夢遊病者たち
生きる為には、どんな仕事もした
工事現場、工場、設営スタッフ、鳶職人、ホールにキッチン
コンビニの夜勤まで、何でも選り好みせずにこなした
学のない自分が出来る
言い換えてしまえば、誰でもいいといえる
まるで代替え品で消耗品のような仕事の数々を日々続けて
得られた報酬は
家賃に光熱費、免許のローンと奨学金の返済に消えて
僅かしか残らなくて、それなのに
そんな僅かなお金の使い道すら
見いだせないような生活が一番俺を苦しめた
何をしたら満たされる?
どうすれば生きてる理由になる?
服も物も女も買い漁って
ギャンブルをして、酒を飲んで、タバコを吸って
そんな全てすら、くだらなくて
だから、コンビニの夜勤に現れる
彼女のそんな提案を受け入れてしまったのだろう
そんなことを真に受ける店員なんて居ない
ましてや了承する馬鹿なんて聞いたことがない
だからこそ、俺があの時間、あの場所に居る価値になると
そんな下らない思い付きでしかなくて
それなのに、確かにそれに意義を見出してしまって
長く続ける気のなかった、コンビニの夜勤なんて仕事が
少しばかり楽しい気がしてしまったと
そして今日は、設営スタッフのバイトが昼過ぎからで
デパートの屋上に、特設ステージを組み立てている
音響機材を運び、スポットライトを付けて、幕を貼り
一段落付いたところで
手作り感満載のグッズを眺めて
それがこのステージの主であるらしく
こんなデパートの屋上がお似合いとも言える
売れ残りと呼ぶべき地下アイドルの初ステージ
その彼女たちのステージを作るのも底辺たる奴隷で…
デパートの最上階なのに、ここが世界の最下層なのだろうか?
設営が終わり、開場まであと10分程というのに
人影は疎らどころか…誰も居らず
設営スタッフもお昼を食べに何処かへ行ってしまって
そんな波に乗り遅れたのが俺だった
…これでは、まるで公開処刑だと思い
誰も居ない公開処刑をなんと言っていいのか分からないが
まぁ、見てらんないのは確かだろうとその場を離れようとした
その瞬間に、マイクのスイッチが入る音がして
「あーマイクテスト、大丈夫そうだね」
聞き覚えのある声にドキリとしてしまった
その声の主は…廃棄弁当の彼女に他ならず
呆けたようにしていれば、イントロが流れ始める
安っぽい衣装に身を包んでなお
自信に満ち溢れた笑顔を向けるアイドルたちが顔を出し
「みんなー、盛り上がっていこー!」
……複数形なの?
俺一人しか居ないんだけど
そして、明らかに視線は俺に注がれていた為に
立ち去ることもできず、諦めてそれを眺めて
抱いた感想は感心だった
よくぞまぁ、ここまで陳腐な歌詞を恥ずかしげなく歌えて
お世辞にも上手いとも言いがたい歌声を響かせて
安っぽい衣装を、可愛いと断言させるのを躊躇するルックスを
世のさらし者にしようといった度胸だけは認めたいと
そしてなお、ただ一人の俺の為だけに笑顔を作り
おくびにも失意も苦しみも見せようとしない
面の皮の厚さだけは称賛してもいいだろうと
「笑って、君を見て、また夢を描くから」
「生きてる理由を僕に見せて?」
楽しげに、音が外れるのすら気にせず歌う彼女を見て
俺はそんなことしか思わなかった
3曲のミニライブが終わり
やっとこさ見つめられる視線から開放されるだろうと
胸ポケットに仕舞った煙草を取り出そうとして
「次は、アイドルとのふれあいタイムだよ?」
…どうやら終わってなかったらしく
ついでに俺しかいないから、その言葉は
俺に向けられているらしいと
仕方なくステージ近くまで進む
「最後まで見てくれて、ありがとー」
手を振る彼女達を苦々しげに眺め
近くで見たら、余計に微妙だった
化粧乗りとか8k放送に耐えられそうもない感じ
「えっと、朱里さんでしたっけ?」
赤い衣装に身を包んだコンビニの彼女に声を掛ける
「いい年こいて何やってんすか?」
それに明るい声で彼女は
「誰の事かなー?」
「私、永遠の16歳だし!」
「それに私が住んでるの不思議の国だよ?」
…お約束みたいな返しが飛んできた
10歳は言い過ぎだがギリ20代前半と呼べる歳なのは
最初の年齢確認で知っていて
でも、確かに可愛くないわけではないけど
なんというか、クラスに一人くらいいるレベルとか
お店にいたらちょっと気になる程度の凡人であり
そして明らかに、調理の仕方を間違っている
取り敢えずカレー味にしようみたいなキャラ設定
「なんかいろいろツッコみたいんですけど」
「それは野暮なんですかね?」
彼女はそれにニコリと笑い
「…いくら私が可愛いからって」
「ゴム無しは勘弁だよ?」
何処に向かってんだよ、そのキャラ設定
そんな下ネタぶっこんでくるアイドル居ねぇからと
それでも適当すぎる返しに笑えてくる
そんな俺を見て、彼女も笑い
「得意なのは、笑顔の魔法!」
「今日も不思議の国から素敵な歌をお届け」
「ジュエル、るびー!」
そんな口上を残りのメンバーも済ませて
笑顔を向けられて
底意地悪く聞いてみたくなる
「こんな事やって楽しいですか?」
「誰にも見られないで、苦しい生活して」
「どうだろうねー」
「今はまだ、分かんないけど」
「夢は大きくトップアイドルだから」
「こんな瞬間すらも、楽しかったって言えるように」
「私はちゃんと生きてるよ?」
どうして、苦しいのに
陽の目すら見ないかもしれないのに
こんな観客の居ないステージで
笑って、生きてるだなんて言えるんだろう
そんな自信を持てるんだろう…
「観客居ないのに?」
そんなふうに聞いた俺を不思議そうに見て
「君は違うの?」
「もしかして、スタッフだった?」
慌てふためく彼女を見て
スタッフの把握ぐらい済ませておけと言いたくなって
「……なんて冗談だよ」
「でも、ほんとに誰一人見てなかったら」
「途中で投げ出したくなったかもしれない」
「マイクを途中でぶん投げて、罵詈雑言を言ったかも」
告げられたのはおおよそアイドルからかけ離れた言葉
「だから、君がいたから頑張れたんだ」
そう言って、俺に向けられた笑顔は
どんな瞬間よりも輝いて見えてしまって
こんなふうに言ったら気持ち悪いと分かってる
そんなのは幻想だと理解してる
それでも、その瞬間だけは
確かに彼女たちにとって意味のある存在だったのだと
そのための理由で、ただの歯車で、奴隷に過ぎない俺が
何かの原動力になれたんだと、そんな勘違いをして
「君には私達がどう見えるかい?」
その言葉をどう選んでいいかわからず、俺が告げたのは
「夢遊病者?」
現実を何一つ見ない、目を瞑ったまま歩く、夢見る病人
それに彼女はニヤリと笑い
「つまりは、現実を見れない大馬鹿者ってことね?」
「いーじゃん、最高にクレイジーだよ」
どうやら、それを褒められていと思っているらしく
「なら、もし私達がトップアイドルになったら」
「この世界は夢ってことで良いんだよね?」
全く意味がわからない
トップアイドルになれたなら現実だった方がいいのでは?
そんなことを思っていると
「夢を見るしか能のないただの凡人が」
「削って、磨いて、すり減らして」
「そして光を浴びて」
「キラキラと輝けるなんて」
「そんな夢を世界に見せられるなんて最高じゃん」
あまりにも馬鹿げていると思いながらも
その言葉を聞いて、その姿を見て俺の口から零れたのは
「CD買ってもいい?」
別に履いて捨てるほどお金がある訳でもなく
むしろ何だったら、それが無ければ
朝昼晩ともやしのヘビーローテーションになりかねなず
それでも5000円札を取り出す
「おぉー久々に見たよ5000円札」
「しばらく自分の財布に紙幣を見てないからね」
「大金持ちだね君は」
面白がるようにそんなことを言う彼女は
サインペンを取り出してCDケースに何事かを書き殴り
他のメンバーもそれに楽しそうにサインして
「んじゃま、今は価値すらないゴミだけどさ」
「コイツが激レア物になる様に願おっか?」
俺に手渡されたのは
確かに無価値なCD一枚で、挙句に落書きされていて
夢見る病人の一人だった証明で
失ったのは、生きてく上で必要なものなのに
でも確かに、あの日から俺は生きていると言える
自分が無価値と、ゴミ屑と、奴隷だとそう知りながらなお
生きていいと思えて、生きたいと願って
たとえ、その他一般の取るに足らないアイドルの1ファンなんて
誇れもしないような、おおっぴらに出来ないような
そんな物でも確かに、俺は
夢を見る病人を自称しようと
世界はあの日から夢に変わったのだと
信じれば夢は叶うなんて陳腐な言葉を恥ずかしげもなく言う
そんな彼女の夢の中で生きているから




