笑顔の裏に
ーーそんな会話から二週間
彼女達の衣装代を稼ぐべく、俺はツルハシを振るっていた
「あーきっつい!」
昼も夜もない奴隷の様な労働形態では無くなったとはいえ
どこまで行っても日雇いの方は肉体労働であり
それは、じわりじわりと毒のように身体を蝕み
疲労は蓄積されていく
「でも、あともう少し!!」
呻き声を吐き出しながら、必死で地面を掘り進めて
あと少しで、件の洋服屋に提示された金額に届くと
気合を入れなおすが…
店主に言われた事がそれを萎ませようとする
「…これを奴隷に着せるんですか?」
店に一人ラフスケッチを持って
いくら位で作れるかと聞いた俺に
まず店主が返したのはそんな言葉だった
「おかしいですか?」
特にそれに思い至らず、そう聞き返してみるが
「…いや、余計なお世話なら良いんですけどね」
「多分…相当顰蹙を買うと思いますよ?」
おずおずと告げられたのはそんな言葉であり
意図の見えない忠告に余計混乱してしまう
「それは他人に?」
「それとも着せる奴隷にですか?」
前者であっても後者であっても、問題だが
一応そう聞いてみて
「…どっちもでしょう」
「相当に悪趣味な戯れだと思いますが」
「何故?」
店主はため息を吐き出し
「贔屓にしてくれてるんで、一応言っときますけど」
「このデザインは魔王討伐時代の戦士達の服です」
「そして、そんな戦士達は仕事を失い、取り残されて」
「働き口もろくに見つけられずにいる」
そこで一度言葉を切って
「こう言えば伝わりますかね?」
至極分かりやすい説明だった
つまり、着る奴隷にとっては、忌むべき狩人
生活を奪い奴隷に身を落とす事となった、そんな象徴で
それを奴隷が着るのは、人間たる意地を持って
戦いを生きて、そして死んだ者達への冒涜に他ならず
「どちらにも、目の敵にされるか…」
そう結論付けるしかなかったが
だと、すればそれをおくびにも出さず笑って決めた三人は
どんな気持ちだったのだろうか?
知らないからと妥協した?
何を言っても無駄だと諦めた?
それとも俺と同じように、ただ無知だった?
それは、いくら考えても分からずに
「とりあえず保留にしときますんで」
「もし変更があったら言ってください」
そう言われて、俺は返事を返せないまま
その期間を過ごしていて
「聞きゃ良い話だとは、分かるんだけどな」
躊躇させるのは、信頼していないなんて事でもなく
ただ、ステージに立たない俺という立場の人間が
どこまで踏み込んで良いがとそれを問い続けていて
「世の管理職って人は苦労が耐えない訳だ」
仕事と生活の折り合い全てが曖昧の、彼女達と云う存在をどこまで、管理下に置かねばならないのかと
強制はしたくない、意志もプライドも捨てて欲しくはない
だが、それを成す為に望まない苦労も
感情を殺す瞬間も確かにあるはずで
線引きは未だ曖昧のまま
「最後の最後で非情になれない…か」
シロナの言葉はとても的を射ている
情が無い訳でなく、自分を物として管理することも出来ず
かと言って、人だと言ってそんな自由の全てを与えられず
「結局、聞いてみるしかないんだろうな」
そう結論付けて、遅れ始めた作業に追いつこうと
ツルハシを持つ手に力を込めた
「こんな所ですかね」
ーー廃屋のような店舗の清掃は日も暮れきった頃に
それも大詰めを迎えて、例えば割れたガラスの交換であったり
調度品の修理だったりと、もはや彼女達に出来る仕事は残っていないと帰路につき
家まで辿りついて、倒れるように床で寝てしまった
シロナにリーフィアはそっと毛布を掛ける
「シロちゃん、結構無理してるなぁ」
元々、狐耳族は労働向きではなく、スタミナが無い
だが、この二週間誰よりも率先して動いていたのはシロナで
寝息を立てるシロナの横で
「…なんであんな物、衣装の案に混ぜ込んだんですか?」
それを聞くリーフィアにニナはバツが悪そうに
「…服って着る機会もちゃんと見る機会も無かったし」
「それに、どうしたって印象深いよ」
俯きながら、そう答えて
幾つもの案を考える中で、出てきてしまったそれを咎めるのは
酷だと、リーフィアにも分かってはいるが
リーフィアにとってもニナにとっても
それは最早、前時代の遺物でしか無く
特にさしたる意味を持たないが
ニナは後悔するように
「…シロっちに悪い事したね」
その服の持つ意味は、シロナにとっては違うのだ
彼女が飼い主と嘲り、無数の傷を刻みこんだのは
かつてそんな服を纏って、打ち倒すべき敵を無くし
存在する意義を失った者達ばかりだった
「…シロちゃんはずっと苦しめられる為に買われた」
反抗的な態度でありながら、その術を持たないシロナは
傷めつけて、嗜虐心と自尊心を満足させるのに都合が良くて
何度持ち主が変わろうと、それはずっと同じで
「でも、お兄ちゃん乗り気だったからなぁ…」
避けるべきなら、最初から描かなければ
そうで無ければ、弾いておけばよかった筈なのに
「アヤトさんはそんな事知らないですもんね…」
漂流者だからと、知る由もない事実だと
そう思ってしまって
「…シロちゃん寝ちゃったんで、とりあえずお風呂入って」
「ご飯食べて私達も寝ましょうか」
「そうだね、お兄ちゃん今日遅いって言ってたし」
ここに来て、最後の追い込みとばかりに
アヤトは働き詰めで、中々話す時間も無くて
「アヤトさんが決めたんだから、あれで良いんですよね…」
リーフィアはそう呟きを漏らし
見る者に、いい感情は抱かれないだろうと
そんなことは分かり切っていながら揺らいでしまって
まだ、そこには至れない
彼の言葉に、その夢に真摯に向き合うほど
理想に近づこうと足掻くほど
それが上手くいかなかった時に
どこにも逃げられなくなってしまって
何かを選び取るなんていう経験が
生きてきた中にあまりにも少なすぎて
その重圧に耐え切れない
だから、彼の夢なんだからなんて誤魔化して
まるで他人事だとすり替えて
あの衣装を選んだ彼が選んだ時に
二人が、一番最初に思ったのは安堵で
諦めでも妥協でも無く
笑顔の裏に隠したのは、恐怖だったと彼は知らない




