夢を見る場所
「…話にならないな」
座り心地の良さそうな椅子に腰掛ける往年の男性
このレストランの支配人である総料理長はアヤトにそう告げる
「…迷惑を掛けるつもりは無いです」
「それ自体が迷惑だと気が付かんかね?」
そう必死に喰い下がるが、総料理長はそれを一蹴して
「ここは高級で、品位のあるお客様の集まる場所だ」
「そんな下品な見世物を店の前でやろうなんて」
「看板に傷を付けてるとは、思わないのか?」
連れて来られた時に
一筋縄ではいかないとは思ってはいたが
その言葉からは考慮する余地すら感じられず
「コルベットもなんでこんな話を持ってきたのか」
「理解に苦しむな」
やれやれと言った様子で、隣に居る彼をそう嗜め
「…差し出がましい真似とは理解しています」
そう言って頭を下げるコルベットを見て
「これでも、誰にも迷惑を掛けていないと」
「同じことを言えるのかね、君は」
ーー確かにその通りだ
こんな話を持ち込まなければ
彼は小言を言われることも無かったはずで
そうなってしまえば喰い下がる余地すらなく
悔しさに顔を歪ませながらアヤトも頭を下げる
「…申し訳ありませんでした」
「謝罪をするなら何に対してかを明白にすべきだ」
「君は何に対して謝っている?」
「誠意のない言葉は、人には届かんよ」
その言葉にアヤトは奥歯を噛みしめて
多分コイツは言わせたいのだと
「そんな馬鹿げた事を提案したと」
その全てを否定させようとして
それを見透かさせて、隠す気なんて無く
強いから、相手が自分よりも下だと確信しているから
余裕な笑みを見せていて
口にしてしまえば
今までのすべてを嘘に変えてしまう呪文を
それが夢だったなんて嘲笑される言葉を紡ぐのを待っている
「…浅はかな考えで利益の無い提案を聞くために」
「時間を割いて頂いた事に謝罪しています」
それでも曲げる気はないアヤトは
このお店に対するメリットを提案できなかった
それが自分の落ち度だと話題をすり替えて
話を切り上げようとするが
彼はそれを笑い、許そうとはしなかった
「それでは根幹の解決には至らない」
「何故そのような提案をしたか」
「説明する義務があるというのが分からんのか?」
「総料理長、これ以上は業務に差し支えてしまいます」
「彼には自分から指導しておきます故」
コルベットもそれを察したのか
あとは自分がフォローすると、提案するが
「…君には聞いていない」
「根幹を解決しなければまたいつか同じ事になる」
「そのような事案が起こる」
「同じことを繰り返す二度手間よりも」
「こちらの方が効率がいいと分からないか?」
ーーなるほど確かに筋も道理も良く通っていて
まぁ上手いこと誤魔化したもんだと感心はするが
要は徹底的に潰すまで返さないという
彼からの宣戦布告だろうと、それはよく理解できて
雇用者たる立場と、一介の従業員たるアヤトでは
マウントを取られた嬲り殺しのようなものだが
「…納得いくまで話し合うのは大事ですよね」
アヤトは歪な笑顔でそれに応えて
今更、もう行くとこまで行って
異世界だなんて来るとこまで来てしまった
こんなところに来てまで逃げ隠れして生きていたくはない
自分自身を卑下にして生き長らえるつもりは無い
もう失う物一つ無く
手に有るのは僅かばかりに掴みかけた夢だけだと
それはよく分かっていて
アヤトが必死に理性で押さえつけていた感情をむき出しに
噛み付いてやろうと思った刹那
「…メリットがあれば」
「利益になれば、彼のその案は通していただけますか?」
口を開いたのはコルベットで
「…この店にはメリットが無いと言ったと思うが?」
それにコルベットは頷き
「…2号店を出すという話」
「もうこの辺りに良い立地はなく」
「この店と競合するから低価格路線で行くと」
「そこでならどうでしょうか?」
総料理長は面白そうな顔を浮かべる
「誰がオーナー代理をやるのかね?」
「…君はその話を断ったと記憶しているが」
コルベットは静かに言葉を続ける
「そうですね、たしかにそれを断りました」
「獣人たる俺がオーナーと言えば」
「ロクに客すら取れないだろうとそう判断しました」
手を握りしめて、コルベットは言葉を絞りだすように
「…それでもなおこの男は」
「俺達獣人が作ったと知ってなお」
「それを旨いと言った」
コルベットと総料理長の視線が一瞬交錯して
総料理長はふっと笑う
「…好きにしたまえ」
「獣人が作る料理には丁度いい余興だろう」
「場所はどうするのかね?」
それにコルベットは少し考えて
「…旧店舗をそのまま使います」
総料理長はそれに少し難色を示して
「何年も放置してるから使い物になるとは思えんが」
「そこで後悔は無いんだな?」
だが、コルベットはニッと笑う
「えぇ、手直しする人材は確保してますので」
「ご心配なく」
そして向き直り、アヤトに
「手直しの金は無い」
「そして給料も出ない、それが条件」
「…お前が言った夢を見る場所を作る条件だが」
「それで構わないな?」
あまりの置いてけぼり具合に
呆けた顔をしていたアヤトだがそこでやっと理解して
「はい、有難うございます!!」
そんなアヤトにコルベットは頭を掻き
「無給で働かさせて感謝されても困るが…」
「取り敢えずアヤトはホールへ戻れ」
「コルベットさんは?」
「…少しだけ話をしたら戻る」
そう言ってこれ以上の質問は無用だと
「さっさと働いてこい」
アヤトはもう一度二人に頭を下げて部屋を出た




