドルたる素質があると
確信を抱いて声を掛けた
「…最初に俺に言ったこと覚えてる?」
「えっと、歌も踊りもやった事ないよって…」
ニナは顎に手を当てて考えながら、自信なさげにそう言って
「その後何が出来るか聞かれた時に、なんて答えた?」
「…出来る事を精一杯やるって」
「ニナは無力で、求められる何も持ちあわせていなかった」
そう言われた瞬間ニナの顔は苦痛に歪むように
ただ、唇を噛み締めてそれを堪えて、笑顔を作る
「そーだよね、私非力だし、スタイル悪いし」
「向いてないけどこれしか無いんだもん」
その言葉に俺はニッと笑って
「俺はニナのそこに惚れたんだよ」
ニナは溜め息を吐き出しながら
「お兄ちゃんがロリコンって事でいいの?」
全く彼女達は人の事をロリコンだのマゾだのケダモノだのと
好き放題言ってくれて
「…違げぇよ」
「何も無いと知って、無力だと理解してなお」
「ニナはまだ諦めない」
「そうじゃないって、歯を食いしばって笑うんだろ?」
その奥底にある、狂おしいほどの感情すべてを
笑顔に変えて、戦おうとするのだから
「…はぁ」
「ほんと、買い被りも良いとこだよ」
そんなふうに苦笑いして
「まだ、お兄ちゃんは届いてなくて」
「あたしの本当を見つけてない」
「シロっちも、フィアちゃんとも違うって」
「そのうち嫌でも、気がつくかな?」
まるで、思わせぶりな言葉に
「なに?どっかの国の王女様とかそういう」
「物語的な秘密でも隠し持ってんの?」
良くありがちなそんなテンプレを聞いてみるが
そんな俺の言葉を可笑しそうにニナは笑い
「…何も無い普通だよあたしは」
「んじゃ、あたしも明日に備えて寝るねー」
「おやすみ?お兄ちゃん」
ニナは手をひらひらと振って最後にいたずらっぽい笑みで
「…もしシロっちとそーゆーことするんなら」
「私達が寝てからにしてね?」
まるでそんな事は無いだろうといわんばかりに
言い残して、ニナは隣の部屋に消えて
「…ホント好き勝手言い過ぎだ」
「なぁ、シロナ?」
ぼんやりと俺と二人の会話を眺めていたシロナは
俺に目を向けなおして
「…そうね」
もっと苛烈な、例えば
「こんなケダモノとそんな事するなんてあり得ないわ」
とか、そんな感じの暴言か、はたまた皮肉かを予想していた俺は肩透かしの様になってしまって
そのまま、何を言う訳でもなく見ているだけのシロナに
そんな空白を誤魔化すように声をかけて
「シロナも緊張してるの?」
「緊張と言われると、分からないけれど」
「いま布団に入っても寝付ける気はしないわ」
「まぁ…分からなくもないけどな」
そんな一言では表せない入り混じった感情を
多分、皆同じ様に抱えているように思えて
「二人が何を考えてるか知らないけど」
「本当に…余計なお世話よね」
チラリと壁に掛かった時計をシロナは見て
それが指すのは、まだ夜の八時を過ぎた頃で
寝るなんてそれは多分、気を遣っていたのだろうと
なんとなく察するが
ーー俺にか、はたまたシロナにかは良く分からず
「アヤト、寝付けそうにないがてら」
「運動でもしないかしら?」
「…はい?」
ニナに言われたせいで
運動なんてそんな単語でほんの一瞬、頭を掠めて
シロナは呆れ返るようにしながらの
「何を期待してるか知らないけど」
「…ただの散歩よ?」
「…ですよね」
別に期待とかしてないし、何だったら分かってたし
それでも、どうして俺の言葉は若干失意が混ざって聞こえて
くだらなさそうにシロナは
「アヤトが望むなら別に…構わないけれど」
「そうなったら、もう後悔しても遅いわよ?」
「…勘弁願いたいね」
アイドルに手を出す
プロデューサーだのファンだのは滅べばいいし
そんな無責任極まりない事をするつもりは……
理性が勝っている今の所無くて
シロナは俺に手を差し出して
「じゃあ、月明かりの下で夜の散歩と洒落こみましょう?」
「…この手は?」
「あら、リーフィアとは繋ぐ癖に私とは嫌かしら?」
シロナはそう笑って言って
戸惑いながらも俺は、その手を取り
「…エスコードは期待しない方向でお願いします」




