扉の先にあるもの
結局、ふざけた態度のその客は
会計の金額を見た時に青ざめた顔をして
レジの前で見苦しい醜態を晒し、嘲笑の的となった
コルベットさんに聞いた話だと
汚した絨毯の修繕費を会計に上乗せしてやったとの事で
それを聞いた厨房の皆と大笑いしてしまい
その日を境に、俺は見習いではなく
アヤトと呼ばれるようになって、数日後
「ただいま」
いつものように玄関口でそう言うが
今日は誰一人出迎えに来る様子が無く
ついに、愛想を尽かされたのかと胃が痛くなりそうになるが
それを堪えるように笑顔を作ってリビングに向かうと
そこには仏頂面のニナとリーフィアが居て
シロナの姿は無く、シャワーでも浴びているのだろうか?
「あれ、シロナは?」
それに二人は答えようとはせず
仕方なく、違う話題で話しかけようと
「今日はジャロイモのポタージュとハロ鳥のハーブ焼き……」
そこまで言いかけた瞬間に、キッチンから
先程までいたレストランと同じ匂いがすることに気が付く
「誰か来たの?」
少しばかり声のトーンが低くなってしまう
「…コルベットっていう獣人さんが来ました」
リーフィアのその言葉はどこか冷たさを感じさせるようで
頭の隅に浮かんだ、嫌な予感を振り払うように
俺は自分の部屋の扉を見て
開け放たれたそれを見て、愕然としてしまう
「俺の部屋には立ち入らないでって言ったよね?」
「…それは謝るよ」
「ごめんね、お兄ちゃん」
そしてニナは真剣な表情で、俺に問う
「なんであの部屋には何も無いの?」
「ベットも何もない部屋で、どうやって寝てるの?」
ーーそう、俺の部屋には布団すら無く
1枚のCDが有るだけで、それ以外何一つ物は無い
「適当に転がって寝てるんだよ」
「床のほうが落ち着くってだけでさ」
必死にそれに言い訳をするが
次に言葉を浴びせるのはリーフィアだった
「アヤトさんはいつも何食べてるんですか?」
「…職場の高級料理だよ」
何一つ嘘は言っていない、たしかに俺はそれを食べている
「残飯ですか?、床にこぼされたスープですか?」
悲しそうな目をして、それを聞くリーフィアは
確信を持ってそう言っているようで
…どうやらコルベットさんは余計な事を言ってくれたらしい
「どうして、私達にだけ食事を作るんですか?」
その答えなら、簡単に用意できる
「奴隷と一緒のもんなんて食えるはずが……」
ーーそれを遮るのはニナの絶叫とも呼べる怒声で
「嘘つかないでよ!!」
「ねぇ、私達は知らなかったよ」
「お給料日、この前だったんだよね?」
「いつも作ってくれる料理は、レストランと同じ材料で」
「そこで使うのはすごく高い香辛料で」
「普通じゃ手に入らないような素材しかなくて……」
「なんで?」
「お兄ちゃんの分買えないのに私達にだけくれたの?」
「いつも部屋から出て来ないのは」
「そこに居なかったからなんでしょ?」
ーーどうやら、言い逃れ出来そうになく
諦めて握りしめていた手を解いて、深呼吸をして
「布団がないのは、仕事してたからで」
「食事が君達の分しかない理由も合ってる」
「とりあえずの答え合わせはそれで良いか?」
今はそれよりも、危惧すべき事があって
二人に尋ねなければならない
「今度はこっちの質問だ」
「…シロナは何処へ行ったのかな?」
この状況を見てなお、バスルームに居るなんて
そんな楽観を出来るほど愉快な脳みそは付いていない
そして、バスルームに居ないのなら
この家に残るのはトイレしか無いのだが
「…シロちゃんは部屋を見た時に」
「玄関から出てっちゃいました」
あまりに想像通りな返答に
僅かな苛立ちを覚えながら、リーフィアにそれを聞く
「…なんで、追わなかった?」
勝手な期待をする方が悪いと知ってはいるが
俺の口から吐き出されたのは、そんな言葉でしかなく
ニナは申し訳無さそうに
「私達も自分の感情の整理に手一杯で」
「どうしたらいいか、わからなかったんだよ」
そこまで聞いたリーフィアが口を開き
声音は何処までも冷たく、瞳は真っ直ぐと俺を見据えて
「貴方は、シロちゃんを愛せますか?」
「一生手放さないと誓えますか?」
何を言い出すのかと思えば馬鹿馬鹿しい
それこそ、ただの呪いで鎖だと
俺にはそうとしか思えない
「無理だね」
「出来ないことを約束する気はない」
「シロナにそんな物を求めてない」
愛の奴隷だなんて
気の利いた事でも言うつもりなのだろうか?
その返答を聞いたリーフィアは
なんの表情を携えることなく言葉を続ける
「じゃあ貴方はシロちゃんをゴミだと捨てられますか?」
「何一つ与えずに生きていけますか?」
それも無理な話だった
彼女を手放す事は出来ないと
そうやって生きれるのなら、こんな思いはしていない
「それも無理だね」
それを聞いたリーフィアはふっと笑い
「…とっても残酷ですよね」
「アヤトさんって」
「じゃあ、最後に聞きますね」
「貴方にとってシロちゃんって」
「私達って何なんですか?」
告げられた声はどこか優しくて
それでも、その問は酷く残酷だと知っているようで
「今更隠す気もないけど」
「全員揃ってないとこで、それを言う気にはならない」
リーフィアの目を真っ直ぐ見てそれに答え
諦めたのか、愛想が尽きたのかそんな顔をして
「少し…昔話をしましょうか」
「彼女が哀れな愛玩動物になる前の」
「そんな下らない、今更何も変わらない話を」




