初めてのお仕事
「…はぁ」
リーフィアは溜息をつきながら、机の紙束を眺めて
「どったのフィアちゃん」
振付の動きをおさらいしていたニナがそう声を掛ける
「アヤトさん、無茶苦茶なお金の使い方してたんで」
「お財布の管理、私がやろうと思ったんですけど…」
ーーそこにあったのは厳しい現実だった
お金に触れる機会などほぼ皆無のリーフィアですら
買った品物の金額と、彼の収入を照らしあわせてみれば
それが、厳しい生活だったことはすぐ分かった
もはや、三人分で火の車どころか間に合ってない現状を
どうして彼が、食卓を共にせず夜通し寝ずに働いていたか
そんな理由をありありと見せ付けられて
「…何も知らないで、呑気なもんでしたね私達は」
与えられるものに、こんな環境に
何一つとして疑問すら抱かず
彼は私達に関心が無いだなんて愚痴まで溢して
目を逸らして生きてきたのだと、そう痛感させられて
「そんなによろしくないの?」
シロナもタブレットから視線を外しそれを問い
「食べるだけなら困らないかもしれないですけど…」
「例えば、衣装買ったりなんて余裕は全く無いですね」
「それじゃあ、意味が無い…」
ーー諦めて欲しくは無いと、彼は告げた
応え無ければ捨てられるなんて思わないけれど
それ以上に楽になれるなんて、もう微塵も思えず
「そんなふうに生きたら、ご主人の言う通り…」
「アヤトの言う通り、ただのゴミ屑のまま」
光り輝けば、星屑だと
そうなったところで誰に値段を付けられる訳では無いけれど
彼は私達に、何の得もないそれを願って
ニナが不思議そうにシロナを見る
「シロっち、お兄ちゃんの事アヤトって呼んでたっけ?」
リーフィアもニヤニヤして
「シロちゃん、どんな心境の変化ですか?」
「恋ですか?恋の匂いがしますよー」
シロナは面倒くさそうに
「…リーフィアのご想像にお任せするわ」
「それでも、そんな甘ったるい物じゃないけれど」
「彼と私は対等だもの」
ーー何も違いはしないと言った
いつかの私が、認められなかったその言葉は
手放してしまった僅かな思いは
もうどうしたって元には戻らないけれど
でもやっと、ご主人様なんて呼ばせた彼の気持ちが
ほんの少しだけ、分かったから
「与えられるだけなら、奴隷」
「仕事も、役割も、夢も、命さえ」
自分自身が願わなければ滑稽な戯れでしか無くて
ただ無為に生きるだけだから
私自身に与えられた名に恥じないように
シロナとして生きていく為に
アヤトが願った星屑なんて
僅かな光になれるように
シロナは二人を見据えて笑う
「…豪勢な食事なんていらない」
「ベットもおあずけでいい」
「夢を見る為なら木の根を齧って」
「泥水を啜ったって構わない」
アヤトがそうしたように
ご主人様がそう生きたように私は生きよう
同じである事から逃げられない
自分でいる事しか出来ない
それはひどく残酷な呪いで、鎖でしかないけど
「私はシロナ」
「…それ以上でも、そしてそれ以下でもない」
「ただの無力な」
「諦めの悪い、生き物だから」
だから取るに足らない夢を
何にもならない幻想を見せてあげよう
ニナとリーフィアも笑い
「まぁ、死なないだけ食べれれば良いよね」
「何も無いのなんかいつもの事だし」
「ですね…」
「ちょっとばかり勘違いしてました」
二人は声を揃えて
「「私達がそれ以上に稼げば良い」」
「美味しいご飯だって、フカフカのベットだって」
「自分の稼ぎで買えばいい」
「アヤトさんの見せた夢を、本物にすれば良いんです」
板一枚のハリボテの夢を本物にしたい
そう出来るなんて思わせたのは彼だから
手を伸ばしても、いまだ届かない彼は
それでも、追いかけなければ消えてしまうから
彼が私達を夢と呼んだように
確かに私達も彼にそれを見たから
粗末で少ない食事を前にして三人は笑う
「なんで、お兄ちゃんは何も言わないで仕事行って」
「寝もしないで隠れるようにしてたか、今なら少しわかる」
「…夢を見るって大変で」
「辛くて苦しいこともいっぱいあって」
「でも、そんなもんだと思われたくなかったんだよね」
きらびやかに見えるそれすら幻で
そこにある全てが幻想だけれど、彼は笑って夢を描いた
それは、下らないプライドでそう思われないための虚勢で
「だから、私達も笑いましょう」
「そんな心配なんていらないんだって」
欲しかったのは豪奢な生活じゃない
そんな全てが幻だって構わない
そこに居ていい理由を
私達が此処にいる意味をくれたのだから
だから、彼に本当の笑顔をあげよう
玄関の扉が開く音がして
この夢を見る主が疲れた顔で戻ってきて
「…ただいま」
「「「お帰りなさい」」」
冷たくて、暗いだけの現実を覆い隠すように
それを意地と、誇りと、ちょっとの嘘で塗り固めて笑うのだ
それが偶像たる私達
ほんの微かに照らすだけの星屑のお仕事なのだから




