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未だ何と知らぬまま

「新しくレストランオープンするんでお願いしまーす」


そう言いながらニナはチラシを差し出すも

歩く男はまるでそんなもの見えていないかのように

目もくれず、素通りしていって

すごすごとチラシを手にしたまま戻り

リーフィアを見ても、そんな枚数を作った訳でないチラシは

殆ど減っている様子が無く、ニナは声をかける


「いやー手厳しいね」


それを聞いたリーフィアも小さく息を吐き出して

「…ですね」

「話しても無視されるし、見もされないです」


本来なら、そんな反応こそが正しいと

それが当たり前なのだと、二人も分かってはいるが


「日々、お兄ちゃんとしか接して無いからなー」

「こういう感覚忘れてたよ」


「そうですよね」

「私もこんなに苦しいと思うなんて想像してなかったです」


まるでゴミだと、価値が無いと

世界から見放されていると思ってしまう

そんな孤独感にも似た感情は


彼と出会う前までは、意識するまでも無く

ずっとそこに在り続けていて


もはや、どんなふうに痛みを堪えてたのかなんて

そんな事すらも思い出せなくて

二人は声掛けを続けているシロナに目を向ける


彼女はニコニコと天使の様な微笑を浮かべながら

歩く男の視界に入るようにして

進路を塞がれた男は苛立ちの篭った目でシロナを見て

目があった瞬間にシロナは満面の笑みを浮かべ

手に持つチラシを差し出す

「…何?」


「えっと、今度レストランが出来るんで」

「そのお知らせです」


明らかに好意的に思われて無いと知りながら

それでもシロナはにこやかに微笑み続けて

根負けしたかのように男はチラシを受け取って

それに目を通して、その後にシロナの首輪に目をやり

「…君達がウェイターするの?」


「ウエイターじゃないんですけど」

「そこで出し物するんで、もし良かったら見に来てください」


シロナはそこでペコリと頭を下げて

リーフィア達の所へ戻ってニナがシロナに声を掛ける

「シロっち、珍しく外面完璧だね?」


普段の彼女からは想像できない言葉遣いに、笑顔を見て

ニナは面白そうにそんなことを言って

シロナは皮肉交じりに

「…普段の態度でなんかやってたら」

「このチラシ一枚も無くならないわよ」


その言葉は、彼女がいつもアヤトに

不躾な態度を取っているのだと自覚してるように聞こえて

「シロちゃん…自覚あったんですね」

感心したようにリーフィアが言って


冗談めかしてニナもそれに同意する

「自覚あるなら、お兄ちゃんの前でも、もう少し可愛げのある態度取ってあげたら?」


「そうですよ、シロちゃん嫌われちゃいますよ」


非難なのか、心配なのか

どちらにせよ心底、馬鹿馬鹿しいとシロナは溜息を吐き出し


「嫌うならそれで構わないわよ」

「むしろ、そっちの方がせいせいするわ」


半分諦めのように、口を継いだのはそんな言葉で

「人間なんか好きにならないし」

「好きになられたって困るだけだもの」

()()()()()()()()


甘ったるい夢の様な日々を過ごす中で

喪失の痛みも、叶わないと知った絶望さえも

忘れかけそうになっている自分を戒める様にシロナは呟き


その言葉の意味を知る二人は俯いてしまう


彼は知らないのだ

そしてシロナはそれを伝える気も忠告する気もない

…というか、そんな態度を取ってなお

普通に接せられてしまってはどうしたらいいか分からず


「アヤトと色恋沙汰になるなんて」

「それだけは無いと、貴女達は知っているでしょ?」


「まぁ…ね」

「分かってはいるけどさ」

苦々しく、呟いたのはニナで


幸か不幸か彼はこの世界の全てを知らず

それだから、私達をアイドルにしようなんてそう言って


「触れることのない偶像だから」

「私はそれになれる」


「だから、私にそれ以上は望み過ぎなのよ」

悲しげに告げられた言葉は


それはどっちの意味だろうとニナは考えてしまって

彼が私達に望む、理想こそが高望みとも取れて

そしてそれ以上に…


そこまで考えを巡らせたニナはその思考を辞める

聞いた所で、だとした所で何も変えられず


シロナは願うように続ける

「私達と同じと言ってくれた」

「何も変わらないと、そう言ってくれたから」


ーーだって、それは無知ゆえの優しさで、残酷な言葉で

彼が望んだ、間違いなら正して欲しいなんて

想いからはかけ離れているけれど


それでもアヤトは、ご主人様と呼ぶ彼は

シロナとして生きて欲しいと

自分の感情のまま生きていいとそう言ったから


これは些細な反抗で、抵抗で

人になれない私が、決して同じではない彼等と

同じ夢を見て、そう生きたいと願うから


「彼の夢として、私は生きて」

「彼の望むアイドルになって」

「それで十分よ」


世界を変えると言った彼の夢に

同じと言ってくれた優しさに

そして、そんな夢を見た愚かさに

せめて報いて、それなら許されるからと


そんな話をしていれば

仕事を終えたであろうアヤトが駆けて来るのが見え

シロナの表情は、澄まし顔に変わる


「シロっちって純情だよねー」


「そんなこと無いでしょうよ」

「純真無垢なんて言葉からよっぽどかけ離れてると思うわ」

そう、シロナは自嘲気味な笑みを見せ


それでも、遠くにあると呼ぶには近すぎて

それでいて交わる事のない彼を見るシロナの目は


「遅いわよ、何やってたの?」

「…悪い、衣装アレで良いって言ってなかったからさ」

「ちょっと寄ってた」


「…段取りも手筈も悪い事この上ないわね」


近すぎて必死に間違えないようにと

わざと暴言を浴びせているような言動は


ただ無知ゆえに、そんな感情との向き合い方を知らず

未だ与えられた自分なんてものを持て余すようで


「なんだかんだ言ってもさ」

「…恋してるようにしか見えないんだけどなー」

「…やっぱりそう思います?」


アヤトと話すシロナを見ながら

二人は誰に聞かせるわけでないそんな言葉を漏らした




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