表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/60

身を寄せ合って

もう朝方と呼んでいい時間に家について

並んで眠る三人を見る


「…ただいま」

誰も聞いてはいないと知りながら

それでも、ちゃんとそう言うべき人が居ることに安堵して

「風呂に入って、俺も寝ないとか…」


泥だらけになった作業着を洗濯機に放り込んで

シャワーで汚れを落として、湯船に浸かる

「足が伸ばせる風呂が欲しい…」


アパートの浴槽は狭く、まるで体操座りの様にしながら

疲れきった身体を癒やしていれば

引き戸が音を立てて開いて

「…お邪魔するわよ」

眠そうな目を擦りながら

一糸纏わぬ姿でシロナが浴室に入り込んできて

あまりの事態に思考が完全に停止する

「…えーっと、入ってるんですけど?」


「だから、お邪魔するわよって言ったじゃない」

まるで当たり前のことを言わせるなと言った調子で

シロナは身体を洗い始めて


目のやり場を失った俺は下を向くしかなく

「…アヤトは本当に面白いわね」

それは何処か安堵したような声で


「なんか面白い事したかな?」

どんな意図かは分からないが、この状況で健全な男なら

食い入る様に見るのが普通だとかそういう話だろうか?


「貴方の発言にはどんな裏も無いって」

「そんなふうに思っただけよ」


「私の裸を見るのが恥ずかしい」

「私達に夢を見てるなんて」

「そんな馬鹿げた事も本気で言ってて」


少しだけ躊躇うようにシロナが口にしたのは

「あの衣装を選んだのも、悪意じゃないんでしょう?」


聞かなければならないと思っていた事を言われて

申し訳無さを覚える


「…何も知らないで決めちゃって」

「本当に悪かった」


シロナは何も答えず、シャワーで髪を流しながら

落ちる水の音だけが狭い浴室に反響して


顔を上げられないまま、その音が止んで

断罪の時を待っていれば

浴槽に張ったお湯がザブンと音を立て

まるで押し付けられるように身体が触れ合い


思わず顔を上げれば、触れてしまいそうな近さに

シロナの端正な顔があって

「…流石に狭いわ」


「じゃあ、俺出るからごゆっくり」

それだけを言い残し、慌てて逃げようとして

「ちょっと詰めなさい」

「後、こっち見たら許さないから」


…結構な横暴だと

触れ合ってるくせに見るなとか、とんだ生殺しだと

そう思っていれば、まるで相反するように

シロナは身体を俺に傾けて


「別に怒ってない…」

「むしろ要らない気遣いよ」


シロナは誰に向けるでも無いようにそう言って

「リーフィアもニナも気にしてるみたいだけど」


「でも…あれは君達にとって」

「良くないイメージしか無いものなんだろ?」


彼女達から全てを奪った負の象徴で

……そして、シロナに傷を与えた物だろうと

他の二人もと言う彼女の言葉から透いて見えて


「…そうね」

「私はあの服が嫌いよ」


「奏でる音は殺戮の始まりで」

「終わらない悪夢だった」


「そうやって私は奴隷に、ゴミ屑になって」


「そうなってからも、ずっとずっと」

「ただ、傷つける為にそんな人間達に買われて…」


シロナは自分の身体にある隷紋を撫でて

その表情は、苦しみでも悲しみでもなく

なんの色も携えない透明で


「隷紋ってすごい痛いの」

「絶叫も涙もそんな全部を我慢できないくらい苦しくて」

「そんな私を見て、愉悦を浮かべるでもなく」

「ただ無表情に、義務みたいにして」


「苦しませる為に安くない金を払ってみせて」

「楽しくも無いのにそんな事をする」

「…可哀想な人たちの象徴ね」


それを言うシロナに憎しみは無く

ただ憐れむような口ぶりで


「結局、弱いものはもっと弱いものを虐めるしか無くて」

「誰もが不幸せな連鎖で」


シロナはそこまで言って笑う

「でもアヤトは変えてくれるんでしょう?」

「そんな全てを塗り潰すんでしょ」

「私を変えたみたいに」

「ゴミだなんて言葉の意味も、その服の意味も全部」


「だから私はそれで良い」

「むしろ、そうじゃなきゃ嫌かもね」


可笑しそうにしながら、俺に告げて

「…奏でる音が福音に」

「その姿が、希望の象徴に」


「そんな世界をと願うは聖人君子じゃ無く」

「取るに足らないゴミ屑で…」


静かに語られるそれは、俺と同じ世界を見ている様に


「だからこそ価値があるのよね?」

「自分だってそう変われるって」


「そんな夢を見せるのよね?」


触れる身体は凍えるように小刻みに震え

まるでそれは自分に言い聞かせるようで


「…どうして、怖いのかしらね?」

「こんなにも自由で」

「やりたい事を見つけた筈なのに」


「…俺も怖いよ」

「いつだって怯えてる」


何をしても良いと、なんでもできると

どんな言い訳も許されなくて


夢を見てしまえば、そうなれると知ってしまえば

自分自身と向き合うしか無くて



そんなすべてを賭してなお、届くかどうかは

誰も教えてはくれずに

正解かどうかは、誰にも分からなくて


「…でもシロナが変わったって言ってくれるなら」

「世界なんてチョロいもんだろ」


根拠も無いそれを、笑って口にしよう

ただの強がりを本気だと言おう


何も無い俺があげられる精一杯を

ーーそんな全てを彼女達に捧げようと




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