夢の始まり
やきもきしながら、前を歩く彼女を追いかけていれば
彼女はピタリと足を止めこちらを振り向き
「着いたよ」
そこにあるのは、なんの変哲もないアパートで
「ここが、夢の国?」
「そう、アイドルの自宅だから夢の国でしょ?」
そんな言葉に引き攣った笑いを浮かべるしか無く
「えっと…自宅?なんで?」
「私は外でご飯食べるとは言ってないし」
「お財布事情を鑑みれば、自炊が一番経済的だから?」
至極ごもっともな返答が帰ってきて
とはいえ、その回答には俺の欲している答えは無く
「警戒心足りてないっていうか…」
「俺、生物学上オスだと自認してるんだけど」
忠告に似た、恨み言を言うが彼女はそれを平然と受け流し
「大丈夫、ゲスい奴はそんな事、わざわざ言わない」
「そういう事しようなんて」
「微塵も思ってないでしょ?」
「確かに思ってないけどさ…」
「でも、間違いは起こるでしょ?」
意図せずとも、意識はしてしまうわけで
流されるだけの人生の中でその場の空気に逆らえる気もせず
そんな間違いが起こらない保証はどこにも無くて
「まぁ、その時はその時」
「一応招き入れる以上、覚悟はしとくね」
あははと笑いながら扉を開けて
返答をどう受け取ればいいか分からない俺は
恐る恐るそこに足を踏み入れて
その部屋を見て抱いた感想は
「…何も無いね」
アイドルの部屋と聞いて
女の子らしいフリフリのレースにまみれた
でなければ、目に痛い極彩色に彩られた部屋を想像したが
そこには家財道具と呼べる物すらあまり無い
殺風景な部屋があるだけで
一人暮らし故の片付けの気怠さから
雑多に物で溢れかえった俺の部屋とは対象的だった
「家にいる時間もない」
「招くような友達も居ないし」
「ついでに無理して借りたから、貯金も無い」
彼女は、どこか寂しげにこちらを見て笑い
「それでも、招くんだったら、座布団の一つくらい買っても良かったかな…」
「好きなとこ座っていいよ」
「スペースだけは有るからね」
どこ座っても床だなんて
上手くもない冗談を言おうかとも思ったが
通じなかった時の温度は、空調無しで極寒になれると諦めて
適当に腰を下ろす
「食べたい物あるかな?」
「できれば私以外でお願いしたいけど」
下世話なジョークを軽い調子で言いながら
キッチンに立つ彼女を見て
「食べらんないのは無いから、何でも」
ご相伴に与るというのに、文句を付ける謂れもなく
そんなことを言っては罰が当たると返事を返すのだが
「…君って事なかれ主義?」
「何でもいいは困るし」
「それに、一番失礼だと思うんだけどね?」
前者は理解が及ぶものの
失礼だと言われる意味は俺にはよくわからず
「誰に対して失礼って話?」
分からないまま放っておいたら
それこそ事なかれ主義だと聞き返して
それに彼女は凛とした口調で答える
「…自分にもだけど」
「知りたいと願った相手にもだよ」
…告げられた答えは、確かに納得のいくもので
そう言われてしまえば、謝る他ないと
「ごめん」
「俺個人を知りたいなんていう人間に久しく会ってなかったから、気が付かなかった」
そこに立つのが誰でも変わりない代替品だと
そんな風にしか生きてこなかったからこそ分からず
まるで意趣返しの様に口を継いだのは
「自分って個性を売り物にするアイドルには分からない感情かもしれないけどさ」
それは、侮蔑だろうか?
それとも憧れだったのだろうか?
今にしてみても、よく分からないまま吐き出されたそれは
彼女と俺を隔てているものがあると
違う生き物だと告げる言葉で
「自分に自信が無ければそんな事しないもんね」
「そう思ってるからアイドルなんてやってるんでしょ?」
こっ恥ずかしい服を着て、笑顔を振りまいて
自分を見ろだなんて、周りに誇示して
滑稽なピエロに成り下がって生きているのだろうと
いつかのシロナと同じ感想を抱いていて
「私には君の言うことが良く分かるけど」
「それでも、私と君は確かに違う」
その目は睨みつけるように、許さないかのように
俺をまっすぐ見据えたまま
「与えられるだけが、価値なのかな?」
「至らなければ全部ゴミかな?」
「そこにあった思いは、努力は」
「無かったものにされて、いらないものに変わるのかな?」
「結果が全てって言うんなら、その通りじゃない?」
「だから、俺は自分を取るに足らないゴミと自覚してる」
「誰にすげ変わっても気が付かないと自負してる」
この世界には幾つ、自分でないといけないことがある?
