第99話 過去から
「……電気を、消した?」
茫然とする織斗の問いに、咲が答える。
「消したというか、分解した……かな?」
「分解?」
「えーっとね、電気ってか雷? は物質の電子が……」
「えっ、そっちの話? 待て待て、説明されても俺、わかんねーかも! それよりも、咲、全部の属性使えるって……」
「広には敵わないだろうけど、正直、織斗くんよりも術力あるよ、私。なにより……」
一呼吸した咲が、手首に巻いているリストバンドを外した。戦闘は常に腕に巻いていた、神木の呪印が描かれたもの。
神木一族が術を使うための、媒体となるもの。
「こんなものなくても……道具がなくても私、術使えるの」
「……は?」
リストバンドを床に放り投げた咲が、地面に手を当てる。
ピリピリっと咲の手のひらを飛んでいた電気の光が、やがてバチィと大きな雷になって光った。
「道具なくても、術が……でも今まで……」
「黙っててごめん。異端だと思われたくなかったから」
「異端?」
「危険だ、やはり双子の妹は生かしておくべきじゃないって、言われたらどうしようって……」
「そんなこと言うわけないだろ!」
織斗が咲の手を掴むと、震えているのがわかった。
咲だけでなく、自分も。織斗の手もなぜか震えていた。
「関係ないだろ、昔のこととか! そもそも双子の妹がどうのってのも昔の話で、今の俺と咲には関係な……」
織斗の声を遮りように、ガタッと大きな音が部屋に響いた。織斗と咲がそちらに目を向けるとステージの上、俯いた后が立ち上がっていた。
足元には壊れて火を噴き出しているパソコン。もくもくと上がる煙が、天井に覆い被さっていた。
「なにしてんの……機械はデリケートって言ってるじゃん? 何してんの?」
顔を上げた后の表情は、先程と全く違うものだった。
張り付いた笑みは消え、広によく似た鋭い眼光。その時、天井から『ビーッ』という警報音が鳴り響いた。
顔を上げる織斗と咲だが、その瞬間、天井に立ち込める煙の合間から雨が降り注いだ。
「冷たっ……なんだ、これ、雨?」
「違う、スプリンクラー……煙に反応したんだよ」
天井の至る所から降り注ぐ雨のような水飛沫。
一分もしないうちに煙は消え、后がいるステージ部分を除いて床は水浸しになった。
「ねぇ、神木の当主さん」
水は止まったというのに、后は顔を上げたまま。
ツーっと、その首筋を水滴が伝った。
「この後はどうなると思う?」
「このあと?」
「ゲーム。昔やったことあるって言ったでしょ、こんな感じのゲーム。中ボスの部屋にたどり着いて、その後は?」
「えぇっーと、そのあと……えっと」
「あははっ、覚えてるわけないよねぇ……覚えてるわけないよ、そんな昔のこと。小さな会社の、画面の向こうにいる人の人生なんて……覚えてるわけない」
「会社? ……あ、そういえば」
「最後はねぇー、負けちゃうんだよ、主人公が」
織斗の言葉を遮るように、后が言った。
顔には笑みが戻っていたが心からの表情ではない。
貼り付けた笑顔。
「負けちゃうの、主人公。どうやっても、何度やってもその中ボスに勝てなくて、そこでゲームオーバー。はい、炎上」
「……は?」
「だってそんなの、どんなに頑張っても先に進めないゲーム、誰もやりたくないでしょ? もし途中までやっちゃってさ、最後のラスボスまで辿り着けないってわかったらみんな怒るよね? なんだ、このクソゲーって」
そこまで聞いて、織斗は当時のことを思い出した。
ある会社がリリースしたゲーム、発売後に重大なバグが発覚して……だけどその責任者がいなくなって。
「曖昧になってそれでまた叩かれて……倒産した、ゲーム会社」
「正解。そっか、誘導したらこうやって、思い出してくれる人もいるんだね」
うつむいてクククッと笑ったあと、后が顔を上げる。
「スプリンクラー起動させるなんてさぁ、滅多にないよぉ。よかったねぇ、当主さんたち。まぁ、僕は二回目だけどね」
后は天井を見上げ、一回目の時のことを思い出した。
同じような真っ白な天井、自宅のリビングの一室。綺麗な洋風の家、高い天井、キラキラと輝くシャンデリア。
真冬に花火がやりたかったけれど母に叱られて、自室でこっそり火をつけた。
手持ち花火なんてやったことがなかった。想像以上に煙が出てそして、部屋の中が水浸しになった。
絶叫した母が后を叱りつけ、『あの人が后の部屋には火災報知器つけたほうがいいって言ってたけど、こういうことね』と呆れたように呟いた。
母は父のことを『あの人』と呼ぶ。
夫の仕事の都合で緋末の屋敷を出たことをよく思っていないらしく、后の前でも母はよく愚痴を溢していた。
『大丈夫だよ、后』
深夜、別室のベッドで眠っていた后の耳元で声が聞こえた。
穏やかな、ゆったりとした父の優しい声。
『后は工作が好きだから万が一と思ってスプリンクラー設置してたんだけど……こういう使い方になっちゃったかぁ』
くすくすと、父の小さな笑い声が聞こえる。
大好きだった。
いくら母が文句を言っても。
母のことは大好きだけどそれ以上に、父の声が好きだった。
『后は本当に、面白い発想をするね。自慢の息子だよ……仕事が落ち着いたら一緒に、花火やろうな』
勝手に喋って勝手に満足した父は、后の返事も待たずに出て行った。




