この世界の名前
「…という訳で」
「三人にも手伝ってもらう事になると思うんだけど…」
昼間の一幕を…主に自分が醜態を晒した部分を
所々省略しながら、三人に説明して
「…で、アヤトは交渉の中で何回靴を舐めたのかしら?」
見透かしたようにまず口を開いたのはシロナ
「残念ながら舐めては無ぇよ」
話が纏まるなら、いくらでも舐めるが
残念な事にそうはならず
着地点は、開業する店の改修を行う事
そして、それを無給でやる事だった
「練習の時間とか少なくなるけど」
「舞台がなければ意味がない」
「申し訳無いけど手伝ってくれるか?」
そう言って頭を下げるが
「いや、大丈夫ですよ」
「やっと仕事らしい仕事が回ってきて安心しました」
…完全にアイドルからは逸脱した仕事だとは思うが
リーフィアはそれを喜ばしい事のように言い
「というより、あたし達の舞台だから」
「自分で作るのが筋なんじゃないの?」
ニナも不思議そうにそれを聞く
…彼女達の言う事も、もっともではあるのだが
「心配はさせたくなかったんだけどね」
「人手が欲しいからそうも言えない」
それは、彼女たちに見せたアイドルとはかけ離れている
身も蓋もない現実でしかなくて
目指した訳でないアイドルをする為に
そんな裏方じみた、給料すら出ない仕事をさせるのは
あまりに酷だとそう思っていたのだが
「今更、殊勝にそんな綺麗事を言った所で」
「やるしか無いのが実情よ」
シロナは可笑しそうにそれを笑い
「お飾りになるつもりは無いわ」
「足手まといも、もう沢山」
シロナは真っ直ぐ俺を見つめて
「出来る事をすればいいと言ったのはアヤトよ」
「私達じゃ不足?」
「そんなことは無いけど…」
ただの夢すら見せられず、醜態を晒して
アイドルになれなんて言う癖に全てを用意できない
そんな自分の無力さに、心底嫌気が差しそうになって
俯いてしまいそうで
「…貴方はやれる事をした」
「最良に近い結果を出した」
「それを恥じるだなんて許さない」
告げられたのは叱咤に似た言葉
「…誇りなさいよ」
「どんな幻想が、全部なくなったって」
「私達はここに居る」
「そうありたいと願ったの」
「アヤトが叶えたい夢は私達も同じ」
「生きてる理由が欲しい」
「そんな居場所が欲しい」
「私達に夢見てるなんていうのは口先だけ?」
「自分の夢すら信じられないの?」
小馬鹿にするように嗤うシロナは
それでも俺から目を逸らすことはなく
申し訳ないだの何だのと言い訳を並べる必要は無くて
彼女たちは現実を受け止めて
ただ出来ることをすると、そう言ったのなら
必要なのは謝罪じゃない
「…困ってるから」
「みんな手伝ってくれるか?」
そこにはもうメリットも利益も打算も何も無くて
ただ、夢に全てを賭けた俺と彼女達が居るだけなんだから
「任せなさい」
「りょーかいだよ」
「畏まりました」
三者三葉の言葉を返し、それでも答えは同じで
「じゃあ早速明日から始めようか」
ーー街の外れに近い、古めかしい一軒の廃屋
そこが指定された場所、元店舗であり
外観を見て思わず独り言を漏らしてしまう
「結構、骨が折れそうだな…」
ガタつく扉を開けて中を覗いてみれば
倒壊しそうとまではいかないものの
なんの手入れも行われていないであろうそこは
ホコリとカビ臭さが充満していて
所々雨漏りのような跡もあり
腑に落ちないような様子で声を上げたのはニナだった
「…いまお兄ちゃん働いてる店って」
「高級店なんだっけ?」
「ああ、そうだな」
「人間以外お断りっていう感じの店だ」
街の大通りに面しており、品の良い外観をした
いかにもなレストランが俺の職場であり
その前身たる店と聞いていた、俺も同じ疑問を抱く
そこにあったのはお世辞にも高級とは言えないであろう
調度品の数々であり内装も凝った様子は無い
「というより、この立地では高級店なんて無理では無いでしょうか?」
「この辺りには、低所得階級の人間と…」
そこでリーフィアは少し言い淀んで
「お給料を貰える奴隷しか住んでないと思います…」
それを聞いた俺はずっと抱えていた疑問に行き当たって
多分同じ理由で、言い淀んだであろうリーフィアに聞く
「…一つ聞いときたいんだけどさ」
「奴隷ってお給料貰うのが普通なの?」
俺の知る奴隷像とはかけ離れたそれが普通なのかは
この世界の住人に聞かねばなるまい
それに答えるのはシロナ
「普通って言われるとよく分からないけれど」
「奴隷保護の為の法律はあるわ」
「必要最低限の寝食は与えられる」
「死なない為に必要な賃金は与えられるように決められてる」
「奴隷相手の商売も勿論あって」
「集団で不労働や暴動を起こされても敵わない」
…なるほど、確かにそうだ
待遇を悪くし過ぎれば、例え死んでもいいと
そんな暴動、革命と言い換えてもいいそれが起こるのは
容易に想像ができてしまい
そうなってしまえば
どちらが強いかは火を見るより明らかで
「この制度を作った奴は相当、悪知恵が働くな…」
生きる事に何不自由なく、それに満足する奴がいれば
この現状が普通だと、隠してしまえさえすれば
団結すること無く声にする
それは所詮、愚痴や恨み言でしか無く
生活を捨ててまで行動しようなんて思いはしなくて
今の生活が理想解だと勘違いさせて
緩やかに死んでいく歪んだ搾取の図式は
まるで俺の世界に似ていて
その問いに答えるのはリーフィア
「所々、変わってはいますけど」
「主要な大筋を作ったのは」
「大賢者と呼ばれる英霊の一人……」
「…俺と同じ、漂流者?」
「そうです」
…何となく予想はついていた
この世界は、奴隷制でありながら
それすらも消費者に置き換える事で体裁を保っていて
産業を、商業を発展させる役目を担わせて消費して
あぶれた人間達に役割を与える為に
優秀な亜人を奴隷と呼んで、面目を保たせ
そんな亜人たちすら手玉に取って
自由に似た不自由を与え
どちらかの視点だけで見れば
その世界は滞りなく廻っているように見えて
それでも、よく出来たシステムから見え隠れする誰かの意思
その根底に流れるのは、憎悪でも畏怖でもない
無機質な効率だけに思える
人も奴隷も関係無くすべてを部品と見ているような冷たさは
俺と同じ、カネなんていう神を信仰してる世界で
生きてきたとしか思えない所業だから
未完成と呼ぶにはあまりにも整いすぎているくせに
完成と呼ぶにはあまりに歪なそれは
羊達が見る終わりのない夢は
「資本主義…」
確かにこの世界もそう呼ぶにふさわしくて
俺を飼い慣らそうとした、そんな世界と同じ名前だった




