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プライドの意味

何時もは遅刻ギリギリに来るはずのアヤトが

まだ開いてもいない店の前に居てコルベットは驚く

「おう、ずいぶん早いな、アヤト」

彼はそれに笑って

「ご飯のお礼を言おうと思いまして」

「みんな喜んでたんで、有難う御座いました」

そう言って俺に頭を下げる


いつもロクに飯すら食って無さそうなアヤトを見て

それを言い出したのは、冷えたままスープを出した彼であり

気まずいからと、コルベットが押し付けられた


「礼なら、スープ係に言っとけ」

「言い出しっぺはアイツだからな」


どうせ名前を言っても分からないだろうと

コルベットはぶっきらぼうにそれを言うが


それを聞いたアヤトは平然と答えて

「…ドンさんにも、後で伝えときますよ」

どうやら、彼はちゃんと名前を覚えているらしく

呆れ顔でコルベットはそれを聞く


「…というか」

()()()()()()()()()()


ーー彼の住んでいる所は常識では考えられない物ばかりがあって

そんな何よりも、そこに居た三人の奴隷に驚いてしまった


奴隷たちが付けていたのは高級品であろう香水に

キッチンにあった材料を見れば、レストランと遜色ない

香辛料や食材の数々があって、狐耳はそれを餌だと言い

角の折れた小鬼は菓子をつまんでいて

エルフであろう彼女は光る板で何かを見ており


おおよそ奴隷が暮らしているとは思えない

まして、奴隷を使役してる人間の家とはとても思えない

光景が広がっていて、コルベットは愕然としてしまった


「あービックリしました?」

そんなふうにアヤトはにこやかな笑みを浮かべて

「…余計な事まで言ってくれたみたいで、大変でしたよ」


確かにコルベットは彼女達に告げた

アヤトの給料ではそんな生活は出来ないこと

仕事中どんな思いをして、どんな物を食べているかを

何ひとつ知らないような彼女達に突きつけて

現実を思い知らせた筈で


「随分と下らないごっこ遊びをしてるみたいだな?」

それを言われたアヤトは、ほんの少しだけ表情を固くし

隠すように笑みを浮べる

「…まぁ、俺の居る意義なんで」


それを否定しようとはせず、言葉を続けて

「コルベットさんに相談があります」


「…聞くだけは聞いてやる」

前の件以降、割とコルベットはアヤトを高く買っており

それを無碍にしようとは思ってはいなかったが


「このお店の前で、見せ物をして良いですかね?」

アヤトが言ったのはあまりにも突拍子もない提案であり

それでいてなお、大切な主語が足りてないように思えて

コルベットはそれを問う


「…それだけ言われても答えられんな」

「誰が、何をやるか」


それにアヤトは地面に額を擦りつけて

懇願するように土下座をする


「彼女たち三人が、衣装を着て歌って踊る」

「そんな、ステージが欲しいんです」


その言葉は冗談と呼ぶには真剣に聞こえて

真面目な話と言うにはあまりにも馬鹿げていると

コルベットはそれを笑い


「奴隷が?衣装を着て?歌って踊る?」

「お前にしちゃ面白い冗談だな」

「なぁアヤト、そう言っとけよ」


そんなふうに聞き流してやろうと

次は無いという警告を交えて返すコルベットに

「…本気です」

「本気でそれを頼んでるんですよ」


アヤトの表情はそれをジョークとも冗談とも

呼ばせはしない本気の目で見ていて

その答えはコルベットの逆鱗に触れて

無造作にアヤトを引きずり起こす


「…そんなお遊びと一緒にして」

「プライド一つねぇ下らねえポーズまでとって」

「テメェは何様のつもりだ、アヤト」

威嚇するように、コルベットは低い声を出し


アヤトはそれに笑いもせず、怯えもせず

ただ淡々と言葉を続ける

「別にふざけてるわけじゃないです」

「店にとって不利益を与えようなんて気も無いです」


「なら、山奥でやってろ」

「そこなら好きなだけ歌って踊っても文句も出ねぇし」

「…恥を晒さねぇで済むだろうが」


それは親切心半分と

抑えきれない怒りがごちゃまぜになっていて

コルベットにすらよく分からす

その言葉を聞いたアヤトの目には静かな怒りが滲んでいる


「…恥?」

「なんか恥じることなんて有るんですか?」


コルベットは怒鳴るようにそれに答える

「奴隷がそんな事をやるなんて」

「何よりもそんな事をやらせる為に土下座までして」

「恥以外のなんだってんだよ?」


アヤトもそれに一歩も引こうとはせずに


「ただ、自分の出来る事をやってるだけです」

「認められようが、そうでなかろうか」


