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もう一人の奴隷

ーー私は愛玩動物なの


シロナの言葉を思いだして

俺は暗い部屋で一人うずくまってしまう

早々に、自分の部屋に引き上げた


体中にある夥しい数の焼き印

俺を眺める無感情な瞳

突き刺すような、言葉の数々ーー


「…奴隷」

溢れるように呟いたそれは


人として認められず、扱われず

使い捨ての様な、ただの物でしかないと

たしかに俺はその言葉の意味を知っていたはずで


蔑むような目で見られ、ここに居るべき人間で無いと言われ

そんな気持ちはよく理解していたつもりで


もし、漂流者なんて呼ばれる前の俺に名前を付けるなら

多分そんな名前こそ相応しかったのでは無いかと

そう思っていたはずなのに


本当のそれは、現実の奴隷は

思い描いていた以上に、なんの権利一つ無いと思い知らされて

アイドルすらも生きるための手段でしかなくて


じゃあ、俺は何だったんだろう?

ここに来る前の俺をなんと呼べばいいのかすらわからない

そんな日々を思い出してしまう


ーー「橘、悪いんだけど23日の夜勤出れない?」

そう俺に手を合わせるのは、バイト先の店長で

出勤前のスタッフルームでそう言われた俺は

コンビニの制服に袖を通しながら

「…すいません、登校日なんで」

その言葉に夕方のバイトの高校生が聞き返す

「えっと…橘さんて大学生でしたっけ?」


それに言葉を詰まらせる俺の代わりに

店長が冗談っぽくそれに返す

「いや、君達と同じ高校生」

「二十歳過ぎても学割を使えるなんて、羨ましいよね?」

それに困ったような顔を浮かべる高校生を見て


……無神経だなとは思うけど

それが事実だけに何も言い返せない俺は

少しだけ強めにロッカーの扉を閉め

「…じゃあ、現場入りますね?」

話はこれでおしまいとばかりに一方的にそれを告げて

スタッフルームを後にした


客の居ない店内、それをぼんやりと眺めながら

先程の会話を思い返して、一人溜息をつく


店長の言葉よりも、高校生のバイトの子の

困ったような、憐れむような

ーー群れから見捨てられて

捕食されるのを待つばかりの草食動物を見るような目に


それに悪意がないからこそ、余計に俺は苛立ってしまって

どうしたらいいか分からなくなる


たしかに俺は二十歳を過ぎてなお

高校生なんて肩書を背負っていて

それが、社会的な常識の範疇から逸脱していると理解してる


なら、俺はどうすれば良かったのだろう?

どうしたら、そんな社会のレールに戻れるのだろう?


そう考えてしまったら

俺は産まれた時からやり直さなくてはいけないと

そんな、いつもの結論に辿り着いてしまって


別に今さら人生は平等じゃないなんて、喚く気もなく

産まれたことを後悔する程不幸でもなく


ただ、どうして必死に生きているだけなのに

憐れに思われねばならないのかと

ずっと、それだけは思わずには居られない


「お父さん居なくて大変でしょう?」

そんな言葉を、幼い時からに近所の人によく掛けられた


物心付いた時にはもう、俺には親父がいなかった

別に死んだとか、そういう訳ではなくて

巷に溢れかえる性格の不一致なんてそんな理由で

親父とお袋は別れて


結婚なんて契約の上で他人同士が過ごすのだから

そんな行き違いも、すれ違いもある事はよく分かっていて

だからそれを不幸だなんて、俺は思わなかった


我慢して、妥協して下らない世間体を守るくらいなら

そっちのほうがよっぽど建設的に思えて


だけど、世間はそれを不幸だと思いたいらしく

例えばみんなが持ってるゲームを持ってないだとか

塾に通ってないだとか、車が家に無いだとか


そんな、ちょっとした欠落すら

まるで間違い探しのように血眼になって探しだして

それを不幸だと言われている俺を見て


お袋は、身を粉にする様に働いた

朝も夜もなく、仕事をして

不幸だなんて俺が周りに言われない為に

服を買い、車を買い、高校に通わせてくれて


有るのかすら分からない普通にするために

身を削り続けてーー死んだ


そうして、俺は本当に不幸になってしまった

ただ一人居たお袋すら亡くして、行き場すら失って

そこにあったのは、欲してすらいないゴミしか残ってなくて


だから、俺は奴隷になったのだ

意義すらわからず働いて、死なないために食事をして

家が無ければ、学がなければ

まともな仕事に付くこともできないから


欲しくもないそんなものの為に、何一つ無い箱の為に

自分という人間を切り売りして生きてーー


そうしてなお、憐れむような目を向けられて

生き続けるだけの奴隷になった



入店を告げる音がなり、俺はそちらに目を向ける

「…いらっしゃいませー」


入ってきたのは茶色のロングコートを来た

同年代くらいの女性

俺は、もうそんな時間かと時計を見て

いつも彼女が来るのは、日が変わるくらい


買うのは決まってミネラルウォーターと…

「…ラッキーストライクのライト一つ」

代金をレジに置いてニコリと笑う彼女


それを受け取りレジを打って

俺は普段通りの言葉を返す

「…いつものとこに置いてあるんで」


「ありがと」


そう言って、ミネラルウォーターだけを手に取り

煙草を押しやって、鼻歌を唄いながら

店を後にする彼女を見送り


ーーかれこれ、一ヶ月続いているこれだけが

俺がここで働いてる意義に思えて、少し笑える


煙草買ってあげるから、廃棄のお弁当ちょうだい?


初めてそう言った時の彼女は笑っていて

「…えっと、言ってる意味分かんないです」


「食べるに困って、恥を忍んで聞いたのにー」

可笑しそうに笑い

彼女は冗談っぽくそれを言った


「君は煙草が貰えて、私は食事にありつける」

「win&winかなって?」


…見た目からして、食うに困ってるなんて風には見えなかった

おしゃれな服にバッチリと化粧していて

まるで、今時の芸能人みたいな出で立ちの彼女


ふざけ半分にそれを聞いてみる

「…新手のナンパですかね?」


「んにゃ、違うね」

「フライデーされたら困っちゃうし」


…本当に芸能人なのかな

でなければ、頭のネジが吹っ飛んでるとしか思えず


「…私はアイドルだから」

「安っぽく身売りはしないのさ」

そう笑顔で告げられて、俺は固まってしまって


ーーアラームが鳴り、そこで目が覚める

気が付けば、その体勢で寝ていたらしく

身体が強張っていて、眠気は取れず

いつか見たそれの続きを見る為にここに居るんだと

この世界でも奴隷になろうと決めたのだから


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