第88話 其々、緋末と神木
「織斗くん!」
「えっ? あ、ごめん」
惚けていた織斗だが、咲に呼ばれたことで我に返った。
咲、そして絵莉に向き直る。
「私、絵莉ちゃんを送ってくるから。うまく説明もしたいし」
咲の視線の先には、不安そうに咲の腕に絡みつく絵莉。
彼女をうまく誤魔化すことができるのは咲だけだろうと、織斗は咲に任せることにした。
「だから織斗くんは、結奈ちゃんをお願い」
「あぁ……え? あれ? 咲なんか落ち着いてね? それにもう帰るって……」
「常盤泰鷹を封い……いなくなったなら、今回の件はこれでおしまいでしょ? まずはあの人の勢力を何とかするのが今回の作戦だったから」
「そうだけど……咲、なんでヤスがふ……もういないって」
「凛ちゃんから通信機渡されてるの。織斗くんの会話は全部、私も聴いてる」
咲が髪を払い、耳たぶについているイヤリングを織斗に見せた。
直径一センチ程度の、小さな白い丸型のイヤリング。
「………盗聴!?」
「あ、そうだ。織斗くん、ちゃんと音量上げてって凛ちゃんが言ってた」
「音量?」
「織斗くんに言われて通信機能つけたけど、音量下げてるみたいでこっちの声が届かないって、凛ちゃん怒ってたよ」
「……えーと、悪い。咲の言ってることの意味わかんないんだけど……えっと、つまり、凛の声が聞こえる機械を俺の身体のどこかに仕掛けてるけど、音量が低いから意味を成してない?」
「うん」
「いやいやいや! なんで俺のほうで音量調整するんだよ! そっちでやれよ! つーか、盗聴器の場所教えろ!」
織斗が全身を確認するが、それらしい物は見当たらない。
二人の会話を聞いていた絵莉が不思議そうな顔をしていたので、咲は慌てて挽回して早々に学校を去った。
取り残された織斗と結奈だが、しばらくしたところで物音が聞こえ、無駄な戦闘は避けたいと急いで学校を後にした。
「戦ってもいいよ、大丈夫」
そう言う結奈の手を握り、織斗は夜の街を走った。
戦っても大丈夫なら、なんで今日、ブラックいないんだよ。
いつも肩に乗せてるくせに。
そんな言葉は、言えなかった。
手を繋ぐことしかできなくて、それでも織斗は結奈を連れて自宅へ向かった。
手のひらから伝わってくる結奈の体温は、熱があるわけではないのに異様に熱かった。
*
緋末の屋敷。
機械室でモニター画面と向き合っていた后だが、ふっと殺気を感じて振り返った。
「あ、当主様……お疲れさまです」
物音はしなかった。
扉を開ける音さえも。
射抜くような広の目つきに、后はいいようのない不安を覚えた。
理由はたぶん、わかっている。
「常盤泰鷹が現れたら連絡してくれと、俺はお前に言ったはずだが?」
「…………」
返事のしようがなくて、后は黙り込んだまま広の目を見つめた。
なぜバレたのか。学校の様子はこの機材室でしかわからない。
だけど数分前まで、背後に人の気配はなかったのに……と、思慮する后の背中を冷や汗が伝った。
「えっと、すみません。本人の声かどうか、確認が済んでから報告しようと思っ……」
ひゅっと、后の頬を何かが掠めた。
パリンと画面の割れる音。
振り返ると、モニターの画面に小ぶりのナイフが突き刺さっていた。
「驚いた。自分がこんなに寛大とは思わなかった」
腕を組んだまま、広が微笑む。
どっちの手で投げたのか、そもそも手を使ったのか、それすらも后にはわからなかった。
「次、同じことしたら、顔を射抜いてくださいって事として受け取るから」
すっと、広の目つきが厳しくなる。
「気をつけて」
そう忠告し、広が部屋を出て行く。
パタンと、ドアが完全に閉まるのを確認して、后は椅子に倒れ込む。
「……ふぇー、怖すぎ」
血が滴る頬を撫でながら、后は壊れたモニターを見つめる。
「ひどい事するなぁ、機械はデリケートなのに……どうしよう、これ」
ガラスを拾い上げると、指に痛みが走った。
血が滴る指で、頬の傷を撫でる。
割れたモニター画面、ガラスに映し出される緋末の顔。
艶やかな黒髪、漆黒の瞳。
「誰これ、僕? 大きくなったなぁ……あの頃の当主様にそっくり……いや、違うか。僕にはまだ、あの時の答えがわからない」
頬の血を拭い、后はガラスの破片を集め始めた。
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No.9「 9.PM_08:30 –来夢–」終了