この馬鹿にはもう話は通じなさそうだと

捨て台詞と言わんばかりに

コルベットは会話を終わらせようとして


「そんなことして何になる」

「金にもならねぇ馬鹿げたことを」

「…寝言は寝て言えってんだよ」


そう言って、勝手口のドアを開けようとした瞬間に

飛んできたのは突き刺すような言葉

「…そうやって何時までも目を瞑ってるから」

「アンタは奴隷なんだろ?」

言いながら、アヤトは笑っていて

「目を瞑っても夢すら見れない、物なんだろ?」


その言葉に抑えきれずコルベットはアヤトを壁に叩きつけて

胸倉を掴む手一本でその身体を釣り上げる

「…聞き間違いじゃねぇなら」

「テメェは今、俺を馬鹿にしたのか?」

射殺さんばかりに睨みつけられてなお


アヤトは口の端を釣り上げて、笑って

「……ああ、アンタは奴隷だ」

そして叫んだ

「悔しくねぇのかよ!!」

「それを獣人が作ったからなんて」

「売れないからなんて、他人の物にされて!!」


黙らせようと、コルベットは叫ぶように

「黙れ!!」

「それが現実なんだよ」

「そうじゃなきゃ俺達は生きてけねぇんだよ」


ーーお前に何が分かる

どんなに欲しても手に入らない物を持ってるお前に

人間だなんて呼ばれるコイツに何がわかる


コルベットの手に力がこもり

それに耐えられず、アヤトの骨はミシミシと音を立てて

苦しげな呻きを上げるが

アヤトはそれでもコルベットを睨みつける


「当たり前に床に零されて」

「そんなふうに、ゴミに変えられて」

「何にも思わないで、生きていけんのかよ!!」

「そこに、アンタの誇り(プライド)はねぇのかよ!!」


「…そんなもんがあったって、生きてけねぇ」

それはもうずっと昔に分かっていて

人間だけの高級店なんてそんな看板が無ければ、ゴミ同然で

そんな苦渋を舐めさせられてきたコルベットは


ゴミだなんて呼ばれる彼女達よりもずっと

現実を見ていて、それを知っていて

だからこそ認められやしない


ふざけた戯言だと、下らない綺麗事だと

そうやって言わなければならない


「テメェは現実を知らねぇ」

「この世界ではそんな綺麗事は何にもならねぇ」


「…金にも、腹の足しにもなりゃしねぇんだよ」

「それはテメェが一番分かってんだろうが」


奴隷の為に働いて、寝る間すらなく

どんなに良い物を与えようと自分とは違うと言われ

決して交わることはない、別の生き物だと嘲られ


そんな風にしか扱われない

この青年こそがそれを一番知っている筈なのに…


「…曲げて生きれば、波風は立たない」

「見ないふりをすれば我慢出来る」

「そんなもんだって誤魔化せば痛くないんだろうけどな!!」


吼えるようにアヤトは言葉を紡ぐ

「何度でも言ってやるよ」

「アンタの料理は旨いんだよ」

「知らない誰かを笑顔にさせるんだ」


「そうなりたいと願ったんだろ?」

「努力して、諦めないでアンタはそうなったんだろ!?」

「こんな世界で生きてなお、それを成したんだろ」


それはコルベットにはまるで呪いのように

呪詛のように聞こえて


「クソみたいな現実は見飽きた」

「死んだまま生きるのはもう辞めた」


「…大切な物を、自分自身をゴミだなんて呼ばれて」

「笑ってられる人生なんて、もういらねぇんだよ」


ーー、それは、ただの絶叫だった

「彼女達は夢を見て輝くんだよ!」

「幻想の中に生きるからアイドルなんだよ!!」


何一つコルベットには分からす

それなのにその言葉はどうしてか、突き刺さるように


「作るのは俺だ…」

「夢を与えて、そんな舞台を作るのは俺なんだ…」

溢れる言葉はまるで、自分を鼓舞するように


「自分にしか出来ない事があるんだよ!」

「俺が出来ないことは沢山あって」

「それでも、価値があると信じてるんだ」


コルベットの腕はだらんと力を失い

アヤトは無様に地面に崩れ落ち


それでも必死に額をこすりつけるように

地面に這いつくばりなる様にしながら

「…お願いしますコルベットさん」

「俺にはこんな事しか出来ないんです」

「無力で、金もなくて」

「そんな全てすら用意してあげられない」


それは、己の無力さを恥じるような言葉で

なのに何一つ諦めてはいない台詞で


「彼女達が輝く場所を」

「……俺の夢見る場所を下さい」


世界を呪いもせず、無力さを嘆く訳でなく

ただ理想の為にそんな格好をするアヤトを見て


「…俺の一存では決められねぇよ」

「総料理長に頼んでみるんだな」


コルベットはそう言葉を返すしかなかった


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