恋愛だ結婚だなんて言う奴は現実を見ちゃいない
仕事なんてものは、規格通り作られた既成品により近いものが評価されて、個性なんてものは求められちゃいない
そんなのは、全部理想に近い偶像探しに他ならなくて
見たくない部分から目を逸らした妥協でしか無くて
そこから外れた、不良品たる俺は
爪弾きにされて当然なのだとちゃんと理解していて
「君だって笑顔を作って、キャラを作って」
「そんな風に、自分じゃない偶像に擦り寄って」
「せめて、そんなふうにでも愛されたいだなんて」
「そうやってアイドルになったんでしょ?」
偽って、誤魔化して
それでも与えられたいと願って
醜い部分を全部覆い隠して、嘘を付いて
愛されたければ嘘を付くしかなくて
下らない自分と知られれば、誰にも見られなくて
相反するそれは、いつまでも平行線のまま
交わることの無い二律背反だから
「だから俺は他人が嫌いだ」
そんな他人よりも
勝手に期待して、勝手に裏切られた気になっていつまでも
くだらない物一つ捨てられない自分はもっと嫌いで
「どこまでいっても他人が決めるから」
「努力に意味は無いよ」
「その評価は目に見えるものでしか下されない」
「…確かにそうだね」
「だけど間違ってるから教えてあげる」
「そんな理由で諦めようなんていうのは間違ってる」
「言い訳をして逃げようなんていうのは馬鹿げてる」
「下らないと思いながら、見続けてくれた君の口から言われる事じゃないって、そう言うよ」
「違うだなんて言わないで」
「私と君は何も変わらないから」
そう言って俺に手を差し出し
彼女の手首には、いくつもの躊躇い傷が見えて
「私も世界から見放された忌み子だよ?」
「それでも夢に…」
「君に救われたから」
「だから今度は私が救う番」
「世界を夢で塗りつぶして」
「この世界を夢に変えるから」
どこか遠くを見るようにして、彼女は謳う
「だから、戦ってよ」
「その日から、君の為に世界は変わるから」
「まずはその為に自分を信じてよ」
「誰でもいいなんて嘘だって」
「自分が居る意味があるんだって」
「誰が否定したって、私は君を知ってるから」
「君の優しさを、その底にある叫びを知ってるから」
見透かされたような言葉に堪えきれず目を逸らし
「本当に馬鹿げてる」
「世界を変える?」
「そんな事するより自分を型にはめたほうがよっぽど楽だろ」
諦めて生きた方が、ずっと楽で利口だと知っていて
そうなりたくないのは自分が一番分かってて
彼女は笑顔で俺に言うのだ
「それでも、私をくだらない物から」
「アイドルに変えたのは君だよ」
「一人で歌って踊って笑顔を振りまいてたら」
「頭のおかしい変な子で」
「ただ一人の観客」
「君がいたから世界は変わったんだ」
あの瞬間にそこに居たのは俺だけで
そんな俺の為に歌われた歌があって
見る人間が居なければ確かにアイドルとは呼べなくて
「この場所は夢の国なの」
「引っ越したばっかで、何もないけど」
「それでもアイドルとして稼いだお金で借りた」
「君が見せてくれた夢の続き」
「だから、見せたかったんだ」
向けられた笑顔は、そんな言葉が嘘偽りないと
肯定するように見えて
その言葉は、俺がずっと求めてやまなかった物で
息を吸って吐くことを意識しなければ
忘れてしまいそうな、その瞬間からーー
鳴り止まない音が聞こえる
血が通っていると意識する
自分が生きていると実感してしまって
「何でもいいは訂正する」
「……得意料理が食べたいかな」
何が良いなんて出てこなかったからそう告げて
彼女は顎に手を当てて、考える素振りをして
「得意なのは、カップ麺とインスタントラーメン」
「食べられなくも無いのは…カレーとか?」
「…それならカレーで」
「はい、了解ー」
料理のスキルは俺と同程度らしく
それなら人を招いて、手料理を選択するのは
どうなのかと思わなくもないが
誰かが作った物を食べるのは久しぶりで
漂ってくる匂いは懐かしくて
台所に立つ彼女を見れば、あわあわしながら
あっちこっちをちょこまかと忙しなくしていて
「あー焦げてるし!!」
その姿は、完璧なんかとは程遠く
誰もが憧れるそんなものには見えないのに
どうしてか目が離せなくてーー
「アヤト」
「拭き掃除終わったけど、次は!?」
そんなシロナの声が聞こえて
下を見れば、三人が屋根の上の俺を見上げていて
「…確かに世界は変わったよ」
なんの因果か、就職先は異世界で
右も左も分からないまま、掛け持ちで必死こいて働いて
それは元いた世界と何ら変わらなくて
「…でも、夢は続いてる」
取るに足らない俺が何かを変えられると
そんな言葉一つだけを抱えて
この世界には分かりやすい悪の大魔王は居なかった
倒せば世界が平和になるなんて、そんな物はなくて
あったのは歪められた価値観だけで
「じゃあ、取り敢えず」
「そろそろ君たちのステージをもう一度見せてくれないか?」
「衣装も無し、舞台も無しで悪いけど」
その言葉に三人は不敵に笑って
「ついでに観客もアヤト一人なんて」
「随分な門出ね?」
それでも三人ともなんの躊躇いもなく笑顔を作って
「見せてあげる」
「貴方が作った夢の始まり」
「此処が星屑の輝く場所だから」




