持ち得る物
屋根から降りて、地面に腰を下ろせば
タブレット端末のスピーカーから
スターライトのイントロが流れ始めて
瞬間、彼女達の纏う空気は一変して
それはまるで、ひりつく様な興奮を
理性で抑えつけるかのように張り詰めて
感覚に完全に飲まれそうになった刹那
それは音に、歌に、踊りに変わる
「…マジか」
思わず俺の口から漏れだしたのは、そんな言葉だった
ーー前回見た時とは比べ物にならない
何が変わったのか、上手く言葉に出来ず
技術や慣れの部分もあるだろうが、それは些細な事で
もうそれは、本質からして別物に変わっていて
一つ一つの動きが、声が、表情が
輝きを放って、力強くそこに居ると誇示するようで
その光景から目を離せないまま、曲はサビに入り
視線は、笑顔は真っ直ぐにただ一人の観客である俺に向けられ
シロナの歌声に熱が篭もる
「笑って!」
「君を見て、また夢を描くから」
「生きてる理由を僕に見せて!」
まるで刺すように、暴力的と呼べる程に入り込んでくる歌声
その熱に浮かされるように
身体は自然とリズムを刻み、意識せず口ずさんでしまう
そこに居たのは何一つ紛れもなくアイドルだと言えて
陳腐さも、安っぽさも感じさせず
額に浮かぶ汗が、光を受けて反射して
失敗を恐れる事すら忘れているような思い切りで
持ちうる全てを吐き出そうとするリーフィアのダンスは
自分がここに居るんだと、ただ訴える様に声を上げて
それを唄うシロナの歌声は
小さな身体をめいっぱいに振り回し
そんな二人に負けない様に全力で笑うニナは
ーーそうあって欲しいと願った、姿そのもので
意図せずに、視界が滲みそうになって
それなのに目を逸らすことは許さなくて
ゴミ屑だって輝けるなんて俺の安っぽい言葉が
本当に変わっていく瞬間
そんな夢が、世界を夢で塗りつぶして
真っ暗な世界すら輝いて見えると、そう思えて
曲は終わりを迎えて、三人は息を吐き出し
「……どうだった?」
呆気にとられたまま、言葉すら失ったかのような俺を見て
僅かばかり不安そうな顔をしているが
「…ごめん、言葉が出ない」
そういうのがやっとで
俺は必死に考える
どんな言葉なら、それを表せるか分からない
上手だった?
ーー多分違う
まるでジュエリスタみたい?
ーーそうじゃない
頭を掻き回して、出てきた言葉は
「…ありがと」
全ての過程を無くした感謝しかなく
それ以外何で形容しても、違うのだろう
それを聞いた三人は息を整えながら、顔を見合わせて
「…それは賛辞として受け取って良いのかしら?」
「勿論、シロナもニナもリーフィアも凄かった」
俺の思う理想に限りなく近い、そのステージは
身分や種族の垣根を超えて、伝わると思えるもので
「…これかお前の言うやりたい事か?」
後ろから声が聞こえて
振り向いた先に居たのはコルベットだった
「あぁ、ごめんなさい」
「作業が一段落ついたんで、ちょっと練習をと思って」
サボってる訳では無い事を先に伝えて
「そうです、これが俺の夢」
「どんな思いをしても成し遂げたいと願った事です」
三人も真っ直ぐコルベットを見て笑い
「そして、馬鹿らしいかもしれないですけど」
「これが私達のお仕事です」
リーフィアは
それを誇るように凛としてコルベットに告げると
彼は苦い顔をして
「…それをやって、何になる?」
「この男の言う、戯言に踊らされて」
「言われた通りにこなす奴隷なのは見ていて分かる」
返ってきたのは、侮蔑を孕んだ言葉だった
「辛辣ですね…」
だが彼の言う事も何も間違ってはいない
所詮は彼女達という存在を買って
そういう物に仕立て上げただけと言われてしまえば正しくて
未だロクに給料すら与えられない俺は、持ち主以下だと
それはよく分かっているが
シロナはそれを嘲るように笑い
「…別に貴方のやってる事と何も変わらないわよ?」
「生きる為に必要じゃ無い物に価値を与えて」
「対価を得ようと、ただそれだけ」
噛み付くように吐き出されたそれに
コルベットは顔を歪めて笑い
「何も出来ないお前と、俺が同じ?」
歪んだ笑顔の奥にある牙を見せつけるようにして
静かに威圧するコルベットを見てもシロナは怯まず
「…間違った事を言ったつもりはないわ」
「貴方の作るそれだって、味や見た目を飾って」
「調理という付加価値を与える」
「アヤトのやってる事と」
「私達のやる事と何が違うの?」
「与えられる対価は、アヤトが稼いだものだろう」
「お前たちがやる事は所詮コイツの自己満足に過ぎない」
「それすら自覚しないか?」
その言葉にシロナは押し黙ってしまって
コルベットの言う事は至極ごもっともな意見で
確かに今は、店の片隅を間借りするだけで
価値を生み出せなければ、ただの自己満足だったが
「…だから、もう一つ提案があります」
「俺が作ったメニューを店に出して良いですか?」
「…それが何になる?」
「彼女達の応援メニューとして出して」
「利益を彼女達の給料にする」
「それ以外に給料は一銭も要らない」
グッズなんかを作れれば一番良いが
生憎そんな金も無く、ここまでが俺の筋書きで
だからこそ、レストランを選んだ
「悪くない提案だと思いますけど?」
「別にコルベットさんは損しない」
「それが売れなくても、懐は痛まないでしょ?」
合点がいったように、コルベットは苦笑いして
「…お前が、必死に料理や調味料を覚えたのも」
「その為か?」
その問に俺はニヤッと笑い
「知らなきゃ作れないですもん」
「料理も夢も」
「それを知らなきゃ、与えられない」
全部を無駄にはしない
最短距離を突っ走るだけと決めていた
「…不味かったら出さねぇぞ?」
「そんな期待はしてないです」
「出してもいいと思えるものを作ります」
呆れたようにコルベットは
「…夢見がちな馬鹿かと思ったが」
「意外とお前は強かだな」
「夢を見るのと、叶えるのは別物ですから」
「そこはちゃんと理解してますよ」
語るだけなら誰でも出来る
どんな嘘でもそう聞こえるように騙れるから
「取り敢えず、店開けられるようにしとけ」
「話はそっからだ」
そう言ってコルベットは踵を返し
その場を後にして
見送った後に、一人深く息を吐きだす
「あー死ぬかと思った」
その場に座り込んで、膝が笑い立てなくなって
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「いや、アレを拒否られたらどうしようか考えてなかったから」
ーー正直、微妙な賭けだった
自分の受け持つ店で、素人の作った物を出す
それをどう捉えるかはコルベット次第と言えて
上手く言いくるめたつもりでは有るが
そもそも、それ自体に金銭が発生するかを明言していなくて
だから、俺の言ったことは、間違いでも無いが正しくもなく
コルベットが首を横に振れば、どうしょうもなかった
「でもこれで、稼ぐ事についても目処がついた」
「君達を応援したい人がそのメニューを頼んで」
「つまりは君達が稼いだお金になる」
やっとこれで、形に出来る
思い描いた理想に一歩近づいて
「でも、それメイド喫茶なんだよなぁ…」
可愛い女の子を応援する為に、高いメニューを頼む
もはや、キャバクラか、メイド喫茶かといった具合で
ちょっとばかりズレてはいるが
夢に殉じて死ぬ気は無い
どんな高い理想も志半ばで死んだらただの犬死だから
「取り敢えず、片付けしますか?」
ただ出来る事を一歩ずつ、そうやって行くしかない




