見えない鎖
自分の部屋から出れば
リビングに居るのはシロナだけで
そのシロナもタブレット端末を眺めながら
振付の練習をしていた
「おはよう」
「リーフィアとニナはどうしたのかな?」
その言葉でやっと俺に気がついたのだろう
シロナはそれを止めて、その質問に答える
「…ご主人様が寝ているようなので」
「起こさないよう外に歌の練習しに行きました」
…確かにお世辞にも、防音の優れた部屋とは言えず
その配慮は有り難いのだが、余計な気を使わせてしまった
「大丈夫かな?」
何がとは言わなかったが
シロナはそれを汲んだように
「ご主人様が心配されているような事は無いですよ」
「嫌になって、ここから逃げ出したりとか」
「そういう事では無いです」
そう言って、冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出して
口を付けるシロナの額には汗が浮かんでいて
一瞬、それを想像してしまった
鎖に繋ぐわけでもなく、自由にさせていながら
信じていると言いながら
仕事なら帰ってきて、朝目が覚めて
三人がちゃんといる事に安堵していて
俺の表情を見たシロナはそれを笑う
「心配なら隷紋でも鎖でも付けとけば良いじゃない」
「そんなもの無くても逃げないとは思うけれど」
そう、つまらなさそうに俺に告げて
「シロナも逃げない?」
そんなことを言いながら
一番心配なのはシロナな気がしてしまう
何かにつけて噛みつくような言動
ご主人様なんて呼んで、慕うようにする裏腹さ
「…私が逃げるって言ったら隷紋入れる?」
「鎖に繋いでくれる?」
彼女は笑みを讃え俺を見ていて
「…マゾヒストなの?」
いつか言われたソレの意趣返しとして
そんな軽口を叩いてみるが
シロナは何も言わずに、服を脱ぎ捨て俺を見やる
「見ればわかるでしょう?」
夥しい数の隷紋を見て
消えることのない烙印を見せられて
少しだけ、この世界のことを知って
ようやっとその意味を理解した俺は聞こうと思う
「シロナ、ひとつ聞いていいかな?」
「…私に答えられる事なら」
「君はどうしてゴミと呼ばれる?」
リーフィアは魔法が使えないから
ニナは角が折れて力が無いから
だから、そんなふうにして捨てられて
自分に与えられた認められる価値を失って
ゴミになってしまった
魔法の使えないエルフはゴミ
力の無いゴブリンはゴミだと
与えられた役割をこなせないからだと
それは、最初からわかっていた
ーーなら、シロナは?
彼女はなんの為に、どんな役割を与えられて
何が出来ないからゴミと呼ばれる?
それを聞いた彼女は凄惨に嗤う
笑顔と呼ぶにはあまりにも歪んだそれを見せて
囁くように、俺を呼ぶ
「ねぇご主人様」
「アイドルって」
「笑顔を見せて、媚を売って」
「飼いならされる事ですか?」
嘲笑うように口を釣り上げて
それでも、甘い声で問われるそれは…
彼女はその答えを待たずに
俺ににじり寄ってきて
「ご主人様?」
「こんな私でも、汚い自分でも」
「貴方は愛せますか?」
縋るような問いは
まるで、願うような響きで
「私を抱けますか?」
「大事に思ってくれますか?」
「好きって言ってくれますか?」
そう言って俺に抱きついて
じっと何かを堪えるようにしていて
「…どうしたんだよ急に」
あまりのシロナの変貌ぶりに
弱々しく震えるその身体は何かに怯えるようで
「貴方は私をなんだと思って買ったんですか?」
「どんな価値があると勘違いしたんですか?」
「私はリーフィアともニナとも違う」
「彼女たちは使えなくなったからゴミになった」
「価値を失ったからゴミになった」
それではまるで、シロナは
初めからそうだったかのような口ぶりで
「私は愛玩動物」
「愛されなければ価値のないゴミで」
「それが与えられた役割」
「飽きれば捨てられて」
「そうやって生きてきた無力な生き物で」
「それすら上手くできない欠陥品」
諦めきったように語られる言葉は
自分を無価値と笑う言葉は
何処までも俺を抉るように突き刺して
「私をゴミと呼ばないのなら」
「そうじゃないと言ってくれるのなら」
「シロナだなんて名前で呼んで」
「鎖も隷紋も与えてくれないのなら」
「……なら、せめて愛して?」
痛々しく突き付けられたそれは
聞いてしまった事を後悔したくなる独白
彼女を抱けばいいのだろうか?
愛を囁やけばいいのだろうか?
でも、それは間違ってる
そうじゃないと知ってる
「それだけが価値だなんて間違いだ」
「だって、練習したんだろ」
「君達はアイドルになれるとそう信じて……」
「ほんっとに下らない!」
シロナは俺を睨みつける
「貴方が馬鹿だから教えてあげる」
「救いようも無く、愚かだから言っておいてあげる」
「なれる?」
「ならなきゃいけないの間違いでしょ」
「鎖が無ければ自由?」
「檻に入れなきゃ奴隷じゃない?」
「ちょっといいもの食べさせて」
「寝床を与えれば」
「そしたら人間なのかしら?」
吐き捨てるようにそれを言う
「馬鹿じゃないの」
「私達はね、どんな風にされても奴隷で」
「鎖がなくても檻が無くても逃げられない」
「何でだか、ご主人様にわかる?」
俺は言葉を詰まらせてしまう
その問いに答えられない
「答えは簡単、捨てられたら、見放されたら」
「私達に生きる術なんて無いから」
「それを知ってるから必死に練習する」
「そうなれるように努力もする」
「どんなに馬鹿らしくて下らなかろうと」
「愚かなピエロに据えられても」
悔しさに声を滲ませながらシロナは言う
「ゴミ屑が宝石の真似事をしろなんて言われても!」
「無価値と知りながらそうするしかないの!!」
「ねぇ、それだけが私達の価値なんでしょ?」
「そんなふうに私達をしたいんでしょ?」
「…そんな事を言っても」
「優しくないご主人様は同情なんてしないんでしょ?」
「…よくご存知なこって」
同情なんてする訳がない
遠慮なんてしようが無い
そんな事をしたら、そんなふうに思うのなら
そうやって生きれるなら
初めから、こんな回りくどい事をしない
アイドルになれなんて言いやしない
「もう一度だけ言っとくよ」
「俺は君達にアイドルになるそれ以外の何も望みはしない」
「愛情も、劣情も、同情も抱きはしない」
「そんな下らない物になるくらいなら」
「下卑た物に成り下がるくらいなら」
「穢されるのなら」
シロナの目を見て、本気だと伝わるように
「…ゴミとして死ねばいいと、そう思う」
履き違えられては困る
勘違いされては困るんだよ
そんな物の為に金を使った訳じゃ無い
愛情が欲しいなら結婚相談所にでも行けばいい
孤児でも拾った方がよっぽど安上がりだ
劣情を抱くならこんな傷だらけじゃなくて
他人のお下がりの発育の良くない身体じゃなくていい
もっと魅力的で扇情的な女を買えばいい
同情するなら、隣に置かなくていい
感動的な映画の一つでも見て、道徳的な話を聞いて
適当な募金箱にでも金を突っ込んどけば事足りる
そして、今言ったどれもが下らないものだと知っている
俺が欲しいのはそんな物じゃない
「俺は君達を買ったんだ」
「それに、足りると確信して」
「宝石じゃないゴミと知りながら」
残酷な言葉を告げよう
どんなに足掻いてもそんな物にはなれないと
「このままじゃただの模倣品だ」
「出来の悪い粗悪品」
その言葉の持つ意味を
彼女達は理解するのだろうか?




