第96話 道標
*
ひたすら歩き、彷徨い、森の中で迷子になっていた時間は十分か三十分かそれ以上か。
いくら進んでもどこにも辿りつかない、埒が明かず、織斗は諦めたように立ち止まり空を見上げる。
「はー、無理。体力消耗するだけだ」
「でも、こうしてただ歩いてると心が洗われる感じがするね」
「そうか? 俺はイライラして心が淀むけど」
「結奈ちゃん、大丈夫かな?」
「トランプの中にいれば大丈夫だろ。取り戻す絶対……」
「……姫未ちゃんも、いなくなっちゃったね」
「神出鬼没だからな、あいつは」
「絵莉ちゃんとか、川谷くんもきっと心配してるよね」
「川谷は……呑気だからな、あいつは」
「……常盤泰鷹が集めた神木の人たち……」
「お前がいま話してることって、ここから抜け出す方法と何か関係あんの?」
織斗が立ち止まり、咲に振り返る。
虚を突かれた咲だが、こくんと小さく頷いた。
「私たち神木は、術師の血を持つ人間は、感情が昂ぶると力が強くなる。暴徒化するリスクがあるから、そうならないことに越したことはないけど」
「それで俺の、強い感情を引き出そうと?」
「織斗くん、優しいから」
「優しいのは結奈だろ」
「……どう? 気分上がった?」
「……咲って案外、腹黒いよな」
しーんと途切れる会話に、鳥の鳴き声。
しばらくしたところで、ジジッと咲の耳にノイズが響いた。
『なにしてんの、あんたら』
「凛ちゃん? よかった、電波入らないしイヤリングの通信も出来ないかと」
『さっきまで途切れてたんだけど、道標が出来た。そのまま北へ進んで』
「道標? あのね、凛ちゃん、私たち、森の中に閉じ込められてるの」
『なにおかしなこと言ってんの? 位置特定できてるから大丈夫、試しに北に向かってちょっと歩いてみて……オーケー、進んだ。問題ない』
「問題ない? でも、森の中は……もしかして、誰かが呼んでる?」
『呼んでるとすれば、私と同類のやつ。ちょっと前から道標を示して、案内してくれてる』
「その人って、凛ちゃんが親しくしてた……」
『無駄話はあとにして、とりあえず行けば?』
ブツっと一方的に通信が切れ、咲は顔を顰めた。
北上するように告げると、織斗は「わかった」と言って走り出す。
「ちょっと、織斗くん! 北がどっちかわかってる?」
「太陽の方向見ればわかるだろ? そうじゃなくても何となく、寒い方が北って身体が覚えてる」
「身体が覚えてる?」
不思議に思いながらも、咲は織斗を信じて後を追う。
「つーか、呼ばれたってなに?」
走りながら尋ねる織斗の言葉に、咲は少し考えたあと同じく足を進めたまま答えた。
「迷いの森から出る条件は、外にいる誰かを強く思うか、もしくは外にいる誰かに強く思われるか」
「……咲が前そこに入った時も、誰かに呼ばれたのか?」
「私の時は師匠が……って私、自分がそこに迷い込んだ話したかな?」
「やけに詳しいから、もしかしたらと思って」
「織斗くんって、変なところ鋭いよね……呼ばれたのもあるけど、私も呼んでたから」
「呼んでた?」
「帰りたい、助けて師匠って。あの時初めて、誰かに助けを求めた。そしたら目の前に師匠が現れて……」
言葉を遮るように、織斗が咲の身体を抱きしめた。
咲はわけがわからず、爪先を少し上げた状態で固まった。
「あの……織斗くん?」
「次からは俺を呼べ」
「え?」
「俺が助けにいく。俺が咲を迎えに行くから、俺の名前を呼んで、俺を頼って」
「……うん」
咲が背中に手を回すと、抱きしめる織斗の腕が強くなった。
その時なって気がついたが、立ち止まった場所は第二の門の前だった。
以前、二人がここを通過した際は夜だったから気づかなかった。随分と、雰囲気が違う。一本道の終わりに小振りな扉付きの門、鯉が跳ねていた池には水が張っていない。
「行くか……」
歩き出す織斗について、咲も第二の門をくぐり抜ける。
その途端、カシャンと扉の鍵が閉まった。大きな音だったため、織斗と咲は振り返って扉を見つめる。
「ここ、オートロックなのか?」
「前に来た時はそんなこと……ていうか、鍵自体ついてなかった」
不審に思いながらも正面に向き直り、そしてまた言葉を失った。
屋敷の本棟に続く石畳の道の周りを、灯籠が囲っていた。昼間だというのに灯籠の光は明るく、まるで客人を歓迎して道標を作っているような。
「歓迎されてる、のかな?」
「罠って可能性もあるけどな。咲、これ以外の道知ってる?」
「知らない……けどたぶん、他の道はハズレじゃないかな?」
「ハズレ?」
「わざわざ案内してくれてる、これ以外の場所には行かない方がいい、もしくは行っても無駄だよって」
「凛はなんて言ってる?」
「電波悪いのかな、通信繋がらない」
「……行くしかないか」
ため息をついた織斗が、そっと石畳に足を乗せる。
「槍が飛んでくる、なんてことはないな」
「そんなカラクリ屋敷みたいな……」
「用心に越したことはないだろ。まぁ、なにかあっても大丈夫だ。相手は人間だからな」
三歩足を進めたところで、織斗は普段通りの歩調で歩いた。
「確かに、人間かもしれないけど……」
言い知れぬ不安を口にできないまま、咲は再度確認しながら、石畳の上を歩く。
なぜだろう、この場所には既に、広はいない気がする。
そんな予感もやはり、織斗には言えなかった。




