据え膳食わぬは?
遅刻ギリギリで滑り込んで、レストランでの仕事を終えた俺は
目の前にある皿に盛られた、カレーもどきを一口食べたまま
なんの言葉も発さないコルベットを黙って見続けて
「…幾らで出すんだ?」
聞かれたのはその値段であり
「銅貨10枚位で考えてます」
…この世界の通貨は金貨、銀貨、銅貨の3つだけで
銅貨100枚で銀貨1枚分であり
そんな銀貨は10枚で金貨1枚分
そして、このレストランが提供するコース料理は
大体、銀貨2〜4枚程なので
無理矢理、現代通貨に換算しようとすれば…
銀貨1枚は1万円位の価値と言えるのだろうか?
そして、そのレートで換算すれば
提供しようとしている金額は1000円程という事になり
妥当なのかどうかは、俺にはよく分からず
「高いですかね?」
それを聞かれたコルベットは腕を組みながら考えて
おもむろに口を開く
「スパイスが…6種類か7種類」
「入ってる材料はそんな単価高くないとして」
「一食の原価は銅貨3枚って所か?」
一口食べ、あとは匂いでスパイスの数まで当てられ
流石の芸当という他なく
言われた原価も市場状況に多少左右されるが
大体そんなものであり
「合ってますけど、それじゃ売れませんか?」
「むしろ、味だけで言うなら」
「もう幾らか値上げして売るべきとは思う…」
言い淀んだのはやはり彼女達と同じ結論に至ったのだろうと
コルベットは鼻が効き、そして料理人だからこそ
躊躇無くスプーンを口に運んだが
やはりそれは、戸惑うような顔であり
「…こっちの店で出す気は無いか?」
「それだったら間違いなく売れる」
苦い顔をしながら、言うコルベットを見て
思い当たった
「…コルベットさんのマルー豚のリズベリーソースも」
「おんなじだったんですか?」
彼が自信作だと笑顔を見せた
それもまたこの世界では珍しい料理だと
初見で受け入れられなかったのではないのかと
「…そうだな」
「どんなに、改善しても、値段を下げても売れなかった」
「たとえ口にされることがあっても」
「旨いなんて言われなかった」
自嘲気味に笑顔を作って
「それが、高級店なんて肩書で」
「人間が作ってるなんて言えば飛ぶように売れて」
「今では店の看板メニュー」
「不思議な話だよな?」
何が違うかなんて、問う様にして
そんな答えは分かりきってると言わんばかりで
「俺はあの料理に誇りを持ってる」
疑いようも無く、本気でコルベットはそれを言っていて
「…ただそれでも思っちまうんだよ」
「俺の料理は高級だなんて思うから美味しいのか?」
「それは、皆の思い込みなんじゃないかって」
材料が、作り方が、その全てが同じなら
違う所は確かにそんなものしか無くて
「…余計な事喋っちまったな、忘れてくれ」
「味は問題ない、店で出すのも構わない」
「値段もまぁ、妥当っちゃ妥当だ」
「…ただそれでも、売れるとは思えないがな」
それは悪意ではなく
最後に呟かれた言葉こそ、彼を縛る鎖なのだと
コルベットが長年見てきた現実なのだと理解できて
所詮俺の料理は彼女達の添え物で、誰かの模倣品で
それ自体には本気と呼べる意地は無くて
同じと比較することは許されないけれども
「…まだ今の俺が言っても全部口だけですけど」
「上っ面だけの言葉ですけど」
「売れない訳が無いですよ」
「彼女達も、コルベットさんが作る料理も」
「魂を込めて、誇りを掛けて」
「そうやって創りあげたものが、評価されない訳が無い」
ーーそう俺は信じてるから
金を稼ぐだけなら幾らでも、もっと効率のいい方法があって
俺が欲しいのはそんな物じゃないから
「このメニューは、彼女達のステージで」
「コルベットさんの新しいお店で出しますよ」
「つったところで、客が来なけりゃ意味は無いがな」
その言葉に俺は笑って
「今頃、彼女達がチラシ配りしてるでしょうから」
「それはご心配無く」
ニナが作ったチラシを今日から配ると言っていた
それを聞いたコルベットは呆れ顔をして
「頼んだ覚えは無いが?」
「あの子達が、勝手にやってるだけなんで」
俺が言い出した事じゃない
それはシロナが言い始めたことで
「最初にあの三人を見た時は」
「とんだ好色家で、物好きの」
「偽善者だと思ったが」
「まぁ間違ってないですよね」
「金もないくせに、三人も家に女の子ばっか侍らせて」
「そう思われても仕方ないとは思いますよ」
「命令もせず、好きにさせて」
「挙句に手を出してる様子も無くて」
「随分お前は優しいんだな?」
そんなふうにコルベットは皮肉交じりに言って
「…どうなんでしょうね?」
「何も考えさせないで命令だって言った方が」
「そんなふうに価値を与えたほうが」
「彼女たちにとってはずっと楽だと、そう思いますけど」
そう言ったほうが、俺の言葉なんかより
具体性も現実味も無いそんな物よりずっと易しくて
傷付けたくないと、それが優しさなら
家なんて檻に閉じ込めたまま
飼い殺しにしてしまった方が良くて
お互いの理想を押し付け合い、そこに無い偶像を描き
にも関わらず、お金なんてモノの上で成り立つ関係こそは
「…俺達はただのアイドルとファン」
「それ以上でも、それ以下でもないです」
そう、それが正しく俺達の関係性
ご主人様と奴隷でもなく
雇用主と労働者でもなく
ましてや、友達でも恋人でも家族でも無くて
そんな全てになり得ない、遠くにある偶像だと
そんなふうに割りきらなければ…
決して「幸せにしてあげる」なんて
言葉一つも与えられない、弱い自分だから
「そうやって言い訳しときます」
ーーそうじゃなきゃとっくに手を出してるって
コルベットに聞こえないように
一人、そんな愚痴を漏らし溜息をついて
よもやどうして、男と思われてないのは心外で
無防備極まりない、言い訳すら用意された
据え膳に手を付けないなんて
そんな聖人君子が何処に居るんだと
それでもお前は男なのかと
自分でも心底、馬鹿らしくなりもするけれど
「んじゃ、彼女達手伝ってきます」
「また何かあったら遠慮無く言ってください」
それが、幸せすら、金すらロクに与えられない
俺の出来る精一杯だと
苦笑いのまま、コルベットに会釈をして
俺は店を後にした




