第100話 電気を操る能力
「勝手に約束しておいて……それすらも、守ってくれなかったよね、父さん」
織斗たちの耳には届かない声で呟いたあと、后は正面を向いて微笑んだ。
「水浸しになっちゃったねぇ、部屋の中。そういえば神木の当主さん、僕と初めて会ったとき、電気に対して水の攻撃してきたよね?」
「初めて……あ、そっか。おまえ、最初の電気ボールの……」
「電気に水? 織斗くん、そんなことしたの?」
「いや、あの時はわけかんなくて必死だったし。今なら電気に対して水がダメってちゃんとわかってる」
「そう、電気に水はダメなんだよ」
ステージから降りた后が、水で濡れた地面に足を踏み入れる。
水捌けが悪く、床の水は溜まったままだった。
「この状態で僕が電気流したらさぁ、みんな死んじゃうよね?」
「パソコンは壊れたでしよ? 電気はもう、流せない」
「あははっ、そうだね。パソコンは壊れちゃったねぇ……パソコンは」
半笑いの后が、地面に膝をついて水の中に手を入れた。
その行動の意図するところがわからず、織斗と咲は黙って后の様子を見守る。
「……微弱だけど流れてる」
「流れてる?」
「うん、電気。あれ? 咲さんも電気の類操れるんだよねぇ? この微妙な電気わからない?」
「…………」
「あははっ、やっぱりそっかぁ。咲さん、連続攻撃できないでしょ? 一度に使う術力の量が多すぎて、何度も使えるわけじゃない。せいぜい三回が限界ってとこ?」
「え? 咲、そうなのか?」
「……どうしよう、織斗くん。これ、やばい状況かも」
「やばい状況って……」
「后くんの属性は、電気を操ることか何か?」
「そーだね、正解。今ここには小さな電流が流れてる。それをね、電力をあげて自分の目の届く範囲に送ることが出来るんだよね。最初からパソコンなんていらなかった。あ、僕の場合はただのナンバーズだから、媒体はいるけどね」
后が左手を上げ、腕に巻いている時計に目をやった。
中学生が持つにしては高級感溢れる、立派な腕時計。
「術印は時計の裏に描いてる。不思議だよね、自分がナンバーズだって自覚したとき、真っ先にこの時計のことを思い出したんだ。そして気がついたら、青いマジックで時計の裏に模様描いてた」
「ナンバーズが最初にやる行動だね。自分の思い入れのある物に家紋……術印を刻む」
「じゃあ、咲の場合はそのリストバンド……」
「私は媒体なくても大丈夫って言ってるでしょ?」
「あ、そっか……」
「……あやめちゃんは、かんざしに術印を刻んでた」
「あははっ、そうだねぇ。あの子もナンバーズだったね……力が強い人ほど、何かに秀でている人ほど、長くは生きられないものなのかもしれないね。咲さんの、術力みたいに」
「おまえ、その言い方!」
飛びかかる勢いで足を踏み出す織斗だが、咲に制されて動きを止めた。
后はケラケラ笑いながら、水の中の電気を探る。
「さて、問題です。いま僕が、ここに流れてる微弱な電気の圧をあげたら、どうなるでしょう?」
「……どうなるんだ?」
「……織斗くん……帰ったらちゃんと勉強しようね」
「えっと、あぁ……」
「あははっ! 帰れると思ってるの? この状況で? 生きて帰れると思ってる?」
「……生きて帰るよ。当たり前でしょ?」
「当たり前? あははっ、本当に呑気なんだね、神木って! 当主様の話聞いてた? 本気で神木を潰そうとしてるんだよ! 騙されてこんなところまで来ちゃってさぁ。あ、言っておくけど、当主様ならもうここにいないよ? 僕は捨て駒で、屋敷ごと神木の当主さんたちを……」
「おまえ、すげー喋るな」
織斗の言葉に、ピタッと后は言葉を止めた。
固まった表情で、首を傾げる。
「……は?」
「顔そっくりだと思ってたけど、やばい状況になるとすげー喋るようになるってのも、広そっくりなんだな」
「……あ、ははっ! なに言ってるの? 僕が当主様に……広様に似てるわけないじゃん! 当主様は雲の上のような存在で、僕ら緋末はみんなあの人に憧れて……」
「あぁ、うん……生きづらいよな、今の緋末は」
「生き……なに言ってるの? 神木の人間に……僕たちのことなんか……」
「おまえさぁ、友達作れ」
織斗の言葉に、后が動きを止めた。見開いた、漆黒の瞳がひどく揺れる。
「なに……なに言ってるんですか、神木の当主さん。その言葉、まるで……」
「あ、おまえ凛と仲いいんだっけ? じゃあもう、友達いるな」
「リンちゃんが、友達……あ、ははっ……あははははっ!」
途端、弾かれたように后が笑い出した。
びくっと肩を震わせたのは咲だけで、織斗はじっと、高笑いする后を見つめていた。
「馬鹿なこと言わないでよ、友達なわけないじゃん! 会ったこともないし、声聞いたのだって最初の一回だけで、画面上の付き合いなんて友達って言わないよ!」
「画面上の付き合い?」
「リンちゃんとは最近よくやりとりしてたし、気があうしいい子だとは思うよ。でも所詮機械越し、電話の声や画像だって本物じゃない、機械が作り上げた偽物だよっ! だから僕に友達はいない」
「いや、おかしくね?」
「はぁ? 神木の当主さん頭悪いの? おかしいの?」
「おかしいのはおまえだろ。だって、凛は人間だぞ?」
「当主さんにとったらそうかもだけど、僕にとったら生きてるって実感ない、リンちゃんはパソコンの中の機械の一つだよ」
「いや、だから、画面上の付き合いでも、機械と話てるように見えても、それを操ってんのは人間だろ? 画面の向こうにはお前と同じ、人間がいるんだよ」
「……………」
高笑いを響かせていた、后の声が止まった。
顔を上げたまま、じっと織斗を見つめる。
その隙にと、くるくる指を動かせる咲だが、糸を引くよりも早く后が再び声を発した。
「わかってる……」
后は声を出しながら、床に落ちた手のひら、指先に力を入れる。
「その言葉……当主さんで二回目だから」
「二回目?」
「そう、一回目は四年前……同じ台詞を父さんに言われて……」
ぐっと下唇を噛み、后は涙を堪えた。
油断すると溢れてしまいそうだから必死に、言葉を続ける。
「知ってるよ、そんなこと。僕が一番知ってる! 言われなくても、僕が一番……そうだよ、僕がその言葉の意味を……」
「織斗くん! 避けてて!」
后の手元で揺らぐ水。
その意図に気がついた咲が織斗を押しのけて前に出るが、それよりも早く后が電気を操った。
「僕がちゃんとわかってたら、父さんは死ななかった!」
后の手元の電圧が高くなる。
ピリッと痛む手元に顔を顰め、后は目を閉じた。




